八月最後の朝:コータ

 八月最後の朝。コータは鳴り響くスマホの音で目を覚ました。

 合宿から帰って三日後に突然ハナビとユカポンがグループを抜けて以来、実に二週間ぶりに外界から届けられた音色だ。

 枕元のスマホに手を伸ばしたコータは少しばかりの期待を込めて指を滑らせる。

『で? どうなったよ?』

 本文はそれだけ。並木からのメールだった。コータは枕に顔を埋めてスマホを放った。

 理由もなく一方的に排斥されるのは初めてではない。

 ……二人とは上手くいってると思ってたのになぁ。

 コータは全身を這い回るような虚しさと苛立ちを息と一緒に吐き出し、充電器のコードを手繰ってスマホを引きずり寄せる。

『死を食らう電話だかなんだか知らんが役立たずっぽい』

 そう打ち込み、また枕に顔を突っ伏す。

 何が『生者の死を食え』だ。

 結局、コータの生活には何の変化もない。どうやら死神も呆れる死人っぷりらしい。

 寝ぼけた頭を起こすためコーヒーを淹れていると、ふたたびスマホが鳴った。

 しかし、今度は飛びつくような愚行はしない。コーヒーメーカーから立ち昇る豊かな香りを悠々と楽しみ、トースターにパンを入れ、目玉焼きだって焼いてやる。並木が吐いたであろう嫌味は、それから聞いても早すぎる。

 朝食の準備を終えたコータは箸を片手にスマホを覗き込んだ。

『誰がそんな話してんだよ! 就活だよ! 就活!』

 ……しまった。伸ばした箸先が薄膜を破り、半熟の卵黄がドロリと流れた。

 就活。就職活動の略。

 すっかり、失念していた。

 合宿先では、イサミンを除く男共と女性陣で部屋が分かれており、テツやタケッチに遠慮してリマインダーのアラームを切っていたのだ。あれから再設定していなかった。

 箸を皿に渡したコータは神妙な面持ちでスマホのカレンダーを開いた。

「……やっべぇ……無収入になっちまう」

 来月には、つまり明日には、失業保険の給付が終わる。まだ、どこにも履歴書を投げていない。今日が終わると本格的な無職ニートとなり、貯金をすり潰す生活が始まる。あとどれくらいの期間ダラダラ過ごせるのか分からない。だというのに、未だに不安を――いや。

 メメント・モリに参加したのは無駄ではなかった。

 コータはトーストの端を卵黄に浸してメールを打った。

『多分、大丈夫。やべぇって思ったから』

 これまでなら無収入に焦らなかった。それが、ヤバいと口にするまで回復した。快挙だ。きっと来月中には、動かなきゃマズいと考えるくらいには危機感をもっている。

 ……もちろん、希望的観測ではあるが。

 コータは泣き喚くスマホをドライブモードにし、トーストをかじった。

 まずは日課のランニングからこなそう。

 合宿から二週間。メメント・モリの集会は、ぱったり途絶えたままだった。

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