(8-1) 少しだけ残酷な現実
― 8 ―
「やあ、少し見ないうちに随分と大人になったみたいだね」
開口一番冬華さんはそう言って笑って手に持っていた日記帳を布団の中に隠した。
相変わらず4人部屋に独り。カーテンは開かれていてベットの上はなんだか綺麗に片付いている。
贈った日記帳をちゃんと使ってくれている事について触れようかと思ったけど、あまりにもその隠し方が触れてほしくなさそうだったのでそっとしておく。
別に書かれている内容に興味なんてないし。
「てか、……何処行くつもりだったんですか」
珍しくベットから降りている冬華さんはスリッパではなくサンダルに指を通し、少し厚手のカーディガンを羽織っていた。僕が入って来た時の反応なんて、まるで脱走を図ろうとしている囚人のようだ。
「ん……? んぅー……、……きぶんてんかん?」
そう言って冬華さんは軽く上を指さす。――屋上か。
はぁ、と一つため息をつきつつ、前回倒れたのが舞花と一緒にそこに行った後だったことを、この人はもう忘れているらしいと後ろ手で扉を閉める。ようやく三月になり、気温も戻ってきたとは言うけれどそれでも風はまだまだ冷たい。寒い所に行ったからどうという問題でもないのだろうけど、体に良くないのは確かだ。
「寒いのは嫌です」
無駄だとは思うものの個人的な要望を持ち出して抵抗してみる。
「じゃ、ここで待ってればいいさ」
言って冬華さんは軽い足取りで僕の隣をすり抜けた冬華さんは廊下へと踊り出る。
分かっちゃいたけれど何を言ったところで聞いてもらえる訳がなかった。
病室に残された所で目的の人物がいないのでは何をしに来たのか分からない。この先何度着くことになるかもわからないため息を再びこぼし、後を追った。
廊下に顔を出せば僕が来ることを待っていた冬華さんがいて、久しぶりに会ったというのに完全に主導権を持っていかれてしまっている。
ていうか、本当に久しぶりなんだからもっと言う事とかあると思うんだけど、冬華さんはいつも通り、以前と何も変わらない。
それが良いことなのか悪いことなのか。
ワザと以前からこういう風に振舞い続けているのだと思うと息が詰まりそうになる。
「せめて上着ぐらい着てくださいよ」
言って自分のものを脱ぐと肩にかける。いらないと言われるかもしれないけどせめてもの抵抗だった。
しかし冬華さんは思いのほか素直に「あらら、ありがとう?」だなんて両手で襟を掴んで受け入れられてしまう。なんなら「葉流君のぬくもりに感謝ですねぇ」だなんて、なんだかそれはそれでムズムズして、そんな僕のことをすら冬華さんはお見通しのようで、本当にこの人はーー、……扱いづらいなぁって苦笑する。
「なんですかー?」
笑う僕に冬華さんが唇を尖らせる。
「なんでもありませんよ。相変わらずで安心しました」
「どういう意味かは聞かないであげましょーねぇー? そりゃどーもー」
なんだかんだで、冬華さんと話すのは楽しかった。楽しいと思えた。
その事実が、少しだけ残酷だ。
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