逆さまになった本の謎 2


「どっちが探偵なの?」


私の当然の疑問に、しかし二人は明確な答えを用意していなかった。


「私よ!!」「俺だ!!」


二人がそれぞれ主張する。


私は目の前の二人を改めてみやった。


男の方は、長い黒髪が不作法に伸びているのをほったらかし、制服もやや着崩して、全体的に外れた印象を与える。


一方の女性徒の方は、かわいらしい目をした金髪の乙女で、同性のあたしからみてもかなり魅力的な顔立ちをしていた。


放課後、B棟にて。


部活棟とも呼ばれるこちらは、普段の授業以外で使われるあらゆるものがそろった施設だ。


私の通う霧切(きりぎり)高校は、部活動に熱心な学校で、いくつもの部活を揃えている。


その中には、他の高校にはないような特殊な部活も含まれている。


逆さまになった本の謎をどうにも解きあぐねていた時に、だから私はこの部のことを思いだしたのだ。


その名も、探偵部。


名前そのままに、生徒の持ち込む事件を解決しているという噂の部活。


それでいて、ただのミステリ好きが集まる部活だという噂もある。


あてになるかどうかは分からなかったものの、しかし先生に図書室の怪異のことを報告しても、「誰かのいたずらだろう」と一笑されてしまった私。


まがい物の探偵にでも、とりあえず相談してみるべきではないか。


そう思ってこの部室に寄ってみたのだが。


開口一番「どちらが探偵か」と聞いたのは確かに無礼だったかもしれない。


だがそれに対して二人ともが「探偵」を主張するとは。


いったいどういうことなのだろう。


私は改めて、その変わった二人を見比べた。


男の方は、床に山と積まれた本を手にして、何やらぶつぶついっている。


女の方は、そんな男の様子を、あきれながら、それでいてどこか羨望も含んだ様子で見守っている。


探偵は、ホームズとワトスンで成り立っているものではないのだろうか?


「さて、そろそろ問題を話してもらおうか、図書委員の和戸しずくさん」


ぶつぶつ言うのにも飽きたのか、男の方が私に呼びかける。


私はびっくりして飛び上がりそうになった。


どうして、どうして私の名前を知っているのだ?


「俺は自分の学年の生徒を覚えるくらいには記憶力がいいんだ」


そういって男は自慢げに


「和戸なんて、珍しい名前は学年に一人しかいない。そして、君がつけているピンには和戸を示す「W」のアルファベットがついている。」


「でも、それなら……」


私はこちらの勢いをそがれそうになりながらも


「Wのイニシャルというだけじゃ、わ行の名字ということしか指し示していないわ。どうして私を和戸だと?」


「俺は自分の学年の生徒なら、誰がどの委員に務めているかも知っている」


だから、と男が続けそうになるのを女の方が制して


「図書委員をやっている和戸しずくという名前を知っていたというだけよ。そんなに自慢するようなことじゃないわ」


つまり私が図書委員であることを見抜いていた?


そこから連想して、イニシャルも決めてになって、私を和戸だと見抜いた?


でも、なら、


「なんで私を図書委員だと?」


「君が手にしているその本だ」


私は自分が持ってきた本を見やる。


それは確かに私が図書館からそのまま持ってきた本だった。


実のところ、逆さま事件の「被害者」になった本だったのだ。


「俺も見ての通り本好きでね」


彼はそういってにっと笑う。


「本を持ってきていたから私が図書委員だと?」


それはあまりに安直すぎやしないか。


「違う。そうじゃない」


男は首を振る。


「君が持っているその本が、最近刊行されたミステリだったからだ」


「……それが何か?」


「俺も図書室はよく利用する」


彼はそこまでいうとごろりとソファに横になった。


「だから、ここの学校の図書委員がやたらミステリ好きなのも知っている。特にその本はおすすめ本として移動書架に載っけられていた本のはずだ。だから鮮明に覚えていた」


「私がその本を手にしているから、図書委員?」


借りただけかもしれないじゃないか。


「借りた本を手にして、なんでわざわざこの探偵部に来る?」


男は手をひらひらと振って


「本にまつわる何かがあるから、わざわざ本を持ってここに来た。そしてその本は図書委員おすすめの本だった。図書委員の名前は和戸だと俺は知っており、イニシャルを確認したところWだった。ここまでくれば……」


私が図書委員の和戸しずくである蓋然性はかなり高い、と彼は自慢げに告げた。


私は男の推理力に舌を巻いた。


なるほど、確かに筋が通っている……


「騙されちゃダメよ、和戸さん」


女の方がふりふりと頭を振った。


「さっきもいったじゃない。探偵は私。この男は助手なの」


「だれが助手だだれが!!」


「本好きな私達は図書館をよく利用するからあなたの顔を覚えていただけよ」


男の抗議を無視して、女はあっさりと真相を告げた。


な、なんだそれは。


確かに図書委員として、昼休みの間だけではあるが、私達は司書さんと一諸に図書室のカウンターに座っていることがよくあった。


ということは、ただ単にこの男の記憶力が良かっただけ?


「でも、名探偵ぽかっただろ?」


にやりと男が笑う。


私はこの二人に事件を預けていいのかどうか、改めて不安になり始めていた。


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