第 2話 最初のプラモデル


「さてさて、だいたい集まったが、説明書は……なしか」


 ランナーをかき集めながら探したが組立説明書のようなものは見当たらなかった。

 唯一の情報は、ランナーのタグの部分に書かれていた『1/20 神を喰らいし魔狼ナルヴィ』という文字だけだ。恐らく最初の数字はモデルの縮尺で、後の文字がモデルの名前だろう。

 つまりこれはナルヴィというモデルの二十分の一スケールモデルということだ。


 集めたランナーには生物的なフォルムのパーツが多く、なんとなく完成形は想像しやすい。しかもパーツの分割も一つの部位を二つに割ったような形ではなく、胴と足がくっついたような奇妙な形で分割してあるため、前後や左右を間違える事もなさそうだ。

 こんな奇妙な形の分割になっているのは、少しでもパーツ同士のあわせ目を見えないようにしようというメーカー側の配慮だろう。

 メーカーが存在するのか分からないが。


 ともあれ、これは作る時には非常に助かる。間違えてパーツを組み付けることはないだろうし、仕上がりを良くするために合わせ目を消したりといった手間がだいぶ省ける。

 ロプトは石畳の上に座り込み、集めたランナーを並べてみた。


「いやぁ、壮観だわ。素晴らしいディテールの細かさだな」


 キレイに並んだパーツを眺め、完成するプラモデルの全体像を想像する。

 おもわずにんまりと笑みが浮かんでくる。

 組立前の至福のひとときだ。

 これを肴に酒飲みながら一日過ごしてもいいぐらいだ。


 ロプトはとりあえず、一番大きなパーツから切り出していく。

 まずは大きなパーツを組み合わせて全体像を探ろうという意図だ。

 一刻も早くどんなカタチになるのか見たいという気持ちもある。

 逸る気持ちを抑えて、まずはパーツをゲートごとランナーから切り離す。

 切り離されたパーツには、繋がっていた部分にゲートがちょこん、と残っている。


 これは一気に切ってパーツを抉ったり、変色させたりしないための手法だ。

 ランナーにパーツが繋がった状態で、ゲートをギリギリのところで切り離すと、目測を誤ってパーツ側を抉って切り取ってしまったり、無理な力がかかってパーツが白化したりするのだ。

 そこでパーツとゲートの間を切るのではなく、ゲートとランナーの間を切る。こうしてパーツ側にゲートを残すことで、もし白化してもそれはゲートにとどまるし、入り組んだ場所にゲートがあってもランナーから切り離してから改めて切ることで簡単に刃が入るようになる。

 切る手間は二倍になってしまうが、この方が仕上がりがキレイなのだ。


 自分の素性はまったく思い出せないが、プラモデルに関係することはすぐに思い出せた。

 不思議な感覚だが、手を動かせば作る楽しさが溢れてくる。

 今はそれでいいか、とロプトは気にするのをやめた。


 パチン、パチン、という心地よい音を堪能しながら次々にパーツを切り出していく。

 ゲートごと切って、ランナーから切り離したらゲートをパーツから切り離す。

 本当はゲートを小さく残して切り離して、最後の仕上げはデザインナイフやヤスリなどを使うのがいいのだが、今回は時間がかかりすぎるのでニッパーで直接切ってしまう。

 大きなパーツを切り出し、合わせてみておおよそのカタチが分かったところで、ロプトの手が止まった。


「しまった、これ接着剤が必須のタイプじゃないか」


 パーツとパーツをくっつけるための差込穴がない。

 くっつけてもカチャと外れて落ちてしまう。

 プラモデルの中には接着剤不要のプッシュフィットモデルと呼ばれるモノもあるのだが、どうやらこのモデルは接着剤が必要なモデルらしい。

 もともと衝動的に作り始めたとはいえ、パーツまで切ったのに組立できないというのはなんとも悔しい。

 ロプトはニッパーの時と同じく、ここに接着剤があれば、と強く願った。

 するとそれに応えるかのように、再び空中に黒い渦が出現し、そこから液体の入った小さな四角形のビンが現れた。ビンはちょうどロプトの手の上に落ちた。


 ロプトはしばらく無言で手の中に飛び込んできたビンを眺める。

 自分で願ったこととは言え、あまりの都合の良さに絶句してしまったのだ。

 目を瞑ると、色々とツッコミを入れたい言葉が浮かんでは消えていった。


「ま、いっか、便利だし」


 ロプトは考えることを放棄して、ビンの蓋を開ける。

 中からはシンナーの刺激臭が漂ってくる。蓋の裏には塗布用の細い刷毛がついていて、それで中身をすくってみると粘性の低い透明な液体だった。

 ラベルは見覚えのある緑のもので、『プラスチック用接着剤(流し込みタイプ)』と書かれている。

 これは粘性の高い通常タイプの接着剤とは違い、パーツをあらかじめ合わせておいて、その合わせ目の隙間に刷毛で溶液を流し込む使い方をする接着剤だ。

 乾燥が早く、余分な部分を溶かしてしまわないのが特徴だ。


 ロプトは縦に半分にされた胴体と足がくっついたパーツと同じく半分の胴体だけがついたパーツ、その二つを合わせる。断面は直線ではなく波型になっていて、合わせると正しい形にピタリと収まる。

 二つをくっつけた状態で持ち、その合わせ目に接着剤をつけた刷毛を近づける。

 ちょん、と乗せた溶剤がすーっと合わせ目を走って行った。

 見ていて気持ちの良い瞬間だ。

 徐々に形になっていくのが楽しくて、ロプトは夢中で組み立てていく。

 次のパーツを接着しようと床を探すと、いつの間にかパーツはなくなっていた。

 切り出した全てのパーツの接着が終わったのだ。


「良し、とりあえず組立完了だ!」


 ロプトは宝物でも持つように出来上がったプラモデルを掲げた。

 出来上がったのは雄々しい立ち姿の狼のプラモデルだった。

 まだ塗装をしていないので成形色の灰色のままだが、ディテールが細かいのでリアルで迫力のある素晴らしい完成度のモデルだ。

 マズルが長く凜々しい顔、口にはずらりと鋭い牙が並び、千切れた人間の腕を咥えている。後頭部には三本の立派な角が生えていて、それが背中側に向かって伸びていた。

 しなやかながらも逞しい体躯にはやや長めの体毛が生えている。これが本物の毛皮だったならモフモフと気持ちが良い事だろう。

 逞しい四本の足にはそれぞれ枷がついていて、その枷に長い鎖が一本つづ付いている。

 鎖はピンと張られているかのように真っ直ぐで、そのポーズからもこの狼が鎖によって捕まえられていることを現しているのだと分かる。

 四肢を枷と鎖によって押さえられてもなお威嚇し、おそらくは縛ったであろう相手の腕を噛み千切った。そういうダイナミックな場面のプラモデルなのだろう。

 ロプトは手で持ってプラモデルを色々な角度から見て堪能する。

 こうやって完成したモデルをうっとりと眺める時間。

 これこそ、プラモデルを作る醍醐味とも言える、至高のひとときなのだ。


「いやぁ、カッコイイなぁ。この角度か? それともこっちからの方が……」


 ロプトは手の中のプラモデルをぐるぐる回しながらベストアングルを探す。

 真正面から見たり、斜め上から見たり、あおりで下から見たり。

 格好良く見える角度を見つけては、うんうん、と勝手に納得する。


 ふとロプトは思いついて狼の手足についている鎖をくにくにと曲げてみた。

 プラスチックを曲げる場合は、常温で曲げると変色してしまうのだが、鎖は2ミリ程度の細いものだったのでほとんど変色もなく曲げることが出来るようだ。

 ロプトは自分の思いつきに興奮しながら、ゆっくりと慎重に四本の鎖を曲げていく。

 四本の鎖はピンと張った状態から、狼の周りを漂うような形に変形した。

 すると、鎖で押さえつけられているポーズだったのが、まるで鎖を操って敵と対峙しているポーズのように見えた。


「うんうん、こっちの方がいいな。似合ってる!」


 ロプトは自分のちょっとした改造に満足して頷いた。

 プラモデルを見本通り正確に組み上げるのも面白いが、自分勝手な設定をつけて改造するのもまた楽しいのだ。

 このナルヴィのプラモデルは『神を喰らいし魔狼』の名前の通りに、口に咥えた腕が何がしかの神の腕で、そのせいで四本の鎖で縛られてしまった、という設定なのだろう。

 だがロプトにはこのナルヴィはそんな簡単に捕らえられてしまうようには見えなかった。抑え付けられてもなお睨め上げるような瞳は、捕らえられたとしてもなおも抵抗をしたに違いない。

 と、勝手にロプトは脳内設定を付け足して、捕らえたはずの鎖を反対に操り最後の抵抗をするシーンをイメージしてちょっとだけ改造してみたのだ。

 下手すると鎖が折れてしまうところだったが、上手くいった。


 ロプトは一通りモデルを愛でて、とりあえず磔台の近くの床に置いた。

 本当は棚に置きたい所だが、あいにくこの広間にそんなモノは見当たらなかったのだ。

 ロプトはプラモデルを置くと広間をぐるりと見渡す。

 目覚めた時と同じ広間、あるのは不気味な磔台と今完成させたプラモデルだけ。


「さぁて、プラモも作ったし、いい加減現実に目を向けないとな。人の気配もないし、食べ物も水もなさそうだし、とりあえず外に出てみるかぁ」


 ロプトは苦笑を浮かべて呟いた。現実逃避していた自覚はあったのだ。

 さすがに一体組み上げたら少し冷静になれた。

 実は作っている最中、これが夢で完成したら目が覚めるかも、とも思っていたのだ。

 しかし、プラモデルを組み立てる一時間ほどの間も、ずっとリアルな手触り、臭いを感じていて、とても夢とは思えなかった。

 何が起きたのかはさっぱり分からないが、見たこともない場所に、自分が誰かも分からずに居る。それがロプトの現実だ。


 その時、ロプトの背後で強い光が発せられた。

 まるで衝撃のない爆発が起こったような光に思わずロプトは振り返る。

 光はプラモデルを置いた辺りから発せられているようだが、あまりの光の強さに目を開けている事が出来なくなった。

 まぶたの向こう側の光が少し収まってくると、ロプトの顔に生暖かい風がかかった。

 ロプトがゆっくりと目を開くと、目の前にはぞろりと並んだ大きく鋭い牙、紫がかった赤色の長い舌。それがべろん、とロプトの顔を舐めた。


「うおおおぉぉっ!」


 ロプトはすごい勢いで後ずさりして、足をもつれさせて転んだ。

 驚きのあまり二の句が継げずに目を見開く。

 ロプトの目の前には巨大で雄々しい狼が鎮座していた。

 その大きさは狼の平均を遥かに超えて、動物園で見たサイと同じぐらいある。

 微かに開かれた口からは鋭い牙がのぞいているが、唸っているわけではなく耳を伏せ、舌を出してハッハッハッ、と短く息を弾ませているだけだった。

 更に大きくてふさふさとした尻尾をぱたぱたと振っている。

 モフモフとした毛は薄灰色をしており、行儀良く身体の前にそろえられた二本の前脚には見覚えのある足枷と鎖がついていた。鎖は不思議な力でちゃりちゃりと空中に漂っていて、その先端は辺りを見渡すようにふらふらしている。


「……まさか、さっきのプラモが?」


 ロプトが呆然と呟くと、わふ、と目の前の巨狼が返事をするように吠えた。


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