交錯する想い。波来と風希、桔実と風希
それから近くの喫茶店で三人で話をした後、桔実と風希とは分かれる。
波来が見上げると、夜空で蒼色の月がかすんでいた。外はすっかり暗くなってしまった。
桔実は風希ともう少しお喋りがしたいとのことなので、二軒目の喫茶店に行くという。
自宅に向かうこと数分、後ろから同じ靴音が近くで響いてくることに気づく。
いい加減、波来も気になり後ろを振り返る。
人陰がコツコツと音を立てている。
人陰の身体が街路灯の明かりに触れ、その人物、彼の容姿がはっきりとわかる。
ツカサだった。
「ツカサ……」
街路灯の照明の中にそのまま佇み、彼のインテリメガネ越しに眼が光っていた。
「何の用?」
「風希のことがまだ気になっていてね」
悪寒に似た疼きが波来の背筋に走る。
「また何かやらかす気なの?」
「いまのところは何もしない。なぜなら、君の行動は間違っていないのだからね」
口を歪ませて笑い、ツカサは手を脇腹に添える。
「どういうこと?」
「君はどちらの風希を好んでいるかね?」
風希本人とドッペルゲンガーの風希を天秤にかけて話をしてくる。
「僕はドッペルゲンガーの風希のほうだね」
本物であろうとドッペルゲンガーであろうと、どちらも風希であるが。波来は素直にそう答えた。
「そうか、君の判断に誤りはない」
「ツカサ、君は何が言いたいの?」
「ただ一言、忠告をしに来たのだよ。いや、警告と言ったほうがいいかね」
明かりの差す場所から、波来の側に佇む闇へと肉薄する。アスファルトで靴を磨り減らしながら。
「君は、君がいま想っている風希の側についてくれたまえ」
ありがたい、それを応援する一言ならば。だが、次の言葉で違った威圧感が生じる。
「それでいいのだ、まさに夢ならば覚めないほうがいい」
波来の言葉を盗み聞きしたわけではなさそうだが、あのとき会話で触れたことをリプレイするようにツカサは口を利く。
「だが」と、そこに逆接詞を持ってくるツカサの言い様に、波来は心臓がどきりと脈打った。
「問題はあの弱者のことだ。風希当人の夢は叶えてはならない」
「どういうこと?」
あの風希に夢があることは想定していなかったが、ツカサの本音はいったいなんなのだろうか。
「これは警告だ、君が風希と一緒にいたければ、風希当人の夢をなんとしてでも阻止をしろ」
不愉快で意味不明だ。
「あの風希と、そして君が想う風希。この両者の風希が互いに向かい合ったとき、悲劇が起こる」
「悲劇?」
そしてツカサはそっと波来に耳打ちする。
……。
それを聞いて波来の血の気が引くのを感じるのに、一秒も時間はかからなかった。
「嘘……」
世の中の理不尽を全部含めて否定したい衝動に駆られた。
その言葉を早々に信じられなくて、ツカサを全否定したい気持ちである。
「これは警告だ。無論、無視しても構わない」
「くっ……」
「俺にできることがあれば何でもするよ」
「ツカサがやろうとするのは、あの風希を消すことでしょ?」
「そうさ、わきまえているのなら俺に加勢する。さすればいま言った恐れは間違いなく排除できる」
突き返す口数がなくなって、沈黙するしかなかった。
「夢ならば覚めないで欲しい、まったくその通りだと思わないかね」
「そんな……」
「俺の話を信じなくてもいい。だが結果の責任は君が取りたまえ」
こめかみが痛い。苦虫を噛みつぶしたような気分に苛まれていた。
「また会えるのであれば会おう、次に君に会うことを俺は楽しみにしている。答えを用意し聞かせてくれればなお嬉しい」
インテリメガネを隔ててそこにある眼差しは、見下したそれ以外の何物でもなかった。
「心の準備をしていてくれたまえ、ではな」
そう言ってツカサは後ろ姿を見せて、帰っていった。
波来は心の中で嘆く。
「なんて理不尽なんだ」
拳を握りしめても、解決にはならない。その拳に握られているものは現実か。現実ならば握り潰してしまいたい。図らずも波来はツカサから現実を受け取ってしまったのだ。
「この……」
皮肉なものだ。
二軒目の喫茶店を出て、桔実は風希に「じゃあまた明日ね」と言って分かれた。
「ああ、もっと話をしたかったなぁ」
足取りも気分もホップステップさせて、家路を行く。
家に帰り着こうとする半ば、正面からさきほど分かれたはずの風希が姿を見せる。だが。
「キッちん」
その呼び方ですぐに風希当人と解した。
「風希ちゃん」
顔を強ばらせて、桔実はこの風希を見つめる。
胸の奥がつっかえる。世間話でもつまらない話でもいいから、何か切り出して引き止めたかった。
だが意外にも風希のほうから桔実のところに歩み寄り、彼女の目の前で立ち止まる。
「風希ちゃん?」
「旅行のこと、考えてもいいわ」
「本当に!?」
願ってもみないことである。だが承諾に難がないことに桔実は心がぐらつくほど違和感を感じた。
「その代わりなんだけど、聞いてくれる?」
やはり交換条件を突きつけるのだ。だが油断大敵なことも考慮に入れず、桔実は笑顔を見せてしまう。
「なあに? なんでも言ってよ。風希ちゃん」
「あなたのビデオカメラ、貸してくれる?」
またよくないことに使うのだろうか。
「波来くんをいじめない、よね?」
「しないわよ、別の用事で使うのよ。スマホだと映すのに何かと都合が悪くてね」
怖い。また悪事に何かしら手を染めそうで。
「わたし、風希ちゃんを信じてもいい?」
「お昼に言ったわよね、私が私を信じてるって。私は私を信じてるから、あなたも私を信じなさい」
無茶な言葉を言い張る。
「風希ちゃん、本当に大丈夫?」
「何が?」
「ううん、風希ちゃんの身に何も起きなければ私は構わないよ」
人に迷惑をかけることよりも、このときなぜか風希の心配が桔実の頭の中をよぎった。
嫌な予感がするのだ。風希に火の粉が舞うだけならまだしも、自分がつけた火で誤って焼身でもしたら、と。慎重にならざるをえない、桔実は用心深く風希の目を見る。
「なに? 私は旅行に行ってあげることを考えてあげるって言ってるのよ。海か山なのかは知らないけど、決して悪くはない条件なんでしょう?」
そう言われると拒否などできない。
「いいよ、貸してあげる」
しぶしぶ桔実は、やむをえない気持ちで、風希に言った。
「明日持ってくるから」
桔実がそう伝えてから、風希は「あんがと」と言い残して去る。
何も起こらなければいいが、何も起こらなければいいが。
桔実は目先の利益に釣られてしまったのではないかと、後悔よりも強い恐怖が湧き上がっていた。
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