第9話 連れてこられた理由は

「2人の関係についてはなんとなくわかりました」


 そう言って篠沢さんは微笑んだ。

 星野さんは疑るように上目で篠沢さんを見つめる。

 

「本当に? 本当にわかってる?」

「ええ、野暮な心配がいらないくらいには2人が変わり者同士だって」

「えっ……?」


 不意打ちで変わり者扱いに巻き込まれた僕は、思わず声を上げていた。

 

「ふふ、ごめんなさい。でもいい意味で、です。素の星野さんについていける人はそうそういませんから」

「それはいい意味なんですか……?」


 単に振り回されても強く拒絶しないってだけで、別に褒められるようなことじゃないと思うんだけど。

 

「ええ、いい意味です。その今どき珍しいほどに真摯で純粋な感性、確かに『候補』としての可能性を感じます」

「……さっきも『候補』と言ってましたが、なんの話ですか?」


 まさか選挙に出るわけでもあるまいし。自慢じゃないけど、生まれてこの方特別な何かの候補になったり選ばれたりしたことなんて一度だってない。

 篠沢さんは真面目な顔でうなずいた。

 

「端的にいうと、あなたがここに連れてこられた理由がそれです」

「魔法絡み、ということですか」

「その通りです。この学校がどういう場所であるか、から順を追って説明した方がわかりやすいかと思いますので、そうしますね」

「お願いします」


 我ながら、まったく何もわからない状態でよくここまで来たな、と思う。

 魔法使いになるついでに女子高生になるとかいうくらいだから、学校と魔法に何かしらの関係はあるんだろうな。

 

「まず、はっきりさせておきたいのはこの学校自体は表も裏もなく普通の高校だということです」

「そうなんですか? てっきり裏の顔は秘密の魔法学校、とかなのかと」


 僕が言うと、篠沢さんは小さく笑った。

 

「もちろん魔法とまったく無関係というわけではありません。私の家系は代々魔法使いなのですが、その先祖がこの学校を建てました。隠れ蓑として不自然でない大きな建物が必要だったのです」

「すると、ここで魔法の研究とかが行われていたわけですか?」

「今も行われていますよ。地下には魔法使いたちの研究室があります。星野さんのように学校に通いながら研究室を利用している人もいますが、大半は学校とは無関係です。要するにテナントみたいなものですね」


 なるほど。1階から上は学校、地下は魔法使いの研究室。オーナーは一緒だけど直接的な関係のない2つの店が1つの敷地に同居してるようなものか。

 

「基本的に魔法使い各人で目指しているものは違うのですが……篠沢家を含む一部の大きな派閥には共通した目的があります」

「目的?」

「はい。『神様』を生み出すことです

「神様? それはまた大それたことを」


 確かに魔法なんてものがあれば神様のように何もかも自由にできそうな気もする。それでもやっぱりいろいろ制約はあるだろうし、全知全能なんてものが実現可能だとはなかなか思えない。

 

「ええ、そして今この国で一番それに近いのが――星野さんなのです」

「……はい?」


 僕は眉間にしわを刻んで聞き返した。

 なんかちょっと今、とんでもない聞き間違いをした気がする。

 

「今この国でもっとも『神』に近い存在。それが星野・ヴェルナッザ・三波だ、ということです」


 僕はそこまではっきり言われても、まだその言葉の意味をよく理解できていなかった。思わず隣の星野さんに目をやる。

 

「いえーい。アイ・アム・ザ・ゴッド」


 星野さんは満面の笑みで、両手でピースをしていた。

 僕は眉間が痛くなるのを感じながら、篠沢さんに視線を戻した。

 

「……破壊神?」


 神様ばりの傍若無人な振る舞い、という意味の神なら異議なく同意できる。


「ちょっ、言い方ひどくないです?」

「それは君の日頃の行いがひどいから……」

「私も自然な発想だと思います」


 僕が言うと篠沢さんもうんうんとうなずきながら僕に加勢してくれた。


「大人が寄ってたかって子供をいじめないでくださいよ」

「それなら日頃から大人を大人として敬ってくださいね」

「リサちゃんのそういうぐうの音も出ない反論嫌い……」


 星野さんは唇を尖らせていじけるように言った。

 

「もちろんまだ『神』の領域に達しているわけではありません。その『候補』であるというだけです」

「それはそうでしょう……って、『候補』?」


 なんかそんなようなワードをさっき聞いたり口に出したりしたような気が……。

 

「そう、その通りです。星野さんの見立てによれば、あなたもまたその『候補』の1人であるということです」

「……はい?」


 僕はさっきとまったく同じトーンで聞き返していた。

 なんかちょっと今、とんでもない聞き間違いをした気がする。

 

「ほら、前に内的世界ミクロコスモスの話しましたよね?」


 星野さんが真面目なトーンで割って入ってくる。


「あー……魔法使いにならないかってときに、変人は魔法の才能があるみたいな話を聞いた気はするけど」

「魔法の適性にはいくつか種類があるんです。主には生成型、干渉型、現象型の3つです。生成型の魔法使いは物体を作り出す魔法が得意です。何もないところからりんごを出したりできます。干渉型はすでにあるもののあり方を操作する魔法が得意。りんごを苦くしたり固くしたりできます。現象型は文字通り任意の現象を起こす魔法が得意な人です。触れずにりんごを浮かせたり、100個のりんごを一瞬で6等分できたりします」

「……現象型はりんごが出現するっていう現象は起こせないの?」


 ふと疑問に思って口にしてみる。

 

「鋭い指摘ですね」


 答えたのは篠沢さんだった。

 

「ざっくり言うと、魔法使わなくてもできること、起きることを恣意的に実現させられるのが現象型なんです。りんごをものすごく高いところに置く、一瞬で大量のりんごを切る。過程は不可思議でも、結果だけ見れば魔法を使ったかはわかりませんよね? 自在にりんごの味を変えることはできませんが、熟させたり腐らせたりはできます。何もないところからりんごは出せませんが、極めてレベルの高い現象型魔法使いなら、何も成ってないりんごの木に実をつけさせることはできます」

「なるほど。じゃあ星野さんは……干渉型?」


 僕という人間を女の子に変化させているわけだし……。いや、でも着ぐるみみたいなものって言ってたから生成型だったりするのか?

 

「私――いえ、私たちはそのどれでもありません。だからこその『神様』候補です」


 星野さんは得意げに口の端を上げて笑った。

 篠沢さんがそのあとを引き継ぐ。

 

「――改竄型。星野さんのような魔法使いは便宜上そう呼ばれていますが……はっきり言って改竄型は他の類型と同列に語れるものではありません」

「……というと?」

「他の適性の類型は、何ができる、できないで分けられます。ですが改竄型は理論上、なんでもできてしまうんです」

「つまり……全能の神?」


 僕が半信半疑気味に言うと、篠沢さんは真顔でうなずいた。


「あくまで理論上は、ですが。人は必ず、個々人の思想や価値観の集合体としての内的世界を持っています。この内的世界を現実に漏出させることで、世界のあり方を書き換えてしまうのが改竄型なんです」

「内的世界……じゃあ僕の今の状態というのは?」


 僕が首を傾げると、星野さんが説明を引き継ぐ。

 

「普通の佐田野綾太さんを、『見ても聞いても触っても嗅いでも味わっても女の子としかみなせない佐田野綾太さん』に書き換えた形ですね。私の中でのあなたをそういう存在にして、それを現実に反映させました」

「内的世界を現実に反映……」

「あくまで他人が五感で知覚できる範囲だけの書き換えで、完全に根本から女子高生に書き換えたわけではないので、着ぐるみというわけです。本質ごと女子高生に書き換えて、できることが変わってしまうと事故につながる恐れがあるので」


 星野さんが真面目な顔で言う。

 確かに、例えば運転ができるつもりで車に乗ったけど、実際は未教習の女子高生に書き換わってるから運転できない、なんてなったら危険だ。

 

「本当に細かいところまで好きなように変えられるんだな……」


 僕が思わず感嘆してつぶやくと、篠沢さんが改竄型についての講義を再開する。


「改竄型であるためにはその独自性が極めて高いことが前提になります。世界を別の世界で上書きするような形ですから、『別の世界』と呼べる程度には現実の社会と違っていなくてはいけないんです」


 ……つまり変人ってわけだ。

 僕としては至って普通の人間として生きてるつもりだけど、僕の生き方が多数派のそれでないことはさすがに認める。

 

「独特の世界観をもっている、というだけならそう珍しくはありません。ただ、そういった人の多くは、外の世界との間に厚い壁を築くことで自分の世界を守っています。それでは自分の世界が現実に漏出することもありません」


 確かに「自分の世界に閉じこもってる」なんて否定的に言われるような人はよくいる。そうやって非難する人はその人で、大体社会という世界に囚われてると思うんだけど。


「つまり、人と違う価値観や考え方を持っていて、それをオープンにできる人が改竄型になれる素質があるということです。星野さんによればあなたもそうであって、だから一緒に『神様』を目指すべくここに連れてこられた、ということです」


 僕は腕を組んで低く唸った。


「僕に『神様』になれる素質が、ねえ……。星野さんの擬態を僕が見抜けたのは、僕がその『候補』だからってこと?」


 星野さんの方を向いて聞いてみる。

 

「そういうことだと思います。他の『候補』に会って試したことはないのでわかりませんが、そう仮定して『候補』を探していました。自分の世界を高い強度で持っていれば、一般人でも私のレベル3の魔法くらいなら効かないだろう、と」

「そういうものなんだ」


 僕には魔法のことはまるでわからないので、そうだと言われれば納得せざるを得ない。

 

「星野さんの方はまさにって感じだけどね」


 処女奪われてもいいとか面と向かって堂々と言い出すし。そう考えてみると確かに星野さんには世界を変える力がありそうな気がする。

 

「あ、なるほど。佐田野さんの前ならそうでしょうね」


 しかし篠沢さんの反応は少し意外そうなものだった。

 

「え? どういう意味ですか?」


 僕が首を傾げると、篠沢さんは苦笑してちらりと星野さんを見た。

 

「それはまあ……この学校で生活してみればすぐにわかると思います」


 言われた星野さんは、唇を尖らせてそっぽを向いていた。

 ……どういう意味だろう。学校では今とは全然違ったりするのか?

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