第13話 山を抱く蛇



 ナルヴィと蛇少女の戦いを地上から見つめるロプトとソーラ。

 そんな二人の近くに血の雫が落ちた。

 バケツをひっくり返したような大きな音を立てて、血の飛沫が地面を叩く。

 するとその水溜りのような血が蠢き始めた。


「ロプト!」

「分かってる!」


 警戒の声をあげるソーラに応えつつ、籠手を構える。

 籠手は青白い光を放ち、雷光を纏う。

 血溜りはボコボコと泡立ち、そこから使い魔の大蛇が飛び出した。

 大きな口を開き、その牙を突き立てんとロプトに迫る。


「そこ!」


 ソーラが気を吐き、矢を放った。

 あやまたず、矢は大蛇の目を射抜く。

 のたうつ大蛇に向かってロプトは籠手の雷光を放つ。


「くらえっ!」


 放たれた雷光は、龍のように身をくねらせながら撃ち出され、大蛇の身体に直撃した。

 大蛇の身体に喰らいついた雷の龍は一瞬にして大蛇の身体を消し炭に変える。

 その凄まじい威力に、ソーラだけでなく、放ったロプトも呆然としてしまった。

 ナルヴィだけでなく、籠手もまた色を塗ったことで本来の力を取り戻したようだ。


「ロプト! まだ来る!」


 ソーラの声に反応して振り向くと、林の奥から次々と大蛇が這い出してきていた。

 頭上をちらりと見れば、未だにナルヴィと蛇少女が轟音を立てながら戦っている。

 そして時折、噴出した血が地面に降ってきている。

 そこから大蛇は湧いているのだろう。

 ロプトは再び籠手から雷光を放った。

 雷光は二匹の大蛇を貫いて、その胴体を分断したが、湧いて来る大蛇の数はそれ以上の数だ。屍を越えて無数の大蛇がロプトに迫ってくる。

 援護を期待してソーラの方を見るが、そちらにも大蛇は殺到しており、援護できる状況ではなかった。

 視線を戻した時には、もう既に目の前に大蛇の牙が迫っている。


「わあああぁぁぁっ!」


 飛びかかってくる大蛇にロプトは夢中で右手を振った。

 意識した動きではない、自然と薙ぎ払うように振っていた。

 思わず目を瞑ってしまい視界が真っ暗になる。


 しかしいつまで経っても噛み付かれた痛みはなく、頬にぽつりと何かがついた感触だけがあった。

 慌てて目を開くと、そこには真っ二つになった大蛇の断面があった。

 視線を自分の右手に移していくと、手には雷光で模られた剣がある。

 いままでただ撃ち放っていた雷光が右手に留まり、雷光の剣となっているのだ。

 

 ロプトの驚きに大蛇が待ってくれるわけもなく、次々と襲いかかってくる。

 しかしロプトがデタラメに雷光の剣を振るえば、たちまち大蛇は輪切りになった。

 別に隠された剣の才能があったわけではない。

 雷光の剣は重さが一切ないのだ。そして触れただけで全てを切断できる。

 そのおかげで適当に腕を振るだけでスパスパと大蛇は斬れる。

 構えも剣筋も関係ない。

 ふざけて怪盗よろしく空中にZを描いても斬れるのだ。


 ロプトは自分に群がる大蛇がいなくなると、苦戦しているソーラの元に駆けつけて一気に大蛇を斬り払う。

 子供がチャンバラごっこをしているような気恥ずかしさがあるが、結果はまるで達人の所業だ。大蛇の群れは瞬く間に輪切りの死骸となった。


「……なんかちょっと釈然としないけど、ありがと」

「そう言うなよ、俺もいまいちかっこ悪いと思ってんだから」


 大蛇をすっかり退ける事が出来た頃には籠手の使い方をだいたい把握することが出来ていた。要は雷を自由に操り、放ったり、変形させて武器にしたり出来るらしい。

 とりあえずこの籠手があれば大蛇程度なら何匹来ても大丈夫だろう。


 頭上ではまだナルヴィと蛇少女が戦っている。

 ナルヴィがかなり優勢なようで、相変わらず蛇少女の血だけが降ってくる。

 なんとか加勢をしたいところだが、大きさが違いすぎて戦いにならない。

 ソーラも空に向かって矢を構えているが、高すぎるのか途中で断念していた。


「ねぇ、ロプト。それ弓にならないの?」


 ソーラの言葉にロプトは手にしていた雷光の剣が弓矢になるように念じてみる。

 雷光は瞬く間に形を変えて弓の形になった。


「……ダメだ。片手しかないからか、矢がない」


 試しに矢に変えてみるとすぐに変わるが、今度は弓がなくなる。

 弓矢と一体化した形で出すと、合体していて矢が放てない。


「あ、じゃあ投げ槍は?」

「お、なるほど。それなら出来そうだ」


 ロプトが投げ槍をイメージすると雷光が一本の投げ槍に変化した。

 それを上空のナルヴィと戦う蛇少女の胸の中心に向けた。

 槍を振りかぶり、狙いをつけるが、狙い通りに当てる自信はない。

 だが、それでも相棒が必死に戦っているのに見ているだけ、というのではあまりにも情けない。

 ほとんどナルヴィに頼りきりだからこそ、やれることはやるべきだろう。

 ロプトは多少不恰好なのは承知の上で、槍を大きく振りかぶり、力を込めてそれを空に放った。


 これが普通に質量を持った槍なら、ヘロヘロと少し上空に上がっただけで蛇少女に届くことはなかっただろう。

 だがこの雷光の槍は、ロプトの手を離れた瞬間、一筋の光となって放たれた。

 ロプトの手元と蛇少女の左肩が一瞬だけ雷の線で結ばれ、直後に蛇少女の左肩が弾けた。


 落雷したような轟音が響き、蛇少女の大きな身体が斜めに傾ぐ。

 だが蛇少女は倒れることなく、大きく目を開きロプトを見た。

 その無垢な表情にロプトは動揺した。

 蛇少女は不思議そうな顔でロプトを見ていた。そこに憎悪はなかった。

 ナルヴィはその致命的な隙を見逃しはしなかった。

 ロプトの方に注意が向き、無防備になった蛇少女の首筋に牙をつきたてた。


「あああああぁぁぁぁぁっ!」


 蛇少女の慟哭にも似た絶叫があがる。

 首筋からは赤黒い血が噴出して周囲に霧のように拡散していく。

 同時にその巨大な身体が縮み始めた。

 噴出す血の量に比例して縮み、やがて空からその巨体が消えた。


 ロプトがゆっくりと視線を地上に戻すと、ソーラがロプトを見ていた。

 頷きあうと二人で蛇少女のいた中心地点へと向かう。

 途中の林の中には蛇少女のモノと思しき血痕がいくつもあるが、そこから大蛇が生まれることはもうなかった。

 それどころか、血痕は時間とともに黒ずみ、汚泥となって地面に消えていった。


「ナルヴィ!」


 見慣れた巨体を見て走り出す。

 大きな身体でちょこんとお座りしたナルヴィがこちらを向いていた。

 その足元には血塗れになり地面に倒れている蛇少女の姿があった。

 あまりの痛ましさに思わず顔をしかめる。

 いくどか狙われた敵と言っても差し支えのない相手だが、全身を血で染めて、弱々しく地面に倒れ伏す様子を喜べはしなかった。

 蛇少女は、ロプトが近寄るとぐりん、と首を曲げ視線をあわせてくる。

 

「お父様、必ず、また、ボクの腕の中に……」


 少女の身体は完全に黒い汚泥となって消えた。

 ロプトは無言で地面に広がる黒い汚泥を見つめていた。

 そんなロプトにナルヴィは心配そうに顔を寄せてくる。

 ロプトは何も言わず、ナルヴィの大きな顔をわしわしと撫でる。

 ナルヴィは大型犬サイズに縮みながら、遠慮しながら甘えてくる。

 蛇少女はロプトのことを『お父様』と言っていた。

 さっきから必死に記憶を掘り返しているのだが、相変わらず思い出せるのはプラモデルの事と、断片的なプラモデルを作っていた世界での事だけだ。


 自分の事だけだったら、どうでもいい、と言えた。

 知らない世界の、知らない自分の記憶だ、必死に取り戻したいとは思えない。

 しかし、当然の事ながら自分の記憶にあるのは自分の事だけではない。

 自分に娘が居た、しかもどうやらその娘にあの神殿に捕らえられていたらしい。

 そしてその娘を手にかけてしまった。

 確かに捕まるわけにはいかなかったが、それでも気持ちの良いものではない。

 じっとロプトは右手の籠手に目を落とす。

 手を開き、掌を見る。当たり前だが、血などは一切ついていない。


「バウッ!」


 ナルヴィが珍しく大きな声で吠えると、ロプトの掌に右前足を乗せた。

 いわゆる『お手』の姿勢だ。

 ロプトはポカンとしてナルヴィを見た。

 ナルヴィは褒めて欲しそうにこちらを見て、尻尾を振っている。

 その姿に、ロプトの顔に自然と笑みが浮かんだ。


「……そっか、よしよし。偉いぞ、ありがとうな、ナルヴィ」


 結局は、思い出せない過去の記憶。今思い悩んでも出来ることはない。

 割り切れないが、そう思うしかないのだとロプトは区切りをつけた。

 ふと顔を上げるとソーラもこちらを心配そうに見ていた。

 ロプトの視線に気づくと気まずそうに口を尖らす。


「さっさとルーネ草集めて帰るわよ。私を巻き込んだんだから色塗りぐらいはやってくれるんでしょうね?」


 そっぽを向きながら憎まれ口を叩く様子に小さく笑う。

 実際その通りで、ロプトと一緒に居なければ蛇少女に襲われることはなかっただろう。

 だからもっと偉そうに要求してもいいのだが、気遣わしげにこちらを見ているところにソーラの優しさを感じた。


「もちろんだ。レギンさんにたっぷり恩を売って、あの村に移住させてもらわないとな」

「え? ロプト、ウチの村に住むの?」

「許してもらえるならな、俺は何にも出来ないけど、俺のプラモは役に立つぞ」


 そういってナルヴィを撫でる。

 ナルヴィは嬉しそうにぐるぐるその場で回ると、わふ、と吠えた。

 その姿を頼もしく感じながら、とりあえず出来ることをしよう、と決意を新たにする。


「……そっか、村に住むんだ」

「おおい、ソーラ。急ごうぜ、日が暮れちまう」


 小さく呟くソーラを急かし、ロプトはこの場を後にした。

 一度だけ、黒い汚泥を振り返り、無言で背を向けた。

 今はまだ、何も出来はしない、と言い聞かせて。


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