「こんなの風希ちゃんじゃない」と言えるくらい風希を知っている

 登校のために通る坂道で、それは起こった。

 カーブの道で桔実が風希と不良十人近くに囲まれている。横から見て切り立っているコンクリートの断崖に、ガードレールが敷設されている。桔実はそのガードレール崖っぷちに追いやられていた。

「それで? もう一回言ってみなさいよ」

「こんなの風希ちゃんじゃないよ!」

 風希は腕組みを角張った姿勢で組む。桔実が切羽詰まった顔で言葉を搾り出すのも、涙を飲むほど無力だ。睫毛が冷ややかな細目を描き、風希は桔実を見下していた。

 まこと悠長に見ている場合ではない。

 見過ごせず波来は、なけなしの勇気であるものの、この烏合の衆と桔実の間に割り込む。

「やめろ!」

 叫ぶ波来。視界の毒にでもなったように、風希が波来から目を背ける。

「大勢で一人をいじめるようなことはするな」

「そんなことしてないわよ、この子がいきなり私らに対して一人立ち向かってきただけなんだから」

 桔実の話に耳を傾けようとはしない風希に、波来は歯をごりごりと磨り減らす。まるで他人事のようにとらている、明らかに。桔実が勝手にそう思ってるだけにしか見えないから、そう反省の態度は取らない。

 予想はしてたが、行動も言葉もそう簡単に風希を動かしたりはしない。最初からわかっていた。波来の瞼が小刻みに震え、返しの言葉を躊躇う。

 ふんぞり返った姿勢を作る風希。波来などここにはいない、そんな蔑ろな黙殺の視線で、風希は桔実の前に来る。

「キッちん。あなた、私のグループ以外、どこのグループにも所属してないんでしょ?」

 重苦しい空気の圧で、桔実は押し潰されそうになるのをこらえる。

「せいぜい楽しむがいいわ、一人者のスクールライフを」

 そう言葉を残し、風希たちはこの場から去っていく。

「まったく酷い奴だな、風希の野郎」

「そんなこと言わないでください」

 怒りの矛先が次は波来のほうに向かう。

「ごめん、風希を悪く言って」

「でも事実です」

 後ろ姿に立ち去る風希の背中を遠くから眺めながら、桔実は話す。

「いまの風希ちゃんは悪い人間になってしまった。それをなんとしてでも正さなくてはいけません」

 あくまで風希は殴って倒すような相手じゃない。桔実にとっては大切な友達なのだ。友達が道に迷っていたら、正しく導いて送るのが筋というものだ。

「僕も手伝わせてください」

 膝に手を置いて波来は小柄な桔実の背丈にあわせ、顔と顔を合わせる。

「そんな敬語で話されたら、よそよそしいじゃないですか」

「桔実ちゃんだって、敬語じゃん」

「わたしは波来くんを警戒してるのです」

 いまはまだそんな仲なんだと波来はがっくりした。

「でも誤解しないでください、波来くんが誠実なのはわかっています」

「誠実なら警戒する必要ないんじゃない?」

「こういう考えも持ってください。もしかしたら風希ちゃんも誠実だからこそ、あのようになってしまったのではないですか、と」

 当人からあんなことを言われ、それでも風希は道を踏み外してしまった。そういう可能性は考えられる。その理由探しをしたほうがいいなと、波来は思った。

「ちょっと君たち」

 インテリメガネをかけた青年が、やにわに声をかけてきた。

 藍色の制服、赤いネクタイ、おそらく市内にある進学校の人間だろう。

「あの子のことを知らないか?」

 彼の指は風希を差していた。

 身なりのよい服が太陽に当たって、その見栄えはよい。身体つきは痩せたほうだが、拳に筋ができ、角張っている。武道とかやっていそうだ。

「伊原木風希ちゃんです」

 桔実が代わりに答え、それを聞いて青年は「そうか……」と重そうな心持ちで答えた。

「ええと、風希に何か用かな?」

「いや、なんでもない、忘れてくれ」

 受験用参考書を片手に見ながら彼は、そのまま手を振ってこの場を去った。

 彼はいったい何者だろうか。

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