第一章 嫌いな風希がなぜ好きだったか、それを聞く風希が嫌いになれない
風希は悪友と群れる、寂しがり屋の風希だ
翌日、風希が仲間を四人連れ立ってのご登場。波来は廊下の壁を背に、風希本人から詰問される。
「誰の協力で」「どんな手を使って」風希の偽物を扮し、鍵を奪い取ったのかを、波来は問い詰められていた。
「なんとか言いなさいよ」
「いや、その……」
廊下の窓の外では風が唸り、雨粒が弾ける。
背丈が低いのに、犬か狼のように物騒な顔を風希本人はしている。ドッペルゲンガーの風希とは大違いの風体だ。どうしてこんなにも人格が違うのか疑問ばかりが溢れてくる。
「風希って、双子の姉妹っている?」
「は、なんのことよ?」
眉根を寄せて風希は、眼光をぎらつかせる。視線で波来を串刺しにした。
本当に心当たりはなさそうだった。
「なんでもない」
「……話をはぐらかすな」
波来を助けたのは風希のドッペルゲンガーだと言って、誰が信じるものか。まして本人はそんなことに耳を貸すどころか、口にすれば拳の一発は覚悟しなければならない。
「まったく、あなたが体育倉庫で一人ゲームで遊んでるところを隠し撮りしてネットにアップしようと思ったのに」
しかし風希はそこで訝しげな顔を見せる。おそらく隠し撮りした映像に彼女自身の声が聞こえたからだろう。あのときドッペルゲンガーと称する風希が発した「助けに来たよ」という声を風希本人は聞いたはずだ。
ただしかし、渡された携帯ゲーム機も電池切れで元から失敗してた。風希は案外ドジっ娘なのかもしれない。
そういうわけで、尋問を重ねられても、波来から出るものは何も出なかった。
掃除が終わって波来は、鞄に教科書を入れた。そこを一人の男子が手のひらを擦り合わせながら、こちらに近づいてきた。
相変わらず分厚いレンズの眼鏡をかけた眼で、偉そうに波来を物珍しげに見る。
日の差す教室の窓際。
ぼさぼさ頭をかきむしって男子は、フケやらほこりやらをむわっと立たせる。
「例の脱出マジック、どうやってやったんだ?」
どうやら倉庫から波来に逃げられたことは、学校中の噂になっているらしい。
仲間一人に鍵を任せ、それを不手際で渡してしまった。それであっけなく倉庫を開錠された。
風希の偽物が現れたということも承知しているらしく、その偽物捜しに彼女は躍起になっているという。
彼女は悪態を吐いていた。波来を閉じ込めて、げらげらと笑えるネタができるどころか、ヘマをやらかしたということで自分が笑い種にされたと。
「なぁ、教えてくれよ。最近話のネタに尽きてて、困ってるところなんだ。なぁ、頼むよ」
情報通というより、男のお喋りを趣味とするこいつながら、話のネタを仕入れるのがこまめだ。ちなみに彼は校内新聞を作る同好会に所属している。
だが、ドッペルゲンガーが鍵を開けたと言っても誰も信じない。
信じられないかもしれないけど波来は、彼女に対する感謝の気持ちもあって、なぜかそれを喋りたくなった。
「風希が開けてくれたんだよ」
ドッペルゲンガーの、という言葉を伏せたが、ドッペルゲンガーの風希が助けてくれたのが嬉しくて、波来はそう話した。
「ははは、そんなことあるわけないだろ。あいつが自ら鍵を開けに来て、自分から笑い種になるなんて想像できねえって」
確かに理解しがたいほど馬鹿げた話だ。
だけど、ドッペルゲンガーが鍵を開けに来たなんて話したら、もっと馬鹿にされることは目に見えていた。
ただ、波来にとってこの体験は馬鹿にはできない話である。そして波来自身、ドッペルゲンガーの存在にまだ信じられる状況にはなかった。
夕焼けがまだ見えない手前、波来が校門を抜けると、そこに風希がいた。ただそこにいたのではない。波来を待ち伏せていたものと理解した。逃げ腰に背中を向けたところを、後ろから襟を掴まれる。
「カンベン! カンベンしてくれ!」
「いやだなぁ、私だよ。波来くんの友達の風希だよ」
嫌味の含まない猫撫で声が、安堵の気持ちを湧かす。この声の調子は、いつも尖っている風希の口調とは違った。今朝の身の毛のよだつネガティブなオーラを察しない。
「もしかして……?」
波来はおそるおそる振り向く。
「昨日友達になってくれたのに逃げるなんて、それはないよ波来くん」
アヒル口で、さも悲しそうな演技である顔を作る。それから、心がくすぐられる笑顔に変えてくる。本人ならば波来に対し絶対に作らない顔だ。
そう、昨日出会ったばかりのあの風希、彼女しか作れない笑顔である。
やはりか。昨日ドッペルゲンガーと言って自分を紹介した風希だった。
「ずっと波来くんを待ってたんだよ」
二人で仲良く話してるところを他人に見られたら、あらぬ誤解を生みかねない。
「とりあえずここはまずいから、よそへ行こう」
そのようにやりとりしてから、近場の公園まで走った。風希は波来の走りにあわせてついてきた。
波来と風希が一緒にいるなんてとんでもないところを……。二人が走っていたところを、まさか二人仲睦まじげに見えたりはしなかっただろうか。
心配しながらも、
何かの植物の蔦をわざと這わせた東屋の中央に設置された円形のベンチに座る。
「ずっと寂しかったんだ」
突然、切なさに触れる話題をあげてきた。
なぜだかプラスチックで作られたベンチが、ひときわ冷たくなったような気がした。
「私はドッペルゲンガー、本当なら人と付き合ってはいけない」
困惑させるだけだから。事実、波来も困惑の渦中にいる。
今朝だって偽物の風希が現れたことで、朝から本物の風希から問い詰められた。
「こんなことに付き合わせちゃって、私って波来くんに迷惑被ってるよね」
「そりゃ迷惑だよ」
この風希のおかげで倉庫から脱出できたとはいえ、今朝から本物の風希との会話がこじれまくりなんだから。
丘の高みに作られたこの公園、風がこちらに吹きつけてきた。二人の髪が揺れ動く。
「やっぱり……」
涙を流す直前の顔が表れ、波来はますます困る。
いけない、ここは話題を転換させ、この重い空気を変えるべきだ。
「風希って僕のどこが好きなの?」
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