火衣の魔女

 不死の良い点は旧友が無限に増えていくことであり、悪い点は無暗に昔馴染みが増えることである。

 妹の部屋に向かう途中。

 通廊で出くわした昔馴染みによって、そんな格言を思いついたが使いどころはなさそうであった。

 火衣の魔女は大欠伸のついでとばかり手を振りながら、私に近づいてくる。

「おはよう。老体」

「お早う」

 彼女の姿は出会ったころと変わらない、数百年ばかり経過しているが、美貌が翳ることもない。

 魔女は二極だった。

 外見に無頓着で歳を重ねるごとに異形に近づくもの。もう一方は異常なまで整った外見を魔術の成果として作り出すもの。

 魔女アルビナは後者である。

 そしてこの二様には別の区分もある。つまり性格。世界に倦怠しているか、ある種の幼児性をいつまでも持っているか。

 これもまたアルビナは後者である。

「まだ眠い」

 と目をこする姿は外見にそぐわず、少女のようですらある。

 彼女に最初に会った時の第一声ははっきりと覚えている。

「ばあ」

 である。

 外見的には妙齢の女性がこれを言う。

 しかも火炙りの最中であった。

 当時、欧州では魔女狩りが部分的に熱狂を帯びていた。人々は魔女という怪物を捜すことに躍起になるも、当の魔女は上手く逃げおおせていた。

 魔術を使うような相手を常人が捕まえられる道理もない。だから当時魔女とされて捕まった人々は大抵冤罪である。

 ただし、アルビナは違った。彼女は火が好きなのだ。そして人を驚かせるのも好きだった。その結果、異端審問にわざとかかり、火炙りにされ、中から「ばあ」と現れるという謎の趣味を実行し続けた。

 すると火を纏う魔女に対して、大抵の人間は怖がって逃げる。

 しかしたまたま火刑の場に出くわした私は逃げなかった。今のアルビナではないが、そのとき少々眠かったのである。

 そしてアルビナに気付かれた。

 それ以来、彼女は初対面で驚かなかった私を驚かせようと時折やってくる。今回は我が邸に火を着けようとしているところを制した結果、何日か前から宿泊している。


「妹が帰ってきた」

 私は告げた。

 途端に。

「――――」

 眠そうな気配など微塵もなくし、アルビナは目を見開いた。

 私を介して妹とアルビナは会った。

 そして詳しくは知らないが何やら意気投合し、効率の良い魔女狩りの遭い方を二人で考えて以来、両者は仲が良い。私にとっては少々扱いを持て余す昔馴染みだが、妹と彼女にとって、お互いは旧友なのである。

「会う!」

 子供のような短句を言うが早いか、魔女は走り去った。

 私は残される。しかし、妹に用があるのは私も変わらない。底抜けに陽気な足音を追って、私も後に続いた。


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Flat 馳川 暇 @himahase

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