1 待ち望まれた男と、恋に落ちた女の話

第一節 死をもたらす女王

 あぁ、太陽が沈む。

 もうすぐ求婚者が食事を持ってくる時間だ。


 ここは王宮の奥深く。

 重臣や女官、あるいは限られた小姓などのみが入ることを許される場所。

 そんな余人のうかがい知れぬ魔窟の中で、その主たる女王……シェヘラザードは憂鬱な気分でため息をついた。


 なぜならば、彼女は自らの行いを激しく悔いていたからである。

 いったい、私は何人の求婚者を殺せば良いのかと。


 彼女はかつて、自らの結婚を破談にするために、求婚者へとある条件を突きつけた。

 しかも、けっして反故に出来ないよう、神の名に誓ってである。


 その条件とは、求婚する者は彼女のために食事を作り、その食事に彼女が満足したならば妻となる。

 ただし、彼女が食事に満足出来なければその求婚者を殺す……と言う代物であった。


 だが、もともとは殺すつもりなどなかったのである。

 それは欲深く愚かな求婚者を諦めさせるために行ったブラフであったのだが、浅はかなその求婚者はその意図も見抜けぬまま彼女に挑み、処刑台の露と消えた。


 そしてその時、彼女はその試練を確実に失敗させるため、ある小細工を弄したのだが……。


「少しでも人を思いやる心が彼にあったならば、私の小細工など簡単に破ることが出来たであろうに」

 女王は深い嘆きと共に、ため息を吐き出す。

 だが、しかたがないのだ。 人を思いやること……それが出来ない時点で、彼に王たる資格はなかったのだから。


 そして、その後はもっと悲惨であった。

 彼女の出した条件を聞きつけて、我こそは……と欲の皮の突っ張った連中が押し寄せてくるようになったのである。


 なぜ男という生き物はこうも愚かなのだろうか。

 自分の名誉欲を満たすために、ありもしない愛を告げるな!

 なんとも醜い豚共め。


 そのようなことを繰り返したがゆえに、彼女はいつしか男が嫌いになった。

 いや、愚かな男が嫌いになった。

 中でも、試練に失敗して断頭台の上で泣き叫ぶ男は一番嫌いだった。


 ――死にたくないのならば、出来もしないことを口にして私の前に現れなければ良いのに。

 彼女とて、彼らを殺すような趣味があるわけではないのだが、神に誓った事は撤回できぬ。

 私は毎晩のように試練をあたえ、わざと失敗するように仕向けて求婚者を殺す。


 嫌なことだが、しかたがないのだ。

 やってくるのが王になど出来るはずもない愚物ばかりでは。


 もしも彼らのうちの誰かを王にしたならば、ゴマの油を絞るような重税を伴う圧政か、血で大地を染めるような戦争か……。

 いずれにせよ、目を背けたくなるような政治腐敗を引き起こしたであろう。


 そのような意味で言うと、彼らを処刑したことについては後悔していない。

 市制の民もそれはよく分かっているので、今のところ女王に対する評価はむしろ高かった。


「ですが神よ、私はいつまでこのような惨いことを続ければよいのでしょうか?

 願わくば、私に慈悲と寛容と叡智を備えた聡明な殿方をお与えください。

 私が憎まずにすむ方を!」

 しかし、彼女の知る限りそのような人物はこの国におらず、押し寄せる求婚者によって処刑台の使用回数が増えるばかり。


 おそらく今日も、神への祈りは届かない。

 これは、神への誓いを指摘に流用したことへの罰なのだろうか?


 あぁ、こんな事を考えている間にそろそろ時間だ。

 さぁ、準備をしなければ。


 今日の求婚者は二人いるが、事前に調べた限りでは、どちらも王としてはふさわしくない。

 シェヘラザードは、求婚者の待ち受ける食事の時間のために、をはじめた。


 そして大して美味くもない食事を終えて自らの満腹を感じると、彼女はようやく侍女を呼んで身支度を始める。

 やがて近寄りがたいほどに美しく着飾った彼女は、冷酷な女王の仮面をかぶり、ただ求婚者を拒絶するためだけに晩餐へと向かうのだった。


「これより、シェヘラザード陛下による求婚者の審議を行う」

 彼女が席に着くと、すぐさま近習が口上を叫び、最初の男がやってくる。

 名前は知らない。

 はじめから興味がないから。


 だが、その欲望にギラついた目を見ればわかる。

 こやつに王たる資格はない。

 欲望を持つことが必ずしも悪だとは言わないが、シェヘラザードのに気づかない段階でよろしくない代物だろうと判断した。


「シェヘラザード閣下におきましては、今日もご機嫌麗しゅう……」

「誰の機嫌が麗しいか、この愚か者め。

 能書きはいい。 はやくお前の作った料理を出すがいい」

 最初から結果はわかっている。

 ならば、くだらない能書きなど時間の無駄でしかなかった。


「これなるは、隣国で育てた牛でございまして……」

「口上はいらぬ。 はやくもってまいれ!」

 シェヘラザードの取り付く島の無い言葉にムッとしながらも、男は従僕に命じて料理を持ってくるように命じる。


 やがて運ばれてきたのは、見事に盛り付けられた肉の塊だった。

 肉が固くパサついた状態にならぬよう、この上もなくギリギリの焼き加減。

 脂のたっぷりとのったそれは、おそらく一口かじれば口の中で甘美な味を放ちつつ解けるように消えてしまうだろう。


 その上にかけられたソースからはなんともいえぬ芳香がした。

 様々な野菜と果物と香辛料を肉の旨みと一緒にじっくりと煮込まれたそれは、まさに天上の味がするに違いない。


 だが、空腹のときであれば我慢できないほどの美味も、満腹の今は見ているだけで気分が悪くなる。

 ましてや脂の濃い肉など、相性としては最悪だ。


 わずかに吐き気を感じながらも、シェヘラザードは判決を下す。


「不可」

 その短い言葉に、近習や侍女たちはそっと目を伏せた。

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