第21話 勘違い

「リナさん、ちょっと待って。落ち着いてください」


 リナさんが僕に迫ってくるのは、ある意味いつも通りだけど、それでも最後の砦として何かしら身に着けていた。

 パンツだったり、透けた服だったり、バスタオルだったりと、際どいけれども全裸では無い。

 むしろ琴姉ちゃんの方が全裸の事が多いけれど、だけどリナさんみたいに迫ってきたりはしなかった。

 だからミウちゃんを別の部屋に寝かせ、全裸で僕に迫るという、本気を出されたのは今が初めてで、この状況は非常に不味い。

 リナさんが恥ずかしそうに頬を赤く染めていて、金色の髪がかかる大きな胸は目の前で揺れているし、雪の様に白い肌は遮る物無く、僕の視界に映し出される。

 今の僕に残された抵抗する術は、明日香への想いだけであって、このまま肌を重ねられたりでもしたら……理性で本能が抑えられなくなってしまうっ!


「大丈夫。ウチは落ち着いてるから」

「いや、その……何度も言ってますけど、僕はリナさんの夫ではないですし、これ以上は人違いでしてしまってはダメだと思いますし」

「で、でも、優斗さんがパンツに興味を示したから……あ! もしかして、パンツフェチ!? こういう事よりも、パンツの方が好きって事なん!?」


 そう言ってリナさんが一旦僕から離れると、脱ぎ散らかした衣類の中から縞々パンツを手に取り、まだ温かいそれを僕に手渡す。


「はい。ウチの脱ぎたてのパンツ。優斗さんが望むんやったら、部屋に飾るのも、匂いを嗅ぐのも、自分で履くのも、ウチは何も言わへんから」

「待って。リナさんは僕の事を変態だと思っているの!?」

「あ、そっか。こっちの世界では、パンツは頭から被る物だっけ。恥ずかしいけど、それも構わへんよ」

「いや、パンツは被る物じゃないからっ!」


 リナさんは何の話をしているのだろう。変態が仮面にする話? それとも退屈な世界の話? いずれにしても、それらは日本の文化や風習では無いからねっ!?

 一方で、リナさんは「そうなの?」と小首を傾げている。誰だ!? 誰がリナさんに変な事を教えたんだっ!?


「じゃあ、ウチはどうしたら良い? ウチの身体もパンツもダメ。こっちの世界のお金なんて、ほとんど持ってないし、どうやって償ったらえーんやろ……」

「リナさん。その償うって、一体何の事ですか?」


 僕の言葉に、リナさんが押し黙ってしまう。

 とりあえず話が出来るようにと、リナさんをベッドに座らせ、掛け布団で身体を隠して貰う事にした。

 その後、僕が床へ座ったので、今はリナさんの顔と脚しか見えない。先程までは、僕も色々とヤバい状態だったけれど、一先ず大丈夫だろう。

 それから少し間が開き、リナさんが顔を上げると、


「あの、ごめんなさいっ! 優斗さんはウチの夫ではありませんでしたっ! ウチの勘違いでしたっ!」


 掛け布団をベッドに置き、床に降りたリナさんが深々と頭を下げる。

 全裸で頭を下げたから、重力に従って胸の膨らみが更に大きく……って、今は胸の事を考えている場合じゃない。


「えっと……じゃあ、僕がミウちゃんの父親ではないって、分かってくれたって事?」

「はい。優斗さんは、ミウの父親では無いです」

「そっか……」


 良かった。突然現れ、そして僕の事を夫だとか、父親だとかって言ってきたけれど、どうやら誤解だという事が伝わったらしい。

 だけど数日間とはいえ、完全に僕の事を夫だと思っていたリナさんが、どうして突然勘違いだったと分かったのだろうか。

 僕が眠っている間に何があったんだ!?


「リナさん。一応教えて欲しいんだけど、どうして僕が夫じゃないって気付けたの?」


 質問するたびに、僕の視線がリナさんの身体に引き寄せられてしまうので、先程とどうようにベッドに座ってもらい、話を聞く。


「えっと、最初に違和感を覚えたのは、優ちゃん……じゃなくて、優斗さんとキスした時かな」

「あー、うん。キ、キスか」

「それまでの行動も変やったけど、キスした時の感じに違和感があって、でも気のせいかなって最初は気にしてなかってん。けど、少しずつその違和感が気になってしまって、ミウを寝かしつけた後、優斗さんの身体を調べさせてもらってん」

「調べるって?」

「……それはその、優斗さんの身体を隅々までチェックしたというか、いろいろ見たというか……」


 何を? 僕の何を調べて、何を見たの!?

 若干、泣きたくなってしまったけれど、挫ける前に聞いておきたい事がある。


「まぁ、その……何をどうチェックしたのかは置いといて、とりあえず僕が夫じゃないって分かったんだよね? でも、そもそもどうして僕を夫だと思ったの? リナさんも、ミウちゃんも」

「それは、ウチとミウが勘違いしてしまう程に、優斗さんがそっくりなんです。ウチの夫でありミウの父親に、見た目も、声も、話し方まで」


 所謂、他人の空似という奴だろうか。それにしては声や話し方までとは、出来過ぎている気もする。

 しかし、確かに世の中には自分とそっくりの人間が三人居るとか、ドッペルゲンガーっていう自分とそっくりの人間が別の場所に居たりする現象があったりするらしい。

 でも、それだけでは説明出来ない事がある。


「僕とそっくりの人がリナさんの夫だっていうのは分かったけど、でも名前は? リナさんは最初から僕の事を『優ちゃん』って呼んでましたよね? まさか名前まで同じとか?」

「同じじゃないけど、ウチの夫の名前が川村優太で、普段から『優ちゃん』って呼んでたから」

「でも、明日香は僕の事を『優斗』って呼んでますよね?」

「それは、あの子が優ちゃんの名前を勘違いしているって思い込んでて……」


 リナさんが申し訳無さそうに、顔を伏せる。

 僕とそっくりの容姿の川村優太っていう人が居るのか。でも、親戚にそんな名前の人は居ないけど……まさか、父さんの隠し子とか!?

 けど、父さんと母さんは仲睦まじいし、隠し子が居るなんて信じられない。でも、リナさんは僕の家を知っていたし……いやでも、まさか……。

 僕とリナさんとの関係が何も無い事が判明して良かったものの、別の理由で頭を抱えていると、


「ご、ごめんなさい。ウチの勘違いのせいで。あの、優斗さん。大丈夫ですか? お詫びと言っては何ですが、ウチのおっぱいとか触ります?」

「いやいやいや、どうしてそういう話になるのっ!?」

「だって、パンツに興味がありそうな感じだったのに、受け取って貰えへんかったから。そうなると、いつも優斗さんがウチの胸を見ていたし、そっちの方がええんかなって」


 僕の視線がいつもリナさんの大きな胸に釘付けとなっていたのが、バレバレだった事が改めて明らかになったのだった。

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