第6話 暁闇




「若い娘に手をつけたのは、ほんの気まぐれであったというのに。

 その夜のうちに女は消えてしまった。

 病に伏せても変わりなく愛しく思っていたのに。

 捜しに出ると、紅く染まった桜に気付いた。

 時雨のように降りしきる花びらが、色を失って白く乾いた女を隠していた」






 命の抜けた我が身を抱き、あなたは涙を流してくれました。


 そして桜の木の下に掘らせた穴に、そっと埋めてくれたのです。



 我が身の半分は桜に溶け、あなたとあなたの子を見守り続けることになり、もう半分は人として地獄に堕ち……今もなお、消えぬ想いに苦しみ続けているのです。



 子守りの娘はあなたの子を産み、家を与えられました。

 あなたはあっという間にいて新しい女を求め、娘は捨て置かれ……たがが外れたように罪を重ねるあなたを見ているのはつらいことでした。



 我が身が産んだ子はすこやかに育ち、あなたによく似た美しい青年になりました。


 やがて、老いたあなたはその子に屋敷を譲り、桜の近くにいおりを建てて隠居し、どんな女も寄せ付けずに、桜ばかり眺めて暮らしはじめました。


 もう一度ひとたび、この身に血を通わせられたなら。

 あなたの前に生まれ落ちたることができたなら。


 どれほど願っても叶うはずもなく……うたかたの恋しか出来ぬ身で子を孕んだため、桜がめ込んでいた精は尽きてしまったのです。


 薄紅うすくれないの花を咲かせ、少しずつ、少しずつ、気の遠くなるほどの年を重ねねば再び精をたくわえることは出来ませぬ。


 それは、あなたの命の尺よりずっと長くかかるのです。



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