第33話
「そこの赤いヘルメットのバイク便ライダーさん。左に寄せて停車しなさい」
白バイの指示で翔子は仕方なくバイクを止めた。
「違反はしていないはずですけど」
メットをはずしながら強い口調で抗議する翔子に、グローブを取って近づいてきたのは乗務停止が解けたばかりの哲平だった。
「翔子、会社のバイクか。ホンダのCB400か…。あいかわらず地味だなぁ」
「哲平…あたしなんか違反した?」
「別に…その後ペケジェーはどうかなと思ってさ…」
「知らないわよ。あんな人…」
実は、あのタンデム以来、翔子は達也に連絡を取っていない。あの時翔子の身体との一体化を許したのはいいが、何か自分の知られたくないものを知られてしまったような気がして、気が臆していた。
「そうか、ペケジェーも翔子に見捨てられたとなると、いよいよララバイコースでお陀仏だな」
「もうコースチャレンジなんて辞めない」
「俺はいつでもやめて良いんだぜ。あいつが翔子の前から消えると言うなら…」
翔子は呆れたように哲平を眺めた。
「哲平は達也さんに恨みでもあるの?」
「別に…ただ、団長の言葉を大切にしたいだけだ」
「またその話し…」
「ペケジェーが好きなのか?」
翔子は答えようがない。
「そんなこと哲平に言う必要はないでしょう」
「そうか…しかし、ペケジェーはお前にべた惚れだぞ」
翔子は哲平の意外な言葉に、思わずヘルメットを落としそうになった。
「な、なんでそんなことわかるの?」
「男はな、惚れた女の前では、たわいもないことに意地を張るもんだ」
そうだ。なんで達也は、大怪我をしかねないコースチャレンジにこだわるのだろうか。翔子にもその理由がはっきりと解らないでいたのだが…。
「そんなわけないでしょう…」
「俺にはわかる」
居心地の悪くなった翔子は黙ってメットを被り、バイクにまたがった。しかし哲平はそのハンドルを押さえる。
「いずれにしろ、翔子が付き合う男の条件として団長がそう言ったのは事実だろ。団長の言葉は尊重してもらうぞ」
「兄ちゃんの言葉に、なんで私たちが振り回されなきゃならないの?」
「団長の言葉は絶対だ」
「あ、そう。それなら他に言い残したことはないの?」
強い口調の翔子に哲平も強い口調で応酬する。
「昔、団長と飲んだ時な、団長にもしものことがあったら…」
哲平のメットにあるトランシーバーから緊急応援出動の要請が入った。
哲平が思わずハンドルを離し、イヤホンからの指示内容を注意深く聞いているうちに、翔子はエンジンをスタートさせて走り去ってしまった。
『俺も翔子の前では精一杯意地を張ってるんだがなぁ…』
哲平はそう呟きながら、応援出動のために白バイにまたがった。
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