逆さまになった本の謎 4


「暗号って、本を逆さにすることで、ですか?」


私が尋ねると法水はこくりと頷いた。


「その通り。逆さまになっていた本の配列や具体的な本のタイトルで、犯人は何らかの意図を知らせようとしていたのよ」


「……誰に知らせるんですか?」


「それは……もちろん図書館の利用者に」


法水が言葉に詰まったからか、車六が横から口を出してきた。


「駄目だ駄目だ。一口に暗号といっても簡単なものじゃない。色々なパターンを組み合わせて初めて意味をなしたりするんだからな。逆さにするだけじゃあ、何の暗号にもなりはしないよ」


「じゃ、じゃあ、こういうのはどう!?」


そういって彼女は、次々と突飛な案を出してきた。


曰く、宇宙人の降臨によって磁場が狂い、本が逆さになった説。


曰く、司書の先生のストレス解放。


曰く、図書館利用者の杜撰なしまい方によるもので、特に逆さになることを意識したわけではない。


よくもまあ色々と考えつくものだ。


しかしどの推理も瑕疵のあるものであり、結局ことごとく車六にしりぞけられている。


「そ、そこまでいうなら、あんたにもちゃんとした考えがあるんでしょうね!?」


法水はそういって彼に詰め寄る。


「もちろんだ」


車六はそういって自慢げに頷いた。


「なら……」


「だが、まだそれを言う段階ではない」


「は?真相が分かったならさっさというのが探偵の役目でしょうが!!」


「そうとも限らんさ。特にこの事件の場合はな」


彼はぽりぽりと頭をかいて


「というわけで、和戸さん。すまないが、しばらくこのまま事件のことは放置していてくれないか」


「えっ……そんな」


私は絶句した。


せっかく相談に来たのに、わけのわからぬ珍説を聞かされたと思えば、真相を明かすのは待ってくれだ。


「待つって……どのくらい」


「そうだなあ……一週間もあればいいだろう」


車六は謎めいた笑みを浮かべた。


※※※※※※※※※


「やあ、よく来たな」


一週間後。


約束通り、私は彼等探偵部の部室にやってきた。


ちなみにその間も事件は起こり続け、相変わらず本は逆さまにされ続けていた。


私と神田くんで何度それを元に戻したことか。


結構な冊数があるので、それだけでも時間のかかる、気の滅入る作業だった。


犯人はいったい何のためにこんなことを……


そう思い、何度待ち伏せして犯人を懲らしめてやろうと思ったことか。


だが、車六の顔を立てて、そんな義理もないのに待ち続けた私を誰かほめてほしい。


当の本人はそのことには特にありがたみを感じていない様子で、ただうんうんとこくこく頷いている。


「さて、謎解きといこうか」


一週間前はあれほど渋っていたのに、今回はやけにあっさりしている。


隣で法水がふんと鼻を鳴らした。


「この事件のポイントは、本を逆さにした意図を探るのでなく、それを実行可能だったのは誰だったのかを考えることだ」


「実行可能な人?」


「その通り」


車六はこくりと頷く。


「それだけ冊数のある本を、誰にも気づかれずに逆さに出来る人物。これは明らかに、ただの部外者には不可能な話だ。放課後や、あるいは朝の早い時間、誰にも咎められずに図書室に入れるひとである必要がある。そういうことを考えれば、おのずと犯人像は絞られてくる」


それだけいうと、車六は満足そうにうなずいた。


「絞られてくるって……そんな簡単に」


「簡単だよ。だって、そんなことが出来るのは、普通に考えて図書室の関係者しかいないじゃないか。つまり……」


そこでひと息ついた車六はにっこり笑って


「司書の先生か、図書委員だ」


「なっ」


私は怒りを覚えた。


「なんてことを!!本を愛する私達が、本に対してそんな無礼を働くわけないじゃない!!」


「そうとは限らんさ」


車六は首を振る。


「別に良い本を読んだところで、それを栄養みたいに摂取して、その人間が良い人間になるわけではないからな。本好きだったらいい人なんてのは幻想だ」


「だとしても……」


「それに、本が好きというよりも優先したい感情が、人間には備わっているもんだよ」


「優先したい感情?」


「そう。その感情によって、『彼』は事件を起こしてしまったんだ」


「彼って……まさか」


私は口を両手でおおった。


「神田みのる。君の相方だよ、和戸さん。犯人は彼だ。」


※※※※※※※※※※※※


「な、なんで神田くんが……それに何のために!!」


「キミたちはどれくらい親しいのかね」


私の質問には直接答えず、車六は私に質問してくる。


「それは……親しいことにはしたしいけど」


「でも君たちはクラスが違うし、学校外で連絡を取り合うほどではない。違うか?」


「それはそうね」


私は頷いた。


「それがポイントなんだよ」


車六はにっこり笑って


「それが彼にとっては苦痛だったんだ」


「…………どういうこと!?」


「キミも鈍いやつだな」


車六は苦笑する。


そんなこと言われても、思い当たらないものは仕方がない。


私が悩んでいると、法水が助け船を出してくれた。


「ほら、男女の間で起こることと言えば……」


「男女の間で……?」


「まあ、てっとり早くいってしまうとだ」


車六は手をひらひらと振った。


「神田みのるは君のことが好きなんだよ」


車六はとんでもないことを言いだしたのだった。


















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