どっちが風希? どちらも風希

「桔実ちゃんは……」

「なんですか?」

「いや、桔実ちゃんはいまの風希とドッペルゲンガーの風希、どっちが好き?」

「風希ちゃんは風希ちゃんです。二人もいません」

 逡巡する言葉だったが、桔実の顔は真剣だった。波来はそこに話を差し込めない凄みを受ける。

「わたしにとってどっちも風希ちゃんですから、どっちが好きか質問されても困りますよ」

 なんとなくわかる。桔実にとってどちらが偽物なのかというのは愚問なのだ。目の前に風希がいれば、ドッペルゲンガーであろうがなかろうが風希なのだ。

 ふいにあたりが薄暗くなる。太陽が雲に隠れた。空模様が曇った表情に気色ばんでくる。

「波来くんは、風希ちゃんのことどう思ってるの?」

 いまその質問をされたら非常に答えにくい。二人の風希に境を作って区別しているのだから。ドッペルゲンガーの風希もいまの風希も、隔絶させていることに反省すらできない。それほど、いまの風希に対して怒りを感じているから。

「怒ってるんですね? 波来くんは」

 言い返せない。図星なのだから。

「わたしも酷い扱いを受けました。購買までお使いを自腹切りに頼まれたり、お金を融通させられたり、酷いことを言われたこともあります」

 そこまでの待遇を受けて、なぜそこまで本物の風希を慕えるのか。

「あと、ごめんなさい。波来くんを動画のネタにする手伝いをしたり」

 波来にとって腹立たしいことであるが、桔実の心からの反省が見えるので、唾を飲んでぐっと許すことにする。

「でも、いったい風希ちゃんに何があったのか……」

「小学校のころのこと、話してくれる?」

「えっ?」

「風希とどんな友達付き合いをしてたのか、教えてくれないかな」

「極めてプライベートです。乙女と乙女の話に興味津々の思春期なんですか? 波来くんは」

 波来はそういうつもりなんて毛頭ないけれど、こう思う。変なところで真面目ぶるんだから、桔実は。

「いいですよ、乙女のプライベート全開にして話をします」

「いや、ほどほどでいい」

「『ほどほど』ほどでいいんですか!」

 面倒なやっちゃな……。波来は額に手を当てる。

「わたしと風希ちゃんは幼稚園のころからの付き合いでした」

 風希と桔実は幼稚園のころに出会い、打ち解ける仲になった。

 二人はとても気が弱かった。家にいるとき以外はいつも一緒で、怖いものも悲しいことも辛いことも、二人で力を合わせて乗り切ったことこれ多数。

 いつも仲良しで、ずっと臆病な性格で打ち震えていた。

「傷を舐め合うようにという言葉をそのときに知っていれば、わたしたちって傷を舐め合う仲だよねと喋っていたかもしれません」

 そして、他に友達を作らなかった。

「風希ちゃんは小学校を卒業する前に言いました」

 ――私は笑顔が似合うくらいまぶしい人間になりたい。そしてそのまぶしさで周りの人を明るくしたい。それが私の夢見ること。

「風希ちゃんがそう言えるくらい風希ちゃんは強い人間でした」

「いまの風希のほうが強さに満ちあふれてるけどな」

「弱いです、あんなのを強いと言えるんですか波来くんは」

 強いという言葉を安易に乱用してはいけない、そう桔実は頑なに主張した。

「力や人脈でのさばる人間なんて、強い人間と言いたくないです。本当に強い人は自分の思ったことを疑わず、自分から行動して自分を実践する。そういう人が強い人だと思わないんですか?」

「桔実ちゃんがそう信じてるなら、その通りだろうな」

「当たり前です!」

 まさにそのことを信じてる桔実を目の当たりにしてる時点で、その言葉には少なくとも波来を信じさせる真実味を帯びていた。

「わたしは絶対に風希ちゃんを強くしてみせます」

 桔実は怒り肩にして、そう主張し終えた。

「確かにわたしは弱いです」

 目が潤いかけるのを悟られないようにするためか、波来からいったん目を逸らせる。

「風希ちゃんは変わってしまいました。それでもわたしは風希ちゃんについていこうとしました。くっついていくだけで金魚の糞と言われましたけど……」

 風希が変わっても風希の奥底にある人間性を桔実は信じていたんだろうなと、波来は思う。

「わたしは風希ちゃんを元に戻してあげたいです。夢に向かって突き進む人に戻してあげたいんです」

 さながらいまは夢を履き違えて、現実に妥協して、強く装ってるように桔実には見えるのだろう。風希を元の風希に戻さなくては……。

 しかしそのためには空白の時間、何が起こったのかを知る必要がある。

 風希が中学生になったとき、彼女にいったい何が起こったのかを。

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