風希に会える、風希と話がしたい




 襟がなくなって風の心地よさがある。

 放課後になっていったん自宅へ帰り、私服に着替えて二人は公園に集合した、ドッペルゲンガーの風希を探しに。だが幾分待ってもそこに風希は現れなかった。雀の子一匹いない公園は心寂しい。寂しさの中に待っていられず耐えられず、二人は商店街へと足を運んだ。波来が心当たりのありそうな場所としてはもうここぐらいしかない。

 赤く燃えていた空が紫色に冷たくなった頃合い。金曜日の商店街は人と人とがごった返していた。

「どうですか、波来くん」

「駄目だ、見つからない」

 緑色で薄いカットソーで、桔実の服が涼風で揺れる。

 ティーシャツでジーパンのガチガチで無難な波来とは大違いだ。

「波来くん、風希ちゃんのことどれくらい知ってますか?」

「幼なじみの桔実ちゃんのほうが知ってるでしょ?」

「でも、ドッペルゲンガーとして付き合いが長いのは波来くんのほうですよ」

「いやそれでも二日ほどの差しかないって」

 彼女と会って昨日で三日目だったんだなと波来は思い返す。

「二日なり三日なりと会ってるのであれば、波来くんと風希ちゃんはもう知り合い同士と言って差し支えないですよ」

 街はすっか夜景の色を帯びてきた。今日はこのまま風希と会えずに終わるのだろうか。

「波来くん、風希ちゃんは何か言ってませんでしたか?」

「何か言って……あ、そういえば」

 こんなことを言っていた。

 ――もし波来くんが困ったときには私は波来くんのところまで行くよ!

 その言葉を波来が言うと、桔実は唸りつつ顎を触る。

「ここで波来くんに困っていただきましょうか」

「困ってみろって、どういうことでしょうか桔実さん」

「敬語はやめてください、嫌みっぽく聞こえます」

「嫌みだから敬語にしたんだよ。どういうことなの、困れって、僕に何をしろっていうの?」

 そういえば、波来と風希のドッペルゲンガーとの出会いは、本当の風希が彼を倉庫に閉じ込めたことから始まった。風希本人が波来をピンチに陥れたのだから、困ったときに波来のところまで行くのではないか。

 そのようなことを桔実が主張した。

「というわけで波来くん、いじめられてください」

「どういうわけでそうなるの?」

「そうでもないですよ、これは道理です」

 本物の風希にいじめられれば、ドッペルゲンガーの風希が現れる。だがしかしだ。

「だいたい桔実ちゃん昨日僕に謝ったよね。僕にいじめられろなんて、そんなこと要求できる立場にあるの?」

「あ……」

 桔実は顔が青ざめて、申し訳なさそうに頭を垂れる。

「ご、ごめんなさい」

 風希に会いたい一心からの勢い余った発言だったのだろう。自分が酷いことを言ってしまったことを、いまになって気づいた顔になっていた。

「いや、いいよ。責めるつもりは毛頭ないから」

 そう言いながら、街の風景を見る。

 風希以外の人間はみんないそうな景観で、それだからこそ嫌気が差す。

「今日は風希と会わなくてもいいんじゃないかな」

「諦めないでください」

「いや、でも明日でもいいじゃん」

「風希ちゃんと毎日会うことが大事なんです」

「目的は?」

「風希ちゃんとのコミュニケーション」

 情報を仕入れるためにコミュニケーションか。今日はどんな情報を仕入れるつもりで桔実は風希を探しているのだろう。

 だが、それより桔実には課題がある。

「今日はどうだったの、桔実ちゃん」

 肝心となる本物の風希のほうだ。

 空白の三年間の後、打って変わってしまったと桔実は言う。

 彼女の目的はその空白の三年に何があったかを知ることだ。

 今朝方、自らぶつかりにいって、その風希に関しては何か有用なことはわかったのであろうか。

 そのことを問うと、途端にしょんぼりした顔になる。

「何も得られていません。それは確かです。わたしのわがままに付き合っていただいて、波来くんには申し訳ないと思ってます」

 悪いことを聞いてしまったと後悔する。

 代わりのフォローとして、波来はしばらく考えてからこう返した。

「桔実ちゃんは、むかしの風希のほうが好きなんだね」

 コミュニケーションを取るっていうのは、単なる口実なんだ。だけど、波来は悪い気がしない。

 人混みの雑踏にときおり、声をかき消される。ここに佇む寂しがり屋の桔実は、どことなくドッペルゲンガーの風希に似ていた。

「探そう」

 きっと桔実も気が合う親友と話すことを楽しみにしてるんだ。だから、こうやって風希探しに付き合わせてるのだ。

「僕はなんだってするよ」

「いじめられてください」

 天丼を重ねるようにさりげなく話を元に戻そうとしてくる。

「だから、嫌だってば。反省の念はどこへいったの」

「なんだってするっていま言ったじゃないですか。それにいじめるのは、本当の風希ちゃんではありませんよ」

「誰がいじめるの!」

「わたしがいじめます!」

 冗談で言ってるのか。それとも本気で言ってるのか。その境界線が曖昧でどうにも識別しづらいのが、どうやら桔実の弱点らしい。

 理不尽だ。

「意味がわからないよ!」

「困ってもいないのに、困った顔しないでください」

「いや、本気で困るよ」

 気弱なはずなのにこの子は意外と押しが強いのだ。

 その桔実の性格に尻込みして、波来を議論の土俵際まで詰めて、押し出されそうになる。

「波来くんを困らせないであげて、桔実ちゃん」

「そうだよ、風希の言う通りだよ。桔実ちゃんもちょっとは……って、風希?」

 噂をすればドッペルゲンガー。隣にいつの間にか風希が来ていた。

 黒いワンピースで胸に赤いリボンが枝垂れていた。白い襟の隙間に手を入れながら、笑顔を振りまく。

 その笑顔が桔実に伝染して、ホップステップで飛び跳ねる。

「ほら、わたしの計算通りです」

「いや、何も考えてなかったでしょ!」

「風希ちゃんを呼び出すにはこういう困らせ方をすればいいんですね」

「変な納得しないでくれ!」

「こんばんは、風希ちゃんっ!」

 波来の言葉も無視して、風希の身体に飛びつき、両手でしっかりとしがみつく。

 ネオンが輝く中で、さまざまな色に晒され照らされた。

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