死を食らう電話2
居酒屋の店員コス――正確にはコスプレではなくバイトとして入っているであろうサッキーは、目を白黒させながらもコータに凄んだ。
「こ、コータ!? なんで!? バイト先教えてないよね!?
ほろ酔いの頭でもわかる、酷い言い草だ。
コータはコップの底に残っていた水のようなウィスキーで唇を湿らせる。
「ンなわけないじゃないですか。俺、先に出たんだし」
「えっ、何? なんか怖いんだけど」
なぜかサッキーが頬を引きつらせ、黙っていた並木がチラと目線を上げた。
「あ、気にしないでいいッスよ? こいつ酔っ払うと笑顔が怖ぇので有名なんで」
ほろ酔いの頭でもわかる、酷い言い草だ。
しかし、これまでに三人に同じことを言われた。
そして今日、四人目にサッキーが加わった。疑う権利があるのは二人目までで、三人いれば事実、四人ともなればもはや疑う余地はないという。
……なら、事実だろうが、実に酷い言い草だ。
「ってか早く紹介しろよ!?」
突然、並木が耳目を集める大声をあげ、テーブルにスマホを投げ出した。
「何!? 彼女!? ちっげーよな! 大絶賛失職中のチキン・ニート・ミートパイに彼女なんかいるわけねぇし! いたら別れるし!」
チキン・ニート・ミートパイってなんだ。
呆気に取られるサッキーに、なおも並木が捲し立てる。
「どういう? どういう関係? てか彼氏いる? いないならID交換しない? いるならいるでやっぱり教えて欲しいんだけど。あ、俺は並木で、こいつの
まさに立板に水といった喋りである。
いつから貴様に監視されるようになったんだと思いはしたが、それよりもテーブル隅に隠れていた本日のメニュー『わかさぎの天ぷら』が気になった。ししゃもの唐揚げと迷う。小魚はよいものだ。
「あ、あの? コータ? えと、友達?」
多すぎる情報量に処理が追いつかないのか、サッキーはオロオロしていた。
顔を上げたコータはしかし、
「わかさぎの天ぷらとカラカラ。あとウィスキー。ストレートで」
もはや、わかさぎとししゃもと酒にしか興味がない。サッキーは困惑顔のまま、ほとんど条件反射じみた所作で手を動かす。そこに、横から並木が、
「コータ? コータって呼んでるの? ヤバい。マジでどういう関係? 彼氏いる?」
「うっさい! 順番! 順番に処理するからちょっと待て!」
とうとうサッキーがパンクした。顔を見合せたコータと並木は同時におおうと嘆息する。
やっとおとずれた静けさを破る「加納さーん、そっち任せたよー」というバイトリーダーと思しき男の声。アットホームで笑顔に溢れる職場だ。正社員は募集しているのだろうか。
そうこうするうちに並木のスマホがポコンと鳴った。
「あ、来た。えーと、番号は……っだよ! 書いてねぇ! もっかい聞く!」
なにやらムキになり始めた並木を手の平で指し示し、コータはサッキーを見上げた。
「あー……こいつは並木って言って、大学時代の同級生だ……です……?」
「は?」サッキーの眉が寄った。「何それ? 同級生にはタメ語でウチには敬語?」
言われてみれば変かもしれない。けれど変えるつもりもない。
「まぁ、付き合いの長さってのもありますからね」
住んでいる世界が違うというと大げさだが、並木とサッキーは同じではない。並木はコータ相手にコミュニケーションをとれるような、変人と一般人の境目に住むバカである。
一方、同じフリースクールに通うサッキーは、おそらく一般人のたぐいだ。下手に馴れ馴れしくしたら、いまの緩やかな関係は崩れてしまうかもしれない。
しかし、そんな思いに気づくはずもない並木は遠慮なくコータに聞いた。
「それで? どんな関係なん? あだ名で呼び合うってことは、モトカレモトカノ?」
「ちげぇよ。失礼だろ? サッキーさんは――」
「コータ!」
その鋭い声と眼差しに、さすがの並木も目を丸くする。「あー……俺、ビールね」と頼んで即座にスマホの世界に戻っていった。
ひとり現実にとり残されたコータは、
「えと、とりあえず、以上でお願いします」
と答えて目だけで謝る。サッキーは片手を腰に息をつき、厨房に戻っていった。
フリースクールの話は口外禁止。イサミンの定めた単純なルールだ。密かにハナビ、ユカポンとグループを作ったりなどルール違反を重ねるコータと違い、彼女にとってメメント・モリのルールは絶対らしい。
悪いことしたかな。
一瞬だけそう思い、すぐに後悔はいつだって遅いもんだと諦め、バカモノに尋ねた。
「おい。まだ番号わかんねぇの?」
「あー……いま友達が友達に聞いてくれてるらしい」
「友達の友達って、どんどん話が怪しくなってんなぁ」
と、ダブルにしては並々と注がれたグラスがテーブルに置かれた。しかも、混じりっけなしのストレート。サッキーが目を逸らしたまま品物を並べていく。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか」
そう言ってサッキーは気まずそうにピアス穴を撫でた。
やっぱりいい人じゃないか、とコータは胸を撫で下ろす。
「あー……ありがとう」
「言っとくけど、ケガしてるんだから、ホントはお酒とか――」
始まりかけたサッキーの真っ当な意見を遮るように、並木のスマホに着信があった。
「来た! 来たぜ番号!」
「お、見せてみ? かけてみるから」
これ幸いとししゃもを咥えて身を乗りだす。揚げたて特有の痛みに近い熱に耐えてバリバリ咀嚼しながら、番号を自分のスマホに打ち込んでいく。
サッキーは訝しげな視線をコータに向けつつ、「番号って?」と、並木に訊いた。
「あー、呪いの電話って話を教えたらこいつがかけるって言い出して――」
「……はぁ? ちょ、そういうの、ヤバくない? え、何してんの?」
その慌てるような、怯えるような声に、コータは番号を押す手を止めた。並木と顔を見合わせ、サッキーを見上げる。両名の視線を受けた赤っ髪の店員は、
「……や、ほら、の、呪いとかってほら、なんだろ」
と、もじもじしだした。意外だ。即座にコータと並木が頷きあう。
「だ、い、いいっしょ!? 別に!」
バカにされているとでも思ったのか、サッキーは声を大にし、頬を染める。
並木が、いけ、と言わんばかりの視線をコータに飛ばす。
言わずもがなよ。
刹那のうちに結託し、コータは番号をタップしたスマホをテーブルに滑らせた。当然のように並木がハンズフリーに切り替える。二人の流れるような連携に気取られるサッキー。その隙をつき、コータは指輪の痕が残る両手を掴んだ。
「一緒に呪われてみましょう、サッキーさん」
「は? ちょっ、えっ?」
動揺するサッキーをよそに、並木の指が画面を叩いた。暗い液晶に表示されていた番号は、六六六の、四四四四。
プッ、プッ、プッ、とダイヤル音が鳴り始める。
「ちょっコータ! 手、手ぇ離してって!」
怯えている。おもしろキュートだ。大学時代の悪ノリテンションに突入したコータと並木は慌てふためくサッキーに心和ませ始める。
「面白いですよねぇ。呪いの電話って市外局番ないらしいですよ?」
コータは冷めかけていたほろ酔い気分がぶり返し、
「やっ! やめて! 聞きたくないって!」
サッキーは完全にビビっていた。涙目である。普段の気の強さはとはまるで異なる新鮮な反応。それが無性におもしろく、コータは思うままに追撃をしかける。
「それに、なんだって獣の数字と日本の意味数が合わさるんだって話で――」
プ、と音が途切れた。瞬間、言おうとしていた言葉を見失ってしまった。
スマホが、誰かを、呼び出している。
「は?」「えっ」「おぃぃ?」
コータは思わず掴んでいた手を離し、サッキーの顔から血の気が引き、並木は真顔になって持ち上げたばかりのビールジョッキを下ろした。
一回、二回、三回……と呼び出し音が繰り返す。
「おいおいおいマジかよ」と乗り気になる並木。
「やだやだやだ、ちょっと切りなって! 怖い! 怖い!」と騒ぐサッキー。
コータは音量ボタンを連打した。大きくなっていく呼び出し音。まだ鳴り続けていた。
並木が手の平を耳にかざして音に向ける。サッキーの手がスマホに伸びた。すかさずコータはその手をキャッチ。
「やだって! 止めたほうがいいって!」
サッキーが一際大きな声を出したそのとき、
プツ、とどこかにつながった。
三人の視線がスマホに集中する。無音。固唾を飲んで向こう側の音声を待つ。液晶に浮かぶ通話時間表示だけが、唯一、動き続けていた。
十秒、二十秒、二十五秒……秒数表示が動きを止めた。
同時に、三人は、ひゅっと息を吸い込んだ。
しかし、そこで通話は途切れた。
「……っだよぉぉぉぉ! 期待させんなよなぁ!? やっぱ公衆電話じゃないと――」と叫んだ並木は「お前、番号間違えてないだろうな!?」と続けた。
しかし、コータはそれどころではなかった。一日のうちに二度も興奮するとは。
スマホは、たしかに、どこかに、つながったのだ。向こうは、こちらの番号が分かるのだろうか。まさか公衆電話以外との通話を避けたとでもいうのだろうか。誰が。なんの目的で。
その興奮は、半泣きでしゃがみ込むサッキーによって中断された。
「やめてよぉぉぉぉぉ……なんなのぉ……!? 最低だよ! やだって言ったじゃん!」
半泣きどころか、ギャン泣きであった。
そのあと、コータはサッキーに平謝りするはめになり、それを並木がゲラゲラ笑って台無しにし、怒った彼女は奥に引っ込んでしまった。しかたなくラストオーダーを取りに来た店員に「謝っておいて」と伝え、二人は逃げるように店を出た。
もちろん二軒目に行こうという話になり、電話の再検証は行われなかった。
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