イルミとエルン~夢の様な世界はスライムと
すみ 小桜
イルミとエルン~夢の様な世界はスライムと
「あぁ、夢のような世界(ハート)」
ここに一人黒い瞳をトロンとさせ、長い黒髪を大きく揺らし、体をくねらせる少女。
周りには、大きな水滴を思わせるフォルムのモンスター。そうスライムが大量にひしめき合っていた。
誰が見ても夢のような世界ではないような――。
彼女の名は、
今、彼女は幸せの絶頂にいる!
で僕は、エルン・エレフテリオス。彼女と違って、髪は亜麻色で瞳は山吹色。そして正真正銘のこの世界の人間。因みに召喚師。
イルミは、僕が召喚した――召喚獣のはずだったんだけどなぁ……。
「はぁ」
大失敗してしまった。いや、ある意味成功なんだけどね。
「あぁー! 消えた! ちょっと! エルン!」
「いや、そう言われても十分経ったんじゃない?」
彼女は、僕を睨み付ける。幸せを奪われたってね……。
この通り、僕が召喚する召喚獣は十分が限度。しかも数は出せるとも質は……。えぇ、スライム程度しか召喚できません。
それなのに先日、奇跡? が起きた! 彼女を召喚してしまった!
初めは僕も何が起きたかわからなかった。勿論、彼女もそうだ。暫く、ジーッと見つめあっちゃったよ。
話を聞けば、日本と言う所に住んでいたらしい。聞いた事もない。しかも、十分経っても元の場所に戻らないし、人型だし。参ったよホント。
まあ、一番参ったのは、スライム大好きって事。幸い僕の得意分野です。はい……。
自分で言っていて、虚しくなってきた……。喜ぶのは、イルミだけだよ。
「ほら、狩るよ」
僕らが狩るのはモンスターではない。スライムしか召喚出来ない僕には、モンスターは倒せないから……。
「わかったわよ。今日のご飯だもの」
彼女の特技は弓。背中にくくり付けていた弓を手に取り、森の中へ進む。
よかったよ。できる子で……。
でも彼女曰く、こんなに上手じゃなかったらしい。
しかも手にしている弓は、マジックアイテムらしく、無限に矢が出て来る。
シュ。ザク!
イルミが撃った矢が、大きな鳥に命中! 早速その鳥の元へ。
うーん。なんかでかいなとは思ったけどこれって……。
「ねえ、これ食べれるの?」
「さあ? 僕は食べた事ないなぁ」
どう見てもモンスターだろ。これ……。
「仕方がないから、売りに行こう」
「え? 街に降りるの?」
イルミはとても嫌そうな顔になる。まあ、そうだろうね。召喚した僕とは話せるけど、他の人が言ってる言葉は理解出来ないみたい。相手は、僕と同じ言葉を話しているんだけどなぁ。
それと彼女の服装は、向こうでセーラー服という格好らしい。かなり珍しいので、それだけで目立つ。
まあ、お金に変換して食べる物買わないといけないし、一人にして置けないから嫌でも連れていくしかない。
「一人でいる気?」
「……わかった。行くわ」
渋々彼女は、僕と歩き出した。
ここからだと、街の入り口まで二時間以上かかる。
○
あと三十分もあれば、街の入り口という所で、人影が見えた。
あれって絶対盗賊だ!
三人の男が、商人らしき者を取り囲んでいる。
「ねえねえ。あの人、商人じゃない? これ、売ろうよ」
「え! いや、今は無理じゃないかな……」
「なんで?」
なんでって。見てわかんないの? ナイフ突き付けてるし……。
「ねぇ! 商人さ~ん」
「ちょっと! 何やってるの!」
言葉も通じないのに呼ぶなよ! いや、この状況で声を掛けるなよ!
ほら見つかった……。
二人の男がこっちに向かってくる!
「用心棒かな?」
「そんなわけあるか! あれは盗賊だろう!」
「え~~! 早く言ってよ!」
もう勘弁してほしい。どうするんだよ。
「取りあえず、召喚でしょ!」
「スライムだせってか?」
まあ、いないよりいいか。
僕は右手人差し指で、上空に円を描く。
「いでよ。しもべ!」
僕に召喚されたスライムが、ポトンと二体目の前に現れた。最初は、ギョッとする男たちだが、スライムとわかるとそのまま突き進んで来る。
だよな……。さてどうしよう……。
逃げるといってもな。この坂を駆け上がるのはちょっと無理かな。
「うんじゃ、スライム強化!」
僕はスライムに手を突きだす。スライムは少し、ピクピクと反応した。
よし、多分少しだけ強くなった。相手は、冒険者じゃないし、何とか……なってくれないかな?
「ちょっと、今の何? 初めて見たんだけど!」
そりゃそうだ。イルミの前では使った事がない。そんな必要もなかったし。
だから睨まにでほしい……。
スライムは思ったより役に立っていた! 男たちに体当たりして相手を転ばせている。そう、その程度の攻撃。
……えぇ、足止め程度です。
「やっぱダメか」
今は、足止めでは意味がない。
でも僕は攻撃魔法は使えない。使えるのは補助系。
スピードアップでも掛けるか? いやダメージ与えないとダメだろう……。
「そこよ! スライムちゃん!」
イルミは、大喜びなんだけどね。
このままだと、もう一人も加勢に来ちゃうよな?
「あ!」
イルミの声でスライムを見ると……いや、スライムは消滅していた。
「げ! 十分たったのか!」
男たちはニヤッとする。
「珍しい女がいる」
「金になりそうだな」
やば! もう商人を助ける所じゃない! イルミがターゲットになった!
「イルミ、逃げるぞ!」
「え! 商人は?」
「僕達じゃ無理だろう?」
「じゃ、街まで行かないとだめ?」
君は、商人の心配じゃなくてそっちですか……。まあ、僕も人の事言えませんが。
「とにかく! イルミスピードアップ!」
僕は、イルミに魔法をかける。因みに自分には掛けられない。いや、ハッキリ言うと召喚獣にしか掛けられない。多分イルミにも効くはずだ。
「うきゃ!」
効いたみたいだ。ただ、いきなり速くなったので、壮大にこけた!
「いきなり何するのよ!」
「いや、ごめん」
自分に向けて何かしたのがわかったイルミは、僕に文句を言いつつ睨み付ける。
そんな事をしていたら、男たちが僕達に襲い掛かって来た。
「やば! とりあえず、イルミ強化! 思いっきり吹き飛ばして逃げろ! うわぁ!」
男は、僕にも襲い掛かって来た! 思いっきりお腹にブローを受け、僕はうずくまる。そんな僕から、先ほどゲットしたモンスターを取り上げた!
「これはもらっておくぜ」
「……ま……て」
お腹が痛くて、息も絶え絶えで言うも僕には興味がないらしい。
「ぐわぁ!」
という声とともに凄い音が聞こえ顔を上げると、男が吹っ飛び木に衝突して気を失っている。
イルミが吹き飛ばしたらしい。
あれま。結構強いね……。
「てめぇ」
「ちょっと何これ! 面白いんだけど!」
面白いって、君ねぇ。緊張感なさすぎ! まあ彼女は、自分がターゲットになっている事知らないからか。
僕からモンスターを取り上げたもう一人の男も、モンスターを置くと襲い掛かるが、イルミは「とりゃー」という掛け声と共に蹴りを繰り出し、これまた男を吹き飛ばす!
そして、両手を腰に仁王立ち。決めポーズらしい。
「どうだ!」
怖い物知らずだね。まあ、こっちは助かるけどね。
「うんじゃ、あっちも倒しちゃおう!」
勢いづいたイルミは、商人の横に居る男に向かって行く。
いや、ちょっと待て! あいつは、ナイフ持っていただろう!
「待てって! 君丸腰だろう!」
僕はお腹を押さえつつ、慌てて後を追う。
イルミは、スピードアップが掛かっているのを忘れていたのか、思いっきり走って男にダイブ!
あれは、こけたな……。
男がクッションになったからよかったけど、大怪我するところだよ。
「だ……大丈夫か?」
息を切らしながら聞いた僕に、ピースをして振り向いた。
怪我はないみたいだ。
「いきなり走り出すなよ。怪我するぞ」
「いや、それエルンの……」
ピー!
いきなり甲高い音が聞こえ、僕達は驚いたが、商人が何やらアイテムを使っただけだった。
それでも、体当たりを食らって伸びた盗賊は目を覚まさない。頭打ったかな……?
「いや、助かったよ。あ、今警備呼んだから!」
どうやら商人が使ったアイテムは、街にいる警備隊を呼ぶ物だったらしい。そういえば、たまに聞こえてきたことあったっけ?
「笛だ……」
笛? 親指サイズのアイテムだ。笛って丸い筒じゃないのか? あ、イルミの世界では、あれが笛って言うのか……。
「あ、そうだ。モンスター売ろうよ!」
「え? いや、街に行けばいいだろう? ここまで来たんだし」
「だったら助けた意味ないじゃん!」
「………」
いや、いいけどさ。
ちらっと商人を見ると不思議そうにこっちを見ている。
だろうね。相手には僕が普通に話して、イミルは外国語を話しているように聞こえているはずだから。それで、会話成立してるんだから。まあ、不思議だよね……。
仕方がない。今回はいう事聞いてやるか。買い取ってくれるか別だけど。
「あ、その子、言葉話せませんから」
一応伝えてから、モンスターを取りに坂を上る。まあ、さっきの会話を聞いていれば、話せないってわかっていると思うけどね。
「よいしょっと」
僕はチラッと倒れた二人を見る。完全に伸びている。
うーん。彼女、格闘もお手の物だったか。使い道ないけど。
僕はモンスターを持って商人の元へ戻った。
「あのこれって買い取れます?」
商人は、ポカンっとしている。
十五分もあるけば街だ。普通は、こんな所で取引はしないだろう。
「あ、すみません。言ってみただけなので……」
「いえいえ。買い取らせて頂きますとも!」
商人はハッとして、そう答えた。まあ、助けてもらったんだし無下には出来ないよね……。ごめんね。商人さん。余計な仕事増やして……。
「銀貨十枚でどうだい?」
「え? そんなに!」
多分、相場の倍の金額だ。あまりモンスターを売った事がないのでわからないが……。
「これは、助けて頂いた気持ちも上乗せしてあります。遠慮は要りません。どうぞ」
「そういうつもりではなかったのですが……。ありがとうございます」
僕は、商人にモンスターを渡し、お金を受け取った。横ではイルミは大喜びだ。勿論、お金が沢山もらえたからではなく、取引が成立したからだろうけど。
「すごいいっぱいもらったから、お礼してイルミ」
イルミは素直に頭を下げる。言葉が通じなくても、ある程度は行動で示せる。商人も頭を下げた。
「お金も手に入ったし、戻ろうよ!」
「何言ってるの? お金じゃお腹膨らまないよ?」
イルミは、ハッとした顔をする。今頃気が付いたらしい。結局食べ物を買いに街に行かなくてはいけない事を……。
ホント僕より抜けてる。
「なんで、そうなるのよー!」
彼女は大声で叫んだ。
はいはい。叫んでも何も変わりません!
商人は、イルミの行動に一歩引いて驚いていた。きっと遠吠えでもしたように感じたいに違いない。
「ねえ、イルミ。今日は大金が入ったから、食堂で食べて帰ろうか」
「え? 本当? やったぁ!」
イミルは飛び跳ねて喜んでいる。街に行くのは嫌だけど、食堂で食べれるのは嬉しいらしい。滅多に行けないからね。
僕も久しぶりなので、今から楽しみだ。何を食べようかなぁ。
何を食べるか悩むのも楽しいけど、会話出来る相手がいるっていいよな。
スライムじゃ、話し相手にならないからね。
「何が食べたい?」
「ラーメン!」
「この世界にある物にしてよ」
「え~。食べたい物を答えたのに!」
いつか、ラーメンという物を口にしたいものだ。
イルミはスキップをして街に向かう。
あんなに嫌がっていたのに。
食堂では、炒め飯を二人して無言で口に運んでいた。
上手い! 前に食べたのっていつだっけ? 思い出せないほど昔だ。今回はイルミに感謝だな!
「おかわり!」
「だめ!」
「え~。いっぱいお金入ったんでしょ?」
「だ~め」
「けち!」
感謝すれど、甘えはなし!
お金はいつ手に入るかわからないからね。
僕達の食事は、基本一日一食。貧乏だからね。
でも今日は、奮発して一食分買って帰るつもり。
食べ終わった後、日持ちする食べ物を買い込んで、寝床に戻る。
山を登り、ボロい小屋にへ。ここは、使ってない廃屋を拝借している。
イルミは坂道でも文句を言わず上る。偉いよなぁ。こういうので駄々をこねられた事はない。
小屋に着いたら小屋の直ぐ外で、召喚の練習。つまりスライムを召喚する。
「いでよ。しもべ!」
円を描くと、やっぱりスライムが召喚された。
待っていましたとばかりに、イルミはスライムに埋もれる。
僕は残念と項垂れるも、彼女にとっては極楽らしい。
あの笑顔を僕にも向けてくれないかな。
僕は地べたに座り込み、この夢のような世界を堪能する――。
イルミとエルン~夢の様な世界はスライムと すみ 小桜 @sumitan
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