(1-1) 出会いと別れの始まり
― 1 ―
僕にとっての物語は、そう深い意味を持ち合わせていない。
何処にでもいるであろう平凡で、ありきたりな日々を送る中学生。それが僕で、それが僕の人生だと齢15にして悟っていた。
白い病室、仕切られたカーテン。
その中で綴られる物語に特に意味はなく、そして「うーんぅう……」と頭を捻って唸る僕を見つめる祖母も。それほど劇的なお話ではなく、ありふれた、そこらへんに転がっているような、見慣れた、普通の光景だった。
ただ普通と違うことといえば、窓の外。昼だというのに遥か彼方に小さく見える彗星の存在。
数か月前に、政府からの緊急放送があった。
それは全世界で、示し合わされた通りの時刻に同時に行われ、唐突に僕らの世界が「
これからおよそ1年後。我々の暮らす地球に彗星が衝突することが判明しました。我々地球号の乗組員全員は全力でその対処に当たり、彗星の破壊を試みます。が、万が一に備えて心の準備をしておいてください。しかし、決してパニックにならないように。明日は今日と変わらない日々が待っているのですから。
とか、そんな感じの内容だ。
何かの冗談かと思ったし誰もが半信半疑だった。だけど、徐々に近づいているように見えるその小さな輝きが、その存在を否応なしに主張してくる。一年後には、この地球は粉々になって砕け散ります、と。
そう知らされてパニックになる人々が溢れるかと思いきや、案外世間の反応は冷え切ったもので、誰もがいずれやってくる「終末」というものを漠然と受け止め、否、受け止めきれずにただぼんやりと日常を繰り返していた。
「葉流は面白い子だねぇ」
祖母はいつもの口癖でそう告げ、窓の外を見ていた僕を笑う。
「それで、どうだい? 何か思いついたかいなぁ?」
母の勤める病院のベットで上半身を起こしている祖母は何処も悪そうには見えない。けれどここ数週間、家には戻ってきていなかった。迫る歳には敵わないと祖母は笑って見せるがその病状が軽くないのは察しが付いていた。
そしてそのことを教えられないほどに「子ども扱い」されていることにも。
祖母は、目が悪い。メガネをかけなければ文字も読めないほどでよく家のあちこちで体をぶつけてしまう。家の中で倒れた時もまた何処かに足を引っかけたのだと思ったぐらいだ。
だけど、その日は違った。
知らず内に、それこそ知らされないうちに祖母の病は進行し、今に至るのだ。
文字を読むのは疲れるから、という理由で僕に「暇つぶしにどうだい」と物語をねだったのは気まぐれだったのか、それとも幼い頃にそうやって話して聞かせた記憶がそうさせたのか。
子供の頃。帰りの遅い母を待つ間、既存のおとぎ話のアレンジを互いに語り合った、そしていつしか子供じゃないんだからと取り合わなくなっていた、その遊び。
今ならわかる。十二分にいまもまだ、子供なのだ。僕は。
必死に頭をひねって設定を考えているのがすべてを物語っていた。いまになって話し相手になってやろうだなんて虫がいい話かもしれないけれど、母の代わりに自分を育ててくれた「親代わり」に対してものせめてもの親孝行みたいなものだ。
……かといってその願いも最後まで聞き届けることはできず、こうしてお手上げなのだが。
「あー……ごめん、やっぱ無理。昔みたいには作れないや」
「そうかい、残念じゃのぅ」
そういいながらもそれほど気を落として見せないのは祖母なりの心遣いで、それが少しだけ息苦しい。
こんな時こそ出来ることをしてあげたいのに、それすらも出来ない自分が歯がゆく、情けない。そんな僕のことを分かっているからこそ、大げさに明るく振舞って見せる祖母はどれだけ弱っていても僕の良く知る祖母だった。
「--悪いねぇ、力になれなくて」
そのあまりにも祖母らしくなく、弱弱しい言葉。思わず嫌な予感に顔を上げ、けれどその言葉の先が僕ではなくいつの間にか引かれていた「お向かいのカーテン」であることに眉を寄せた。この間、僕がこの病室に来たときには誰もいなかったはずのベット。そこの周りを囲んでいるカーテンが窓から吹き込んでくる秋風に揺れていた。
先ほどまで物一つ立てなかったのは気遣いだろうか。もしくは寝ていたのかも知れない。
もぞもぞと掛布団のこすれる音。風に捲れたカーテンの裾の向こう側にちらりと見えたのは雪のように白く細い足だった。
「いえいえ、私の方こそ変なお願いをしてしまってすみませんでした」
黒く長い髪、透き通るような声に透明な瞳ーー。
ふらりと風に溶け込むように姿を現したのは線の細い、僕よりも少し年上の女の子だった。
「ごめんなさいね、おばあさまから面白いお話を聞かせてくれる子だって窺って、つい気になっちゃった」
「はぁ……、へぇ……?」
なんとも理解しがたい展開に頭が鈍る。どうやら祖母が僕に昔の遊びを提案したのは懐かしくなったからではなく、この人の要望だったらしい。とことん傍迷惑な祖母だ。人がいいというのはそれだけで身内には面倒が降りかかる。
呆れる僕をからかうかのように彼女は近づくと、すっと腕を振り上げ、指先に持ったペン先を僕に突き出して微笑んだ。まるでこれからデッサンを行おうとする画家のように。
「
それが、僕と彼女との出会いだった。
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