終わる夢のように風希は消え、叶う夢のように風希は形になる
帰り道の坂道を歩きながら桔実たち三人で歓談していたときにふと気づいた。
「そういえば、風希って目の前から消えることがなくなったね」
波来の言葉を聞いて、桔実ははっと息を呑む。
風希はドッペルゲンガー。
いつもであれば夢でも見ていたかのように消えてしまう風希が、最近は安定して目の前に居続けていた。
突然消えてしまうようなことは最近、見受けることはなくなっていた。
「そうだね、どうしてだろう」
その事実を聞いて風希自身ですら不思議がっていた。無論、ドッペルゲンガーとしてそこにいること自体が不思議なのではあるが。
「いつもなら夢が終わったように消えちゃうのに、どうしてだろう」
桔実もそう思う。
「でも、損することではないですよ。一緒にいられる時間が長くなったのは、喜ぶべきじゃないですか。ねえ? 波来くん」
「あ、うん。そうだね」
何かが変わったのだろうか。
「いつもありがとうね、桔実ちゃん、波来くん」
そう言って、頭を深々と垂れる。そんな改まる必要もないし、お礼を受ける必要もない。
波来は風希といて毎日が楽しい。桔実もそうである。
「風希ちゃんがここにいるだけで、わたしは嬉しいよ。わたしたちこそありがとうね、風希ちゃん」
「うん、ありがとう」
風希は笑顔を見せて、桔実は心が穏やかになる。
ずっとこの調子が続きますように、と願うように桔実は、何となしに風希の右手を握った。
風希が戸惑う。だけど握る手を拒まず、桔実に握り返してきた。
彼女を両側から挟むように、波来も左手を握った。
「なんで波来くんまで風希ちゃんと手をつなぐですか」
「いいじゃん!」
彼氏を気取って手をつないでいるのか。だが桔実はそこに異議を唱え始める。
「よくありません」
「なんで?」
なんでじゃないですよ! と桔実は怒る。
「女の子は男の子と手をつなぐとき、心の準備がいるですよ!」
「え、そうなの? 風希?」
夕日が照っているせいではない。風希はちょっとだけ頬が赤くなっていた。
波来は慌て、やにわに手を離してしまう。
「あっ」
心許ない様子で、風希は離された彼女の左手を寂しそうに見る。
「波来くん、そんな乱暴に手を離しちゃ駄目ですよ!」
「え、だって」
「本当に空気読めない人ですね、波来くんは。そんな風に手を離したら、寂しくなりますよ!」
叱責を受け、波来は自分の手と風希の手を交互に見る。
空気も読めない、タイミングも掴めない。そんな波来に桔実は軽く嫌気が差す。
「手、つないでいい?」
「うん」
風希がそう言って、波来はそっと手を握った。顔の熱りを察せられるほど、風希の頬は赤い。けれど、嫌ではなさそうだった。その空気は読めていると見て、桔実は「よしよしです」と言う。
そうやって三人同士横並びで手をつないで、坂道を下りていく。
「私は……」
「風希?」
「ううん、私は夢のような存在だから。消えるときは夢のように消えちゃうんだよね」
先ほどの話題に戻った。
「桔実ちゃん、波来くん。もしもだよ」
吐息を漏らし、風希は心を落ち着けるよう息を吸う。
「もしも二人が夢を見ていて、その夢にいるのが私だとしたら……二人はどうする?」
風希が泡沫に消えてしまったら、切ないの一言に尽きる。
すべてが嘘となって消えてしまうのだから。
「覚めないで欲しいな、それは」
「それだと解決になりませんよ、波来くん」
胸を張って桔実がそう言う。
「じゃあ桔実ちゃんはどうするのさ?」
「わたしは夢を形にする。たとえ夢から覚めても、形に残せればいい」
「形にするってどんな感じに?」
「わかりません」
その即答に波来は頭を、かくっと垂れる。
「それじゃ駄目じゃん」
「うーん、でも形にするなら、夢を記録できるものがあればいいんですけどね。たとえば夢日記とか」
それならばきっと形に残る。
「うん。そうですね、夢日記につけておけば、風希ちゃんが夢の中の人間だったとしても、形として残り続けると思うです」
「なるほどね」
波来は納得をしたようだ。
「格好つけてみたですけど、これが模範解答じゃないですか?」
その答えに風希は満足げな表情をした。
「素敵な言葉ね、桔実ちゃん。なんだか夢みたい」
「夢みたいじゃないよ、夢を形にしただけですよ」
しかしそこで引っかかる言葉を桔実は思い出した。
ツカサの言葉だ。
――夢と理想を持つ強さを持つ彼女よりも、現実にしがみつき常識に囚われたお前は圧倒的に弱者だ!
夢が終わったとき夢は消えてなくなる。
夢が叶ったとき夢は形に残る。
それが道理ならば、夢のような存在である風希は、形になりつつあるのだろうか。
これはいったい何を意味するのか。
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