第25話 保育

「はい、あーん」


 ミウちゃんとリナさん着替えが済んだ後、リビングへ移動して朝食となった。

 だがここでも、ミウにご飯を食べさせてと、リナさんからミッションが出されている。


「優ちゃん。それは、ミウの口には大きいから、もう少し小さくしてあげて」

「優ちゃん。ミウが飲み物が欲しいって」

「優ちゃん。危な……あちゃー。零れちゃったね」


 箸で小さくしたつもりだった玉子焼きはミウちゃんの口に入らず、ご飯を口に運べばイヤイヤとされ、手が当たって味噌汁が零れた。

 着替えも大変だったけど、子供の食事って大変なんだね。

 世のお母さんたちは凄いな。もちろん、僕と優子を育てた母さんも。

 そんな事を考えていると、


「お兄ちゃん、偉いっ! 私、お兄ちゃんの事を見直したよー! 流石だねっ!」


 何故か優子がニコニコと上機嫌で褒めてくる。


「優子? 偉いって、何の事?」

「お兄ちゃんがミウちゃんのお世話をしてあげている事だよ。自分の膝の上に座らせて、凄く気遣いながらご飯を食べさせてあげてるもん」


 いや、ミウちゃんにご飯をあげているのはリナさんの指示だし、気遣っている訳ではなくて、怪我をさせないように恐る恐る慎重にしているだけなのだが。


「でも、良かった。お兄ちゃん、式はいつ頃? それとも籍を入れるだけ?」

「式? 籍? 優子。何の話をしているの?」

「もちろん、リナさんとの結婚の事だよ。積極的に育児をするようになったのは、ミウちゃんを認知してあげるって事でしょ? 私、保育園の送り迎えとかしてあげるからね。じゃあ、行ってきまーす」

「優子!? ちょっと待って、優子ーっ!」


 ミウちゃんを膝の上に乗せているため、席を立った優子を止める事が出来ず、しかも激しく勘違いしたまま部活へ行ってしまった。


「あはは。優子ちゃん、めっちゃ嬉しそうに出て行ったね」

「優子は保育士を目指しているからね。今まで僕とリナさんとの関係がハッキリしなかったのに、だいぶヤキモキしていたみたいだから」


 ただ、残念な事に実際とは逆の思い込みを優子がしてしまっているけれど。


「なぁなぁ、優ちゃん。今言った保育士って何なん?」

「あれ? 他の国には無いのかな? 幼い子供を預かって、お母さんの代わりにお世話をしてあげる人の事だよ」

「あ、なるほど。乳母の事ね。ウチも出来る限りミウと一緒に居たいけど、どうしても出なあかん公務がある時は、乳母にお世話になってるわー」


 乳母? ベビーシッターの事を言っているのかな? やっぱり所々で文化や風習の差が出てくるけれど、それよりも公務ってどういう事だろうか。

 ミウちゃんも幼いし、ゴールデンウィークへ日本に来ているし、リナさんはてっきり主婦だと思っていたけれど、実は公務員なの?

 しかし海外だと五月に連休なんて無さそうだけど……あ、違うか。そもそも日本人が働き過ぎっていう事なのか。ヨーロッパ圏なんかは休暇が長いって話を耳にした事もあるし、日本と違って休みが取り易いのだろう。

 せっかくなので、リナさんの国について聞こうとした所で、突然ポケットに入れていたスマホが震えだす。


『今日の夕方なら時間があるけど……』


 スマホに目をやると、明日香に昨日送った『会って話がしたい』というメッセージへの返信が届いていた。

 リナさんにミウちゃんを預け、頭をフル回転させて返信内容を考える。


『了解。じゃあ、五時にいつものカフェで』


 たったこれだけの文章を打つのに、三回書き直して、送信ボタンを押す。

 既読マークが付いて、了解を意味するスタンプが押されたので、一先ずこれで明日香に会う事は出来るだろう。


「リナさん! 今日の五時に明日香と会う事になったんだ。明日香の誤解を解くに当たって、女性としての意見を教えて!」


 リナさんの勘違いによるキスを見られて、追いかけようとしたけど気を失って、何故か目覚めたら真夜中。

 本当はすぐに誤解を解くべきだったのに、丸一日も時間が過ぎてしまっている。

 僕の考えだけだと、ありのままを素直に話す事しか出来ないから、藁をも掴む気持ちで意見を求めると、


「大丈夫っ! ウチに任せといてっ! 絶対に優ちゃんと明日香さんの仲を元通りにして、何やったらそのまま結婚させちゃうからっ!」


 リナさんが自信満々な様子で大きな胸を逸らす。


「おぉっ! 何だか、リナさんが輝いて見えますっ!」

「ふふっ。だって、こんなん簡単な話やもん」

「そうなんですかっ!?」

「うん。だって、優ちゃんやで? 見た目も中身も格好良くて、優しくて、頼り甲斐があるし。こんなん惚れへん女の子なんて居らへんもん」

「そ、そうなんですか?」

「そうやって。優ちゃんに見つめられながら、甘い言葉を囁かれたら、そんなんウチ……キャーッ!」


 何を想像したのかは知らないけれど、何故かリナさんが一人で顔を赤く染めて、はしゃぎだす。

 しかし随分と持ち上げられているけれど、それは僕がリナさんの夫に似ているから、異様に評価が高いだけなのではないだろうか。

 少し不安を覚えつつも、先ずはリナさんの意見を聞く事にした。

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