死を食らう電話1

「おっせぇぇぇんだよ! 高柳ィ! 五分前到着は営業の基本だろぉ!? それになんなんだよ、その包帯! ハロウィーンまで、まだ半年以上あんぞ!?」

 並木昌史の第一声は笑いながらのド正論だった。

 ハナビ、ユカポンと別れてから、およそ一時間後。コータは自称・転職の天才こと並木昌史と居酒屋で久しぶりに再会した。

 コータは対面の席に腰を下ろし、並木の冗談に乗っかった。

「いやぁ、取引先なら五分前だと微妙に早いし、自宅なら五分遅れッスよぉ」

「バカ! 俺のお茶出しは一分で終わるんだよ! てか包帯ジョークは無視なのかよ!」

 言いつつ並木は呼び出しボタンを連打する。

「とりあえずビールでいいだろ? あと何喰う? 一分以内に決めて」

「いや、俺、外でビール飲むと酔っ払うからバーボンあったらストレートで。あと唐揚げ」

「はぁ!? お前、営業だったんだろ!? なら『ハイそれでいいです!』つって、後でこっそりウィスキー頼めよ! あとトリカラはもう頼んであんだろが!」

「お前の中の営業はどんな存在なんだよ。あと俺が食いたいのはカラカラだ」

「そらお前、人当たりのいい詐欺師に決まってんじゃん!」

「ひっでぇな」

「あと、カラカラって何よ」

「樺太ししゃもの唐揚げ。略してカラカラ」

 コータが隣席にバッグを置くと、店員がおしぼりを持ってきて床に膝をついた。受け取っている間に並木が空ジョッキを店員の前に突き出し、メニューを開いてこちらに向けた。

 が、選ぶまで待ってくれるような男ではなかった。

「ビールおかわり。バーボンのストレートをこいつに。あとカラカラとトリカラ追加で」

「えっと、生チュウ、バーボン? をストレートで、鶏のから揚げ、あと……?」

 店員が曖昧な笑みを浮かべながら聞き返す。

 並木は箸を振り振りコータに言った。

「ほらぁ! 通じないじゃんカラカラって!」すぐに店員に微笑みかける。「樺太シシャモのから揚げなんだってー。変だよねー。とりあえず以上で!」

「あ、えとししゃもの――」

「それでいいの! 本ししゃものワケないらしいからー。ヨロシクー」

 息つく間もなく並木は割りばしをコータに投げる。

「――で、久しぶり。どーよ? 調子は?」

「……なんか、すげぇな、お前」

 学生時代とまるで変わらない友人の姿に笑いが込み上げてきた。もしかしたら、並木のこういうスピード感こそが、転職における最重要能力なのかもしれない。

 久々に再会した貴重な友人に呆れながらも、しっかり聞こうと気を引き締める。

 しばらくして。

 少し酔ってきたのか、並木がかったるそうに言った。

「だからさぁ、とりあえず気になったところ全部に履歴書投げとけばいいんだって」

「んな適当なこと言われてもなぁ。俺ほら、資格とか持ってないし」

「俺だって免許くらいしかねぇって。そういうことじゃねぇんだって」

「よく言うよ。つか、面接ンときとか、どう話せばそんな簡単に転職できんの?」

「カッコに入れる」

 その回答の意味が分からず、酔っ払いになっちまったと思った。

 けれど並木はダルそうに頬杖をついてはいても、目は真剣そのものだった。

「要はー、できるって言えばいいんだって、そんなもんはよぉ」

「というと?」

「『というと?』じゃねぇよ! 聞き返すのは最悪! カッコに入れんの! 例えば『英語はできますか?』って聞かれンだろ? 『いつか』をカッコに入れて答えンだよ」

「……つまり、(いつか)できますってことか?」

 コータは『いつか』のところで両手の指二本を二度曲げた。ダブルクォーテーションだ。

「そう! まさにそれよぉ! それが転職のコツっちゃコツだよな」

 何が営業は詐欺師だ。滅茶苦茶という単語は並木のために作られたに違いない。

「そういうのは、俺はちょっと、なぁ?」

 役に立つような、立たないような。少なくともその後を考慮すると悪手だろう。

 突如、並木は激怒ともいえる様子でコータの胸倉を掴んだ。

「じゃあ言ってやるよ! お前は何をビビってんだよ! 冷めたフリしやがってよぅ!」

「何いきなりキレてんだよ。意味わかんねぇぞ?」

「うるせぇ! お前な、仕事が決まンなかったら明日、死ぬんだって思ってみろよ! 誰だって、なんだってやんだろ!? お前は分かろうとしてねぇんだよ!」

 言い返す言葉がなかった。

 すっ飛んできた店員に大丈夫だと答えるころには、並木は落ち着いていた。元より、感情に振り回されるような奴でもなければ、暴力に頼る人間でもない。

 コータはウィスキーを舐めた。ストレートで注文しても毎回ロックで、バーボンでもない。

「ビビってるかぁ……ビビってんのかなぁ?」

「そうだよ。俺から見れば、お前はビビってるよ」

「つってもさ。死んだからなんだって話なんじゃねぇの?」

「おま……だから冷めたフリすんじゃねぇよ。お前の一番ダメなとこだぞソレ」

「冷めたフリって言われてもなぁ。どっちかっていうと危機感がもてないっていうかさ」

「オンナジだよ。同じだ。お前はどっかで、どうにかなると思うことにしてんだ」

 並木は泡のなくなったビールを口に運んで、何か思い出したかのようにスマホを出した。

「……あれだ。例の電話にでもかけてみるってのはどうだ?」

「はぁ? 例の電話? なんだそれ?」

「なんだよ! 知らねぇのかよ!?」

 並木は叫ぶや否やスマホをいじり出した。

 今度はなんだと苦笑しつつコータはししゃもの唐揚げをつついた。いつの間にかレモン汁がかけられていて、衣がふやけていた。かぼすでないのは許せても、ふやけた衣は許しがたい。

「オラ、これだよ」

 そう見せられたスマホの画面に『死を食らう電話』というオカルト記事が映っていた。

 某所の公衆電話から特定の番号をダイヤルすると……典型的なヨタ記事だ。最近では観光地も客に困っているというし、遠回りな広告だろうか。

「……これ電話の場所が謎なんだけど。まさか今から探しに行こうとか言わねぇよな?」

「言って、行くのかよ? 行かねぇだろ? 要するに、そういうことなんだよ」

「まさか、お前、行かねぇのは俺がビビってるからだとか、そう言おうとしてる?」

「そういうことだ。お前そのビビリ癖なんとかしねぇと、マジでいつか死ぬぞ?」

 ありえなくもない。だがオカルト如きで怯えているとみなされるのは心外だった。

 コータはヨタ記事を何度も見直し尋ね返す。

「これ、番号も書いてねぇじゃねぇか。俺はどうやってかければいいんだ?」

「そりゃあ! ……そりゃあ……ちょい待ち」

 並木は吹けない口笛を吹きつつビールジョッキを持った。おおかた、ネタを仕込んできたものの使うタイミングを逃してしまい、見切り発車でいま強引にねじ込んだのだろう。

「……おい並木。次、何飲む?」

「ビールで。つか一緒になんか食うもん頼んどいてくれ。ちょっと聞いてみるから」

「まだ食う気かよ……つか、聞くって、誰に?」

「高校の頃の知り合いが中学で教員やってっから、なんか知ってっかも」

「……はいよ」

 マジで言ってるならバカバカしいが、実際に連絡する行動力は見習いたいものだ。

 コータは呼び出しボタンを押した。サシ飲みでスマホいじんなと言う気は失せていた。

「うぃすー」とオーダー票を片手にやってきた店員が、

「うぇぁ!?」

 と頓狂な声をあげた。聞き覚えのある声色に、コータはアルコールで濁った目を向ける。

 白い三角巾の下に真っ赤な髪の毛、両耳にピアスの跡、ボールペンを握る黒いネイルの塗られた指と指輪の跡、左手首のリストバンド、腕に残る青いアザ。間違いない。

「サッキーさん?」

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