九月一日の殺意3(ハナビ)
ハナビが閉ざされた校門を乗り越えたとき、生徒は皆、体育館に集められていた。
そのまま始業式に出れば教師陣からいらぬ不興を買うのは明白だ。ブカブカのシャツも、腰に巻かれたカーディガンも、その下には警棒もある。できれば避けたい。
そこでハナビは、ひとまず保健室で待つことにした。あそこなら会うのは養護教員だけで済むし、追及されそうなら隣の相談室と間違えたと言えばいい。不登校の生徒がそう口にすれば強くは出られないだろうという算段だ。
ハナビは大きすぎるワイシャツの袖をまくりながら、閑散とした廊下を歩いた。不思議なことに、生徒のいない教室のほうが、普段よりもずっと色鮮やかに映った。
やっぱり、湖と同じだ。
いきいきと泳げる魚の量は、最初から決まっているのだ。容量を超える魚を放てば、水は汚れ、光は届かなくなり、終いには息ができなくなってしまう。
死んだ湖で泳ぎたければ、息苦しさに気づかないくらい雑なつくりでなくてはいけない。
ハナビのような繊細なイキモノには、はじめから無理な相談だったのだ。
そういえば、コータに頼まれて『死を食らう電話』について尋ねたとき、高宮は餌を求める鯉のように口をパクパク開閉していた。きっと、彼女は鮒とか鯉に属するのだ。
だから、湖の底でも生きられる。
ハナビは魚面の高宮を想像してクスリと頬を緩めた。
幸いにも保健室の扉に鍵はかかっておらず、養護教員の姿もなかった。せっかく誰もいないんだからと、ハナビは清潔なベッドに横たわる。コータに飲まされた砂糖たっぷりなのにビターすぎるカフェオレのせいか眠気はない。夢見る代わりに、鯉といえばとハナビは思う。
肩に金魚の絵を彫り込んでたのが、メメント・モリにもいた。
でも、テツは気弱な奴だった。きゃんきゃん吠えるくせに噛みつく勇気はない。暢気で大らかで子どもっぽい、まるでダメな大人のコータに怯えて漏らした、負け犬だ。
……金魚だとバカにもしたが、肩に彫られていたのは、ちゃんとした錦鯉だったのか。テツは澄んだ湖じゃないと生きられないくらい繊細だったのかも。そうに違いない。
だって、あの綺麗な柄は、褒める人がいなくちゃ価値など無いのだから。
「……悪いことしたかな……」
その呟きに応えるように、保健室の戸が引き開けられた。
ため息混じりに躰を起こすと、
「ゲ」
「ゲ、だって。何その恰好。イキってんじゃねぇよ?」
鯉か鮒くらいは泥臭そうな高宮が、取り巻きを連れて立っていた。
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