第26話 いつものカフェ

「じゃあ、行ってきます」


 午後四時半。

 明日香と会う約束を取り付けた後、ミウちゃんと琴姉ちゃんの相手をしながら、リナさんのアドバイスを受けるという、なかなかに濃い半日を過ごした。

 正直、ミウちゃんの相手はパスさせてくれても良いのにと思いながらも、後数日しかないからと、リナさんが譲ってくれなかったのだ。


 思い返してみると、明日香のメッセージが届いてリナさんと話した後、


「パパーっ! こーれーっ!」


 ミウちゃんが遊んで欲しいと、どこで見つけたのか、小さなゴムボールを持ってきた。

 僕がリビングでボールを転がすと、ミウちゃんがそれを取って戻って来ては、また転がしてと強請ってくる。

 あわやエンドレスでボールを転がすはめになりかけたかとかと思えば、


「優君……ミウちゃんと遊ぶのなら、私も混ぜて」


 はしゃぐミウちゃんの声に反応したらしく、琴姉ちゃんが全裸でリビングへ駆けこんで来たので、すぐさま部屋に帰ってもらう。

 その後、ようやく明日香の事を考えられると思ったら、


「優ちゃん。女の子はキザな言葉に弱いんやって。ほら、恥ずかしがらずに言ってみて」


 リビングへ戻った途端に、リナさんから流石にそれはどうかな? と思える台詞の練習をさせられる。


――明日香が傍に居てくれないと、僕はもう生きていけない。


 いやまぁ、確かに僕の心情を表しているけどさ、それは今言うタイミングだろうか。

 というか、そもそもその台詞ってどうなのさ。リナさんは言われて嬉しいの? って聞いたら、


「優ちゃんに言われたら、もの凄く嬉しい!」


 って、抱きつかれてしまった。でも、流石にこれは引くんじゃないかな?

 ちなみにリナさんは、『例え何があったとしても、僕は絶対に君を守り続ける』って言われてキュンとなり、川村優太と結婚したんだって。

 ……うん。聞いても無いのに教えてくれたよ。


 そんな感じで僕はミウちゃんと遊びつつ、そこへ羨ましそうにしている琴姉ちゃんが我慢出来ずに乱入してきて、リナさんが空気を読まずに思い付きでいろんな台詞の練習をさせてきた。

 明日香との約束の時間が迫り、ある意味、ようやく解放される


「優ちゃん、頑張って! 何かあったらフォローするから!」


 家を出る直前にリナさんが声を掛けてくれたけど、スマホも持ってないのに、どうするつもりなのだろうか。

 琴姉ちゃんもスマホを持って来ていないし、そもそもこっちの状況なんて分からないだろうに。

 一先ず気持ちだけありがたく頂戴して家を出る。

 目指すは僕の家と明日香の家の間にある、よく待ち合わせをするカフェだ。ここは駅から離れているし、観光客もそこまで多く無いので重宝している。


 歩いても十分あれば余裕で着くので、三十分前に家を出るのは気合が入り過ぎているかもしれないけれど、これ以上明日香の印象を悪くしたくない。

 約束の二十分前に目的地に到着すると、


「あ、明日香」

「優斗……」


 ほぼ同時に明日香がやって来た。


「明日香。待ち合わせの時間には、まだ二十分もあるよ?」

「それは優斗にも同じ事が言えるでしょ」


 あ、そうか。と、自分でも間抜けだと思える声をあげると、明日香が笑みを零す。


「それより、早く入ろ」


 キャラメル味のラテを頼んだ明日香に続き、僕はカフェラテを注文して、奥の席へ。


「優斗って、いっつもカフェラテだよね」

「うん。殆どのお店にあるしね」

「でも、どうせなら色んな飲み物を試せば良いのに」

「そういう明日香だって、だいたいキャラメルか抹茶じゃない?」

「そ、そんな事ないわよ。前にチャイティーを頼んだ事だってあるし」

「あー、あの独特の風味のだよね。一口貰ったけど、不思議な味だったよね」


 あれは高校二年生の頃だったかな? どこかのカフェで明日香が頼んだチャイを頼んだから、珍しいなと思って一口貰ったんだ。

 だけど僕は、ストロー越しの間接キスにドキドキして、味も風味も何も分からなかった。

 あれから何も進展しないどころか、今は後退してしまっている。今日は何が何でも明日香の誤解を解かなくては。

 暫くいつもの雑談をして、話題が途切れた所で、僕は先日のキスについて切りだす事にした。


「あのさ、明日香。この前、僕の家に来た時の事なんだけどさ」

「あ……うん。ごめんね。私、優斗の邪魔しちゃってたんだよね」

「違う。違うんだ。あの後、リナさんとちゃんと話をして、全てがリナさんの誤解だったっていう事をはっきりさせたんだ」

「どういう事?」


 明日香が訝しげに僕の顔を覗き込む。


「どうやら、リナさんの夫と僕がそっくりらしくて、それでずっと勘違いしていただけなんだ。だから、あの時のキスも僕を夫だと勘違いしていたからで、その、僕は本当にリナさんとは何も無いんだ」

「……本当? 信じて良い?」

「うん。僕は本当にリナさんとは何も無い」


 真っ直ぐに明日香の目を見て、明日香も僕の目を真っ直ぐ見てくる。

 暫く互いに無言のまま見つめ合い、


「分かった。優斗がそこまで言うのなら、本当なんだよね」


 明日香が表情を崩す。

 良かった。本当に良かった。

 自分でも分かるくらいに顔が強張っていたけれど、緊張が解けて一気に力が抜ける。

 僕は手元にあったカフェラテを一口飲んで……明日香の背後、隣のテーブルに何故かリナさんとミウちゃんが居るのを見つけてしまった。

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