嘘とホントの気持ち

椿叶

嘘とホントの気持ち

「美紅ちゃん、彼氏くんとお勉強デート!? いいないいないいな!!」

「えへへ。いいでしょー」

 自慢げに言う美紅を、私は横目に見ていた。

 オレンジ色に染まる学校の帰り道に、やけに二人の声が響いている。私は黙ったまま、ただ単にその内容に耳を傾けた。

「しかも彼氏くんは学年一のイケメン、翔くんだし~。うらやましいわあ」

「ほんとね、かっこよすぎて毎日惚れ惚れしちゃうの。明日勉強出来ないかも~」

「成績落ちちゃうぞお」

「将来翔くんと結婚して養ってもらうから、ノープロブレム」

「なんだって。らぶらぶだな」

「やーしなーってぇ~!」

また嘘言ってる。あんたの友達、全然気がついてないよ。鈍いね。いや、美紅の嘘が上手なだけか。表情や挙動に違和感が無いもの。美紅のことよく知らない子なら、これはだまされる。それにしても、いつからこいつはこんなに嘘が上手になったんだろう。

「じゃ、あたし塾だから。じゃーねー」

「うん。ばいばい」

 美紅の友達が塾のある建物に入るのを見届けてから、美紅はようやくこちらを向いた。

「ごめんね沙月。あの子、ちゃんと相手してあげないとあとでうっさくて」

「大丈夫よ。別に。アホらしい会話してるなって思っただけだし」

 美紅はへらへらと笑った。

「ね。ほんっと、アホらしいよね。自分でも馬鹿だと思うよ」

「いつまで嘘つき続ける気?」

「わかんない。下手したら卒業するまでかも」

 私は美紅の鞄についているストラップを引っ張った。美紅がこの前の誕生日に、彼氏に貰ったのもだ。

 美紅の好みとはかけ離れたぬいぐるみのストラップ。それを、美紅はいかにも大切にしています、とでも言うように、鞄のポケットから顔だけ覗かせている。

 美紅は彼氏のことが全く好きではない。むしろ少し嫌っている。なのに、七ヶ月近く付き合っているのだ。他人が聞いたら驚くだろう。「翔くんあんなにかっこよくて優しいのに」「美男美女カップルでお似合いじゃん。なんでよ」等々、みんなの反応は手に取るように分かるし、そう思う気持ちも分からないわけではない。だけど、賛成はしない。私自身、彼が嫌いだからだ。

 もともと彼のことは好きでも嫌いでもなかった。だけど、美紅が彼と付き合い始めてから考えが変わった。

『あのね、沙月。翔くんは私のこと好きじゃないの。自分で言うのもどうかと思うけど、ほら、私結構かわいい部類に入るじゃない? 彼はね、私のことが好きじゃなくて、“かわいい彼女”が好きなんだよ。“かわいい彼女”になってくれさえすれば、誰でもいいの。彼は、かっこいい俺にはかわいい彼女が絶対的にお似合いで、かわいい彼女がいる俺がかっこいい、って思ってるのね。私じゃなくてもいいの』

『じゃあ、なんで付き合ってるの?』

『告白された日は、もう一ヶ月は前になるのかな、こんなこと分からなかったから、これから好きになるかもしれない、って思ったの。だから付き合おうって思ったワケなんだけど、今は、そうだなあ……。理想の人じゃなくなった、って捨てられるのが怖いからかな。相手がどんな人であれ、捨てられるのは怖いよ』

 この会話をした次の日、私は廊下で二人がいるのを見かけた。私はロッカーの前で友達を待っているふりをして、静かに二人を観察した。

 彼氏はひどく楽しそうに話していた。今の自分に酔っているような、そんな様子だったのだ。美紅がその調子に合わせているのがどうしようもなく気の毒に思えて仕方が無かったし、彼氏がわざわざ廊下で美紅を呼び止めたのも、「かわいい彼女」をみんなに自慢するためなのだろう、と思ったらはらわたが煮えくりかえるような思いがした。

 今の美紅にとって、あの彼氏はただの鎖だ。マフラーだと思って首に巻いたら、突然首輪と化して、外れなくなったものなのだ。

「正直、しんどい」

「別れたい?」

「それに嘘もやめたい」

「でも怖いんだ?」

「うん」

 美紅は頷いた。私が引っ張ってたストラップを取り返して、ぬいぐるみの腕をふにふにとつまむ。

「馬鹿ね」

「そう言ってくれるの沙月だけだよ」

「私以外誰にも言ってないくせに」

「沙月しかこう言ってくれないって分かってるもん。言わないよ」

「そうね。……ごめんね、話聞いてあげることしかできなくて」

「ううん。十分だよ。ありがとうね」

 美紅は笑った。その顔が少し疲れているような気がして、私はばれないように唇をかんだ。

「ねね、沙月この後空いてる?」

「うん。どうしたの」

「一緒にクレープ食べない?」

「食べる食べる」

「沙月と一緒にいるほうが、私、ずっと楽しいの」

 私は美紅の手を掴んだ。

「じゃ、そう決まったら早く行こう。そういえば今日は駅前のお店、半額セールやってるって」

「そうなの? それは行かなきゃソンだ~」

 早足に歩きながら、私は空を見上げた。

 もっと言葉を操れるようになりたい。そうしたら、美紅の背中を押してあげられるのに。

 悔しい。助けたいのに。

「沙月、そんな急がなくても売り切れないって。どうしたの」

「ああ、まあね」

 私は誤魔化すように頭をかいた。それから不思議そうな顔をする美紅に笑いかけた。

「何でも無いよ」

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嘘とホントの気持ち 椿叶 @kanaukanaudream

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