風希に裏切られる桔実、風希を見捨てる波来
翌朝、桔実は生徒玄関で風希当人と会う。
「持ってきたよ、ビデオカメラ」
対面というより対峙と言ったほうがいいほど、二人の相好は堅苦しかった。
「ありがと、キッちん」
風希は確かにカメラを手に取って、鞄の中にしまい込んだ。
「約束通り、旅行に来てくれるね?」
「旅行に来る約束? 何のこと?」
「なっ!」
なんでそんなことを言うの、と桔実は叫び声をあげようになった。
「風希ちゃん、ちゃんと約束したでしょ? 交換条件だよ!」
「うん、旅行に行くことを『考えて』あげたよ。でも都合が悪いから私からはお断りするわ」
どこまでも卑怯な人間なのだろうかと、桔実は呆れる。
相手が風希でなかったとしたら、殴ってるところだ。
ここで憤慨してもよかった。けれど、怒りの言葉が出てこない。あまりの呆れが怒りを越してしまったからだ。
「風希ちゃん、私がどんな気持ちで条件飲んでくれたかわかるの?」
「そこまで対等な価値があるわけないでしょ、カメラの貸し借り程度だもの」
そういう問題ではない。桔実はカメラという物的価値よりも、風希を信じた気持ちを貸す、それくらいの大きな信頼的価値を支払ったのだ。
それを瞬間、無下にされた。裏切られたことで、桔実の気持ちは取り返しがつかないほど霧散して吹き飛んだ。
「それじゃあね、キッちん」
「ちょ、ちょと、ちょっと待って!」
桔実が風希の服の裾を無理に引っ張って制止する。
「何するの痛いわね!」
頭を押し返し、桔実の抵抗を押し戻される。
「桔実ちゃん、このカメラを何に使う気なの?」
「そんなこと言う義理なんてないでしょ?」
「あるよ! わたしの気持ちを踏みにじったんだよ。そこまでしてカメラを手に入れたんだよ!」
言い返せず風希はこう語った。
「不良の抗争」
「え?」
「隣町で不良同士の決闘があるんだって」
ビデオカメラを見ながら、風希は不気味な笑みを零した。
「その映像を撮って、ゲラゲラ笑いながらネットにアップしようと思うの」
そんなつまらないことにビデオカメラを使うとは。
だが、桔実は冷静になる。そして、この行動の危惧すべき点に気づく。
「ちょっと待って、それ風希ちゃんの身も危ないよ!」
「大丈夫よ、隠れて撮るから」
「そういう問題じゃないよ、ネットに動画をあげてるのを、不良喧嘩の当事者が見つけたらどうするの?」
「え? だってネットだから匿名だよ、そう簡単にわからないわよ」
簡単にわからないまでも、バレたら本当に風希自身が危ない。リアバレしたら他校の不良は確実に風希を叩きのめしにやってくる。
それくらいのリスクがあるはずなのに、風希はニヤニヤハハハと笑っている。酷いくらい残酷な楽観さだ。
「返して!」
「やめなさい、離しなさい!」
「そのカメラを離すまで離さない!」
玄関を通り抜ける生徒の衆目が、途端に注目を集め始めた。
「やめなさい!」
桔実は突き飛ばされて、風希の身体から無理に引っぺがされた。
桔実の目前、風希の恐ろしいほどの形相がはだかる。
風希が近づくなり、彼女は大きく手を振り上げる瞬間だけが桔実の視界に入った。
耳が破裂しそうなほど大きく乾いた音が生徒玄関に響き渡る。
その場で倒れ、リノリウムの床に桔実の腰が落ちた。
平手打ちを食らったのだと、桔実は遅れて気がつく。
「これ以上、手間を取らせないで」
ひりついた頬を撫でる。指先が触れる感覚が伝わってこないほど頬が痺れていた。
「なんなの……」
風希当人に裏切られた上に、裏切られた以上のことをされた。
許せないというよりも、悔しさと激情を含んだ涙が。桔実の目から溢れ出てくる。
自分は泣くしかできないのか、桔実の劣情を刺激し、心がどん底まで落ちていった。
「桔実ちゃん!」
波来がその現場を見ていたらしく、桔実に歩み寄っていった。
「波来くん……」
涙の視界で波来の顔の形は歪んでいた。
「やっぱり、わたしは風希ちゃんを元に戻すことはできないんでしょうか」
それに対して波来は何も答えることができなかった。
「波来くん、答えてください。わたしは何をすればいいんです?」
「何もしなくていい」
「えっ……?」
驚愕に桔実は言葉を失う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます