第4話 不運な出会いと予期せぬ幸運

 社会人二年目の遠藤大えんどうだいは、今日、仕事でちょっとしたミスをした。まあよくある失敗なのだが、なんだかどっと疲れてしまった。最近、彼女と別れたせいもあるかもしれない。

 見かねた上司が休めと言うので素直に早退したが、一人のアパートにまっすぐ帰る気にもなれず、公園でコーヒーでも飲んでから帰ろうと思ったのだ。

 公園に入ると、女子高生が銅像を食い入るように見ていたので、大も銅像の方を見た。

 冴えない黒髪に冴えない顔つきで、のっそりと顔を動かした先には、真っ白な美少女がいた。

 肩にスズメが乗っているような。

 思わずみとれたとき、足元に石ころが転がってきた。

 大は銅像の台座の少女に夢中だったので、全く気付かずに石ころを思いきり踏んだ。

「わっ」

 と悲鳴を上げると同時、派手に転んだ。

 手からホットコーヒー入りの紙コップがすっぽり抜けて行った。

「きゃあっ」

 ――きゃあ?

 愛らしい声が聞こえた。

 慌てて顔を上げると、真っ白なコートを着たふわふわのパーマヘアの女性が立っていた。大学生くらいだろうか。

「あ……」

 女性が困ったような顔でコートの裾を見ている。

 恐る恐るその視線の先を追うと、見事な焦げ茶色のシミができていた。

「ああああっ」

 大は大声で悲鳴を上げて飛び起きた。

「す、すみません! そうだ! クリーニング! クリーニング店行きましょう!」

 動揺した大は、とにかく弁償しなくてはと頭がいっぱいになって、女性の手をつかんで走り出してしまった。


 近藤小百合こんどうさゆりは、ため息混じりで公園を歩いていた。

 一時間ほど前に、友人から結婚するんだと知らされたのだ。おめでとうと言いつつも、結婚したらこれまでと同じようには遊べなくなるんじゃないかと落ち込んだ。友人の幸せを手放しで喜べない自分が嫌で、気分が沈んでいた。

 そこに、お気に入りのコートにコーヒーをこぼされてしまった。

 頭の中はすっかりパニックで、気付けばコーヒーをこぼしたサラリーマンに腕を引かれるまま公園を出てしまった。

 公園の出口で振り返ったら、少年の銅像の台座に、真っ白な少女が座っているのが見えた。



「メル、大変だよ! あの人、お洋服が汚れちゃった」

 スズメが心配そうに鳴いた。

「だいじょうぶよ。心配なら、見てらっしゃい。ここで待ってる」

 メルが優しくそう言うと、スズメはぴょんと跳ねた。

「ええ? いいけど……絶対に待っててよ?」

「ええ。約束する」

 スズメは安心したように「約束だよ!」と明るい声で言って、公園を飛び出して行った。



 盛大に動揺した大が小百合を連れていったのは、公園のすぐ近くにある複合商業施設だった。

 三階までがショッピングセンターで、四階と五階がレストラン。それより上はホテルになっている。一階にクリーニング店が入っているのだ。

「さ、急ぎましょう!」

「あ、あの」

「大丈夫です、全部お支払しますから」

「え、えっと、それはいいんですけどあの」

 脱いだら上着がなくなっちゃうと言い出せないまま、小百合は大に背中を押されて自動ドアをくぐった。

 すると――。


 カランカランカランカラン!

「おめでとうございます! お客様が当店開業十周年の、本日のご来店者様、千人目の記念すべきお客様です!」


「へっ?」

「え?」

 二人の頭上高らかに鐘が鳴り、パーンとクラッカーが弾けて、水色の法被はっぴを着た中年男性が、満面の笑みで小百合に記念品を手渡してきた。

 周囲の従業員や客たちが一斉に拍手をする。

 小百合はもう目が回りそうになった。


 自動ドアの外では、小さなスズメがチュンチュンと鳴いて飛び立っていった。

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