十月一日の生存本能2
警察や検察と同系列にあって、誰かに張り付き、テロだなんだという話に関わる組織。コータは公安調査庁くらいしか思い当たらなかった。それもニュースか何かで名前を見たことがあるという程度の話で、国内外でテロにまつわる秘密調査をしていることくらいしか知らない。
……仮にそうだとして……仮に? そうだとして?
コータは話を信じかけている自分に気付き、唇を歪めた。
「笑っちゃうのも分かりますけどね。こっちは中々笑えないんですよ」
斉藤は急に真面目な顔をして淡々と話し始めた。
昔から本物の幽霊らしき犯罪教唆はあったという。
たとえば、神の声が聞こえた。気付いたときに遅かった。内側にいる何かの衝動が抑えきれなかった。例をあげればキリがない。
ほとんどの場合は、斉藤らが調査を続けていくと納得のいく説明がつく。ただ嘘をついただけだったり、妄想だったり、ときには先程『幽霊』と呼んだ連中の影が見つかることもある。
だが極稀に、もっともらしい理由をでっち上げるしかない場合がある。
「そういうときは未解決事件として処理するんですよ。警察とは別口でね。で、たまにオカルト好きな連中が騒いだりして、もっと胡散臭い話になって……」
斉藤の作り笑いが、より無機質になった。
「裏でウチらがほんとに大騒ぎして調べてるときは、案外、それがいい隠れ蓑になるんです。聞いたことありませんかねぇ? 極秘作戦を行う特殊部隊は失敗ばっかり……みたいな話」
「……まぁ、ネットで見たことくらいなら――」
「極秘作戦なんだから、成功したら表にでねぇだろって。ねぇ?」
コータの言葉の端を食い取り斉藤は言った。
「本当にヤバいネタだったら潰される? 逆ですよ。ほっとくの。どうせ誰も信じないから」
さて、と斉藤は机の上のファイルから手をどかした。目で、見てもいいよと促した。
コータは怪訝に思いながらもファイルを開いた。表だ。紙いっぱいに表が示されている。得体の知れない数字が横に並び、一番端に音声ファイルと思しき英数字がある。
最上段をみるに、左端のカラムから、日付、時刻、発信番号、受信番号となっているらしい。
「……盗聴ですか?」
「いや、そんなことしませんよ。おとついから一生懸命、走り回って集めたの。まぁ個人情報の侵害だと言われたらそれまでなんだけど、公衆電話は半分、国の所有物みたいなもんだし」
「それって……まさか……!?」
コータは慌てて表に目を落とす。発信番号はどれも六六六‐六六六六だ。日付はメメント・モリが合宿に行った日で、時刻は深夜になっていた。
「これ、あの公衆電話ですか? てか音声って……」
「情報化社会バンザイだよね。音声ファイルは持ってきてないんだけどさ、面白いことを教えてあげるよ。実はね……発信者の音声しか入ってないんだよ。ほとんどはね」
つまり電話口の向こうの声は残されていない……。
「……ほとんど?」
「そう、ほとんどだよ。君の話した相手以外だ」
斉藤は手を伸ばし、青い付箋のついたページを開いた。そのページにだけ日本語の文章も一緒に記載されている。それも、
「俺の、話した……」
「そういうことだねぇ」斉藤は指で机を叩き始めた。「参ったよ。ひとりだけ違う番号にかけててさ。しかも、ひとりだけ相手の声も記録もある。なのに、そんな番号は日本には存在しないって言うんだ。声紋なんかも調べたんだけど、十代の少年かなぁってことしか分からない」
「……十代の少年、ですか」
「そう。高柳くんが学校の屋上で話してた相手も同じ……驚かないね」
「驚きようがないんですよ。意味が分からなくて」
「だよねぇ」斉藤は首を傾け、パキンと鳴らした。「高柳くんは悪魔の証明って知ってる?」
悪魔の証明――『ない』を証明するのは、ほぼ不可能だという意味だ。
『ある』ことの証明は実物を示せば終わる。しかし、『ない』ということの証明は、全世界を調べあげたとしても『観測した範囲では存在しない』としかいえない。
「『ない』番号に電話できるわけないじゃない。ま、だから仲間が出張ったんだけど……生身の……高柳くんのことはお手上げってんで、ウチに回ってきて。驚いちゃったよぉ」
斉藤はまた手を伸ばし通信記録の束をどかした。下からコータの顔写真をクリップで止めた書類が出てきた。経歴、行動記録、病歴、収入や交友関係まで、簡潔にまとめられていた。
「高柳くん、自殺に失敗したことあったでしょ?」
病歴を指差しながら、斉藤はつぶやくように言った。
そういう夢をみることはある。だが、実際に首をくくったことはないはずだった。
コータの様子を窺っていた斉藤が、「あ」と、初めて狼狽した様子をみせた。
「うわ参ったな。ごめん、これ高柳くんに見せちゃいけないやつだった」
「……はい? ちょ、どういうことです?」
「まぁ、もう話しちゃったから、いいか。俺が言ったって黙っててね?」
斉藤は頬をポリポリと掻きながらしばし考え、言った。
記録によれば、高柳公太は十四歳のころに首吊り自殺をしようとしたという。
夏の終わり、明け方のことだ。紐は切れなかったが、電灯のコードが切れたらしい。
しかし、意識を取り戻したコータは、自殺について全く覚えていなかったという。
「だからキミの家族は黙ってた。というわけなんだよ。ごめんね?」
「……別に……今更ですけど……てか、なんでそんな話を俺にするんです?」
「君死にたまうことなかれ」
「……はい? なんですか?」
「いやぁ、古い詩だよ。聞いたことないかい? 幸田さんがよく話してたんだ」
「イサミ……幸田さんが? 聞いたことないですけど……って、質問に」
「君をスカウトしようかと思ってさ、実は」
斉藤はコータの言葉を遮るようにして言った。
「もしかしたら、ほら、キミ自身が幽霊かもしれないからさ。笑っちゃうけど」
斉藤は背中を逸らして笑った。それまでと違い、目の力も抜けていた。
聞けば、イサミンこと幸田勲も、元は斉藤と同じところで働いていたという。
耳を悪くする前の彼は、俗にいう『見える人』だった。彼はそれを理由に自衛隊で依頼退職に追い込まれ、斉藤らのところが拾ったという。そこで幸田は耳に障害を負った。
「頭というか精神というか……そっちもやられちゃって、クビだよ。悲しい話だけど、幽霊なんていう胡散臭い存在に取り憑かれちゃダメな商売だからさぁ。逆に言うと……ねぇ?」
斉藤はコータの前に置かれた名刺を取り上げ、裏に何かを書いて投げて寄越した。住所と電話番号だった。
「まぁ、その気になったら履歴書でも……というのは冗談ですが、連絡ください。悪いようにはしませんよ。名前も所属も言えなくなりますが、国家公務員ですからね。福利厚生はばっちり」
「いますぐにでも断りたいですね。そんな……幽霊みたいな話、信じたくない」
「ですよねぇ。分かるよぉ。ただほら、高柳さん、いまは無職でしょ? 割かしちょうどいいと思うんだよねぇ。まぁ気持ちよく働いてもらえるように僕らも手を尽くすから、考えてみてよ」
コータの前に名刺を残し、斉藤を名乗った男は出て行った。入れ替わりに刑事たちが戻ってきたが一時間と経たずに釈放され、金一封と引き換えに口外禁止の誓約書に署名を求められた。
取り調べを受けている間に、コータは学校を救ったことになっていた。
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