第33話 モフモフ

「優ちゃん。ウチは、魔法が使える異世界から来たっていう事は、もう信じてくれたやんな?」


 リナさんの問いかけに、僕はひたすら首を縦に振る。

 本来パソコンのウェブブラウザから見るような航空写真を、肉眼で見る事になったのだ。流石に信じない訳にはいかない。

 ちなみに、先日倒れた僕をリナさんが片手で運んで居た様子を琴姉ちゃんが見たという話も、リナさんが密かに魔法を使っていたそうだ。


「じゃあ、これで前提の話は終わり。もう魔法の事や異世界の事を全部話したから、優ちゃんには何も隠さず、ミウの今の現状を見て貰うから」

「分かった」


 リナさんが僕をミウちゃんに会わせられないと言っていたのは、どうやらこれが理由らしい。

 確かに魔法や異世界だなんて口で言われても、ほんの数分前の僕はラノベや漫画の読み過ぎだと思っただろう。

 だけど今の僕は、実際に魔法を目の当たりにし、この身で体験した。今なら、どんな事が起こっても、それを現実として受け入れられるはずだ。

 リナさんと共に僕の部屋を出て、リナさんとミウちゃんに割り当てられた部屋の前へと移動する。


「じゃあ、今からミウに会ってもらうけど、心の準備は良い?」


 リナさんの言葉に、僕は大きく頷く。

 大丈夫。あれ以上に驚くような事なんて、そうそう無いはずだ。


 リナさんがドアを開け、僕も続いて中へと足を踏み入れると、薄暗い部屋の真ん中に布団が敷かれていた。

 部屋の照明は点いていないのに、そこでミウちゃんがスヤスヤと寝息を立てて眠っているのがハッキリと分かる。

 ……ミウちゃんが、青白く発光していたから。


「リナさん。どうしてミウちゃんが光っているんですか?」

「……分からへんねん。優ちゃんと喋った後、部屋に戻ってミウと一緒に寝ててん。そしたら、突然大きな魔法の力が動くのを感じて目が覚めて、それで気付いたらミウがこうなっててん」

「なるほど。でも何が起こっているか分からないのに、どうしてリナさんはミウちゃんが消失するって分かるんですか? それと、その……僕と明日香が子作りすれば助かるっていうのも」

「その理由やけど……優ちゃん。眠っているミウの頭を優しく撫でてみてくれへん?」


 僕の質問には答えず、代わりにミウちゃんの頭を撫でろとリナさんが言う。

 一先ず言われた通りに手をやると、ミウちゃんの小さな頭や髪の毛が手に触れ、次いで温かい何かに触れる。

 それが一体何かと覗き込み、


「えぇっ!? どうしてっ!?」


 何があっても驚かないくらいのつもりでいたのに、僕はあっさりと驚愕してしまった。

 だけど、それも仕方がないと思う。眠るミウちゃんの頭に、フサフサとした大きな動物みたいな耳、いわゆる獣耳が生えていたから。


「リナさん。この犬みたいな大きな耳は?」

「犬じゃなくて、狐やねん。ウチら……ううん、少なくともウチは獣人族って呼ばれる、狐の性質を持った種族やから」

「獣人族……狐の性質」

「うん。それから獣人族とこっちの世界の人間、川村優太との間に生まれたのがミウ。でもウチより夫の性質が強く反映されたのか、ミウは獣人族の特徴は全く出てなかってん」


 狐と人間の性質を持った獣人族で、獣耳が生えているだなんて、完全に二次元の世界の話だ。

 だけど、すぐ傍で眠るミウちゃんの頭から生えたそれは、フサフサしていて、時折ピクピクと動き、とても偽物とは思えない。


「で、でもリナさん。リナさんはミウちゃんと違って、純粋な獣人族っていう種族なんですよね? でも、リナさんには今のミウちゃんみたいな獣耳は生えてませんよね?」

「あー、ウチはこっちの世界へ来るに当たって、隠蔽魔法を使っているから……ほら、これでどう?」


 リナさんに言われて、改めてその姿を見てみると、綺麗な金髪の中から黄金色のフサフサとした大きな耳、獣耳が生えていた。


「驚かせちゃってごめんね。これがウチの本当の姿やねん。夫から、こっちの世界に獣人族が居らへんって聞いていたから、耳と尻尾は魔法で隠しててん」


 そう言って、リナさんが顔を伏せる。

 よく見てみれば、お尻の辺りからフサフサした大きな尻尾も生えていて、


「イイっ!」

「え?」

「あ、ごめん。こっちの話」


 僕の嗜好にヒットしまくり、心の声が外に漏れてしまった。

 こんな状況だというのに、フサフサの尻尾をモフモフしたいという欲求が溢れ出てしまったので、それを理性で抑え込み、僕の中に湧いた疑問をぶつける。


「一先ず、ミウちゃんは人間の性質が強かったのに、突然獣人族の性質が強くなっている……っていうのは分かったよ。だけど、どうしてこれがミウちゃんの消失に繋がるの?」

「この前、優ちゃんが倒れた時に身体をチェックしたって話をしたのを覚えてる? 優ちゃんの身体の中にある血、先祖代々受け継がれる力を魔法で見てんけど」

「確か、それで僕がリナさんの夫じゃないって確証を得たんだよね?」

「そうそう。一人一人内容が違うんやけど、でも親子では一部同じ内容を継承していたりするねん」


 魔法って言っているけれど、要はDNA検査みたいなものだろうか。日本では科学の力で調べるけど。


「それを、今のミウでも調べてみてんけど……そしたら、その内容が全然違っててん。ウチの血の継承はしているんやけど、夫――川村優太の血が継承されてへん」

「……それってつまり、見た目が獣人族になっているだけじゃなくて、中身まで全然違うミウちゃんになってしまっているって事!?」


 その言葉にリナさんが静かに頷き、僕はようやく『消失』の意味を理解した。

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