第2話 黄昏




「他とは違う女だった。

 桜の木の下に倒れていたのだ。

 淡く色付いた白い肌に丈なす黒髪だけをまとい、もの言わぬ紅い唇を震わせ、こちらを見る眼は潤んでいるのに、拒む風情であらがった。

 子を産ませたい、と思った」





 この桜、かつてはもっと濃い紅色であった気がいたします。


 あなたは降りしきる花びらに隠れて女を引き寄せ、愛をうそぶき、恋の戯れで狂わせ、やがていて捨て置く。


 艶めかしく微笑むあなたに手を差し伸べられたなら、女は女であるかぎり拒むことなどかないませぬ。


 哀れな女どものしかばね累々るいるいと……それを目の当たりにしていながら、此度こたびばかりは違うはずと皆信じてしまうのでしょう。


 長きにわたり幼女であったこの身が、あなたとあなたの織り成す恋の戯れを眺める間に少女となり、こうして血を流す生身の女として地に産み落とされたのはなにゆえか……我が意思であったのか、何らかの摂理せつりによってなのか、今に至ってもまだわからぬのです。


 ただ、我が身があなたの子をはらんだ時から、この桜は色褪いろあせて白くなったように思います。






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