死を食らう電話8(ユカポン)

 スマホで撮影していた映像と、戻ってきたハナビを見比べ、ユカポンは眉を寄せた。笑って入るが、歪とでもいうのか、恐怖を隠すための作り笑いにしては落ち着きすぎている気が……。

「ユカポン、騙されやすすぎじゃない?」

 軽い調子の一言で、ユカポンの中で何かがキレた。ブツリと。

「もぉぉぉぉぉぉう! コータさんの影響ですよこれ!」

 言いつつ困惑した様子のコータの背中を力いっぱい叩いた。

 ほんとにこのひねくれもの二人組は!

 ユカポンは電話ボックスの扉を力任せに引き開けた。衝撃でまた少し蛾がこぼれ落ちた。

「ほんとにもうあの二人……大人をからかって……」

 聞こえないように小声で文句を言って、十円玉を突っ込む。

「だいたいコータさんも『獣の数字に死が四つ』って、どういう脅しなのよ……」

 六、六、六、と押したところで、はたと手が止まった。

 あれ? 六、六、六、六だよね? 

 待っている間、コータは『獣の数字に死が四つ』と言っていた。『聖書の獣の数字と日本の意味数が組み合わさるのはおかしい』と、呆れ気味に批評までしていたのだ。

 だが、死が四つなら、四、四、四、四ではないか。

「コータさん、違う番号にかけたの?」

 振り向くとその人は暢気に手を振っていた。

 カッ、と強い光が顔にぶつかり、眩しさに目を細めると、光はすぐ消えた。ハナビだ。先ほどとまったく同じ、歪な笑みを浮かべていた。何か、無理してふざけているような。

 ユカポンは古めかしい公衆電話に向き直り、考えをたしかめるようにつぶやいた。

「二人のどちらかが演技……どちらも本当にかかった……どちらも嘘……?」

 大人のコータはともかく、中学生のハナビがとっさに演技できるだろうか。

 普通に考えれば本当にかかったのはハナビちゃんの方だけど……。

 ユカポンは仕切り直すつもりで受話器を下ろした。釣り銭口から、コトン、と幽かな音がした。そうだ。釣り銭を取ったかどうかを見れば、演技をしているのはどちらか分かる。

 ユカポンはスマホを指さしながら、待っている二人に叫んだ。

「ちょっとメールが来たから確認するね!?」

 コータは苦笑しながら頷き返した。脅えていると思われたかもしれない。隣のハナビは、まるでそれしか表情を知らないかのように、歪な笑みを浮かべたままだ。

 ユカポンは先ほど撮影した映像を見返した。

 何を言っているのかは聞き取れないが、ハナビはひどく怯えていた。既視感のある光景。パニック発作だろうか。気にはなるが、今見たいのは受話器を置いてからの行動だ。シークバーに指を滑らせ動画を進める。

 受話器を下ろしたあと、釣り銭口に手を入れた様子はなかった。そして、今釣り銭口にある十円玉は、一枚だけだ。

 つまり電話をかけたハナビは、怯えるような相手と、何かを話したのだ。

「もぉぉぉぉぉぉぉ……」

 寄せては返す波のように、どこか遠くにあったはずの不安が足元に這い寄ってきた。

 ユカポンが覚えている番号は、六が七つだ。これは間違えようがない。

 普通に考えれば、電話がつながったのは番号か電話自体に仕掛けがあるからだろう。

 もし仕掛けがあるなら、怪しいのは場所を指定したイサミンだ。目的はともかく、その場合はタケッチが協力者というところ……だが、もしそうだとすると、

「コータさんは誰と話してたのよぉぉぉ……」

 空気が薄いのか自分の声すら遠い。

 息苦しいのも、同じ理由であってほしい。

「ユカポンさーん。大丈夫ですよー」

 酒気の残るコータの声が聞こえた。いい気なものだ。

 幽霊と話したかもしれないのに。

「あぁぁぁぁぁ、もぉぉぉぉぉぉ……」

 意を決して十円玉を投入する。何も考えないようにしてダイヤルボタンを押していく。

 オレンジ色の液晶ディスプレイに六が並んだ。


 そして。


「死が怖いか……? 儀式……?」

 受話器を置いたユカポンは指示された内容を反芻した。電話がつながった直後は悲鳴をあげそうになったものの、会話が成立したら不思議と恐怖は消えてしまった。幽霊がどうのという話よりも、他言無用に途中放棄の禁止――メメント・モリのルールと似ているのが気になった。

 指示はイサミンが考えたとして、目的はなんだろうか?

 メメント・モリという名称。大人のフリースクール。暴力性の管理。痛み。恐怖。社会人には難しい盆明け直後の合宿。肝試しに幽霊。死を喰らう電話……。

 特徴的なのは、死への強い拘りか。

 直接的な証拠は何ひとつとしてないが心理実験を思わせる。たとえば、電話での誘いに乗った人間をピックアップし、別の実験に参加させるような、大掛かりな実験だ。

 電話ボックスの扉を押し開けたユカポンは、ちょうどイサミンと残りのメンバーが到着したことに気づき、浮かんだ疑問をひとまず隠した。

「タイミングばっちりですね」

 と、コータが呟いた。

 ――そうだ。タイミングが完璧すぎる。まるで終わるのを待っていたようではないか。

 まさか本当に手の込んだ実験なのだろうか。

 もしそうだとすれば、目的は、死への態度の観察か。それとも別の何かか。

 ユカポンは下らないとばかりに首を左右に振った。自分が研究者だからそういう想像に至るだけだろう。そういうことにしておきたかった。

 だが、もし実験だったとしたら、なぜ二組に分けたのかも説明できてしまう。

 事前にグループを二つに分け、電話ボックスに行かせ、奇妙な電話を受けさせる。一連の流れは二組とも同じにし、ユカポンたちか、イサミンたちか、どちらかを実験群として比較する。

 素直に考えれば、操作を加えにくいユカポン組が対照群で、イサミン組が実験群だ。

 あの電話……私なら何を比較する?

 ユカポンは横目でイサミンの様子を窺った。いつもどおりの柔和な笑みを浮かべ彼は、ハナビの肩をちょいちょいと叩いた。

「どうでした? 何か、出ましたか?」

「――別に? ちょっとコータと一緒にユカポンを驚かせただけだよ」

 噛み合っていない返答をして、ハナビは歪な笑みを浮かべ続けていた。明らかに異様だ。

 ユカポンは視線を巡らせた。サッキーも、テツも、タケッチも、一様に暗い顔をしていた。

「みなさん、顔色悪くないですか?」

「だって……なぁ?」とテツがタケッチに目配せする。

「えぇ……ほんとに。困ったもんですよ」

 二人の、そしてサッキーの迷惑そうな目も、イサミンに向けられていた。

「やだなぁ。ただの噂だっていったじゃないですか」

 そう言って、イサミンは背筋が冷たくなるような薄笑いを浮かべた。

 ――マジ?

 そう困惑しながらも、ユカポンは愛想笑いを返した。

 推測は正しいのかもしれない。おそらく、イサミンが道中『恐怖を食らう電話』にまつわる怪談か何かを話したのだ。不安を喚起するための操作だろう。

 これがただの肝試しで、ただの友達同士なら、それでもいい。

 しかしメメント・モリは大人のフリースクールを自称する集団だ。普段は活動として鉄の棒で殴り合い、生を実感するために死を傍に感じようと標榜する、奇妙な組織なのだ。

 肝試しというのは、本当の目的を隠すためのカバーストーリーとみていい。

 酒を飲ませたのは判断力を鈍らせるため。片方のグループには怪談話で恐怖を植えつけ、指示を与えて……で他言は無用だ。

 実験はまだ続く。

 だとしたら、次はメンバーに何をさせる気だろうか。

 ――ちょっと面白くなってきたかもね。

 ユカポンは自然と緩む口元を手で覆い隠した。

 と、

「ユカポンさん、どうかしましたか?」

「えっ? あっ……」

 目の前に、柔和な、しかし目だけは笑っていない笑顔があった。

 まるで固着したかのような笑顔に圧され、ユカポンは咄嗟に取り繕った。

「――いえぇぇぇぇ……深刻そうな顔をしてたら、みんな怖がるかなって……」

「ちょっ! ユカポンまでやめなって! そういうの!」

 サッキーが反応した。目が潤んでいる。演技にしては手が込みすぎている。

 ごめんなさい。そう念じながらユカポンはサッキーを指さした。

「じゃあ、次はサッキーさんで!」

「なっ!? ――あっ、み、見てなよ!? アンタらビビりすぎなんだって!」

「行ってらっしゃい! 呪われないようにね?」

 そう言って赤い後ろ頭を送りだしながら、ユカポンは横目でイサミンを観察する。

 彼はサッキーが涙目で戻ってくるまで沈黙を保ち、その瞳以外は常に笑っていた。

 テツが電話で怒鳴り散らしている間も、タケッチが俯きがちに戻ってきても、その表情になんら変化はなかった。

 最後にイサミン自身が歩きだしたとき、ユカポンは好奇心に負けてタケッチに訊ねていた。

「来る途中、イサミンは何の話をしてたの?」

「――っ!」タケッチがビクリと背筋を伸ばした。「それは……」

「おい?」テツが顎をしゃくってを遮り、言い聞かせるように続けた。

「忘れてねぇだろうな?」

「……分かってますよ。大丈夫です」

「どういうこと? 誰かに話したらダメとか、そういう系?」

 緊張を和らげれば答えるかもと、ユカポンは軽い調子で尋ねる。

 しかし、答えが返ってくるよりも早く、サッキーがテツの肩を小突いた。あいつの指示だと言うように、電話ボックスに収まる背中を一瞥する。

 帰ってきたイサミンは補聴器をコツコツと叩き、心なしか昏い声で言った。

「じゃあ、帰りましょうか」

 聞くタイミングを逸したユカポンは、それでも、宿までの道で聞けばいいと思っていた。

 しかし、コータも、ハナビも、テツもサッキーもタケッチも、誰も口を開かなかった。

 騒がしかった虫たちも、すっかり黙り込んでしまった。

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