風希の裏切りに、決して裏切らないと誓う風希




 クラス替えで高校生活が始まった春。前までいた友人たちが別々のクラスに散り散りになった。それでも気の合う友達が新たにできて、今度某所に全員で遊びに行こうと誘われた。波来にはそのことを友人みんなに伝える役を頼まれた。しかし連絡ミスで当日それを知らない人が続出した。欠員が出て、そのことを責められた。

 その翌日、いつものように一緒に帰ることも気が引けて、夕方の日が満ちる教室にただ一人波来が留まっていた。

 そのとき扉が開く音がする。振り向けば風希がそこにいた。

「どうしたの?」

 心配そうな顔で波来を見つめ、優しげに波来のほうへ歩み寄る。

 経緯を話すと風希は真剣な顔で聞く。すると、「そんなこと私だって何回もあるよ」と言ってあっけらかんとした口調で話した。話をすればするほどに、波来の悩みは小さく軽くなっていく感覚を彼は覚えている。

「元気出して」

 そう言いながら見せた笑顔は、この教室に満ちた光に劣らないまぶしい笑顔は、いまでも波来は忘れることができない。

 落ち込んでいる波来の背中を軽く叩いて、元気づけてくれた。彼女の元気を彼に、彼女の自信を彼に分けてくれたのだ。




 公園のベンチの傍らに座るドッペルゲンガーの風希は波来の話に聞き入っていた。

「素敵な笑顔で、元気づけてくれる女の子で、優しくて、自分の自信を他人に分け与えてくれる人だって、そう思ってたんだよ僕は」

 だがそこで波来の手ががくがくと震える。

「でも、それは思い違いだった。僕は勘違いしていたんだ」

 言葉を選び違えていたと言ってもいい。

「酷く嘲る笑みで、気がとても強すぎて、人気取りに誰彼と優しく接して、プライドがあまりに高い。そんな女の子だとわかって僕はいま幻滅している」

 いまの波来にとって、あの風希はこう見えるのだ。

「ごめんなさい。本当の私のせいで」

「君に罪はないよ」

「ううん、謝らせて。そして私からありがとうを言わせて」

 唇をきゅっと締めてから、瞬きを一回する。そうしてから真剣な瞳で波来を見た。

「それがたとえ一時(いっとき)のことだったとしても、私を好きになってくれて、ありがとう」

 そして……、と風希がつなぎ言葉を入れる。

「私は波来くんを裏切らない。そういう意味で、笑顔で元気で優しくて、自信を与えられる女の子になってみせる!」

 握り拳を自分の胸に添えてこの風希は、しっかりとした顔を見せる。

「風希……」

「私、頑張るよ」

 かつて見たあの風希のように、風希は自信に満ちあふれていた。

 今度こそ裏切ることはない。そんなオーラが彼女から溢れ出てきていた。

「風希ちゃ……!」

 誰かの声がした。その方向を見ると、一人の女の子が口を開けて佇んでいる。彼女の足下の芝生にはカメラが落ちていた。風希と同じ制服を着て小柄な女の子、写真部の子だろうか。こんな場に何の用か、波来は疑問に思う。

 それから女の子は足下のカメラを拾い上げ、その場を急いで退散する。はて、この子は何を思ったのだろう。

 ほんわかとした雰囲気を振りまくように、少しばかり小柄な彼女のショートカットの髪が、そよ風に流れていた。なんだったんだろうかと波来は思う。

「おい波来」

 当人の風希が遠くからやってきた。ドッペルゲンガーの彼女とゆっくり流れていた時間を、引き裂かれる気分である。

 ちょうどいいから風希本人にこのドッペルゲンガーを紹介してやろうか。

「そこで何をしているの?」

「君と話をしていたんだよ」

「……? いまなんて言ったの?」

「ああ見えないの? 僕の隣に君が……」

 隣を見やると、そこにさっきまでいたドッペルゲンガーの彼女はいない。もしかして当人がそばに現れたから消えたのであろうか。

「変なこと言わないで、私をこれ以上怒らせないでよ」

 なんだかきな臭くなって、波来は鞄を手にベンチから立ち上がる。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 面倒ごとはこりごりだ。どうせ自分をまた動画のネタにするに決まってる。波来は彼女の命令をガン無視し、早々に立ち去った。

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