第4話

「お待たせいたしました。検定の結果を掲出します」


 教官の声で達也は我に返った。

 やっと、検定試験の合格者の番号がボードに張り出されるのだ。群がる検定参加者の背中に飛びつくようにしてボードに見入った達也は、果たして自分の番号をそのボードに発見することができた。やったぞ。あのトリニティに一歩近づいた。

 すると、教官が合格に喜ぶ教習生たちに向かって笑顔で語りかける。


「今日は皆さんお疲れ様でした。検定に合格された方には、大型の教習用バイクで教習コースを周回できるお祝いを用意いたしました。ご希望の方はどうぞこちらへ」


 えっ、大型に乗れるの…。早く病院に戻らなければならない事情も忘れて、達也はこのお祝いに飛びつく。ホンダCB1300SFに乗ってみて驚いた。直進の加速感、重厚感、そして安定感が、今までホンダCB400Fの教習バイクと次元が違う。中型がまるでおもちゃのように感じる。ただ周回するだけのドライビングで、バイクが上手くなったような錯覚に陥った達也は、バイクを降りた瞬間に大型自動2輪免許の教習を申し込んだ。

 そのお祝いが自動車教習所の巧みな罠だと気付いたところで後の祭り。大型バイクの検定試験まで、本来なら12時間ですむ実技教習。しかし達也は40時間もかけて、車両重量250キロを取りまわす地獄の教習をたっぷりと味わったのである。



 夜は妖しいネオンで華やかに飾られるが、昼間は薄汚れていて、あちこちに放置されたごみ袋が悪臭を放つ。昼の繁華街は人影もまばらだ。そんな繁華街にある事務所へバイク便で封筒が届けられた。


 バイク便のドライバーがその事務所のドアを開けると、中には派手な模様のシャツを纏った男たちがたむろしている。脂ぎったその顔からある種の険悪な体臭を香らせ、タバコをふかしながら、いかがわしい雑誌や競馬新聞に読みふけている。もちろん、仕事をしているものなど誰もいない。

 こんな男達から一斉に視線を浴びたドライバーは肩をすぼめた。エライ所に来てしまった。


「バイク便のセルートですが、お荷物のお届けです」


 若干震える声でそう告げると、中でも一番若そうな男が出てきて、封筒を手に取った。

 少し膨らんではいるが思いのほか軽い。表裏を確かめながら、聞き知らぬ送り主からの荷物を受け取って良いものかその対処に迷い、奥の兄貴たちに聞いている。

 バイク便のドライバーは、次の仕事の為にこの荷物から早く解放されたいが、うかつに受け取りの判を催促したら、怒鳴りつけられそうで小さくなって待っていた。

 さんざん封筒を眺めまわした後で、若い衆は首を傾げながらも封を開けた。


「お荷物を開ける前にサインを頂きたいのですが…」


 バイク便のライダーの懇願にも構わず、若い衆は封筒の中からジッパー付きのビニール袋を取り出した。中にガーゼのようなものが入っている。普通ならここで警戒してもいいのだが、この若者は学校で警戒という文字を教えられていた時に、居眠りをしていた輩だ。無防備にジッパーを開けて中を覗き込んだ。鼻を近づけたが、ことさら匂いがあるわけでもなく何のことやらさっぱりわからない。

 しかし若い衆の変化はすぐに起きた。まず花粉症の季節でもないのに急に鼻水が出て、胸を大きく波打たせて苦しそうに呼吸し始める。自分の変化に驚いて、すがるようにライダーを見つめる。その大きく見開いた眼の瞳孔が収縮しているのが、ライダーにもよくわかった。やがて大量の涎とともに嘔吐や失禁が始まる。そして、昏倒すると痙攣を起こし始めた。


「大丈夫ですかっ!」


 ライダーが駆け寄ると、彼も急に息苦しくなり同じ症状が出始める。そしてそばにいた男達にも同じ症状が出ると、さすがに事の重大さを悟った奥の男達は、パニックを起こしながら事務所の窓から外に飛び出していった。

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