第18話 初めての

「お兄ちゃん。私、近所の保育園とか調べてあげる」


 リナさんとミウちゃんと共にリビングへ行き、昨日と同じ席へ着いた途端に、突然優子から訳の分からない言葉が発せられた。


「優子、どういう事?」

「だって、お兄ちゃん。二人目を作る気なんでしょ? うちはお金持ちって訳じゃないし、働かないと食べていけないもん」


 二人目を作る? 保育園? 何の冗談なのかと思ったけど、依然として優子は真剣な表情のままだ。

 むしろ、少し厳しい目を僕に向けているような気がする。


「学生の身でありながら……お兄ちゃん。ちゃんと理性でコントロール出来ないの?」

「ちょっと待った! 優子は壮絶な勘違いをしている! はっきり言おう。僕は白だ」

「私には、どう見ても真っ黒にしか見えないけれど」


 そう言って、つい先程、僕の部屋で見せたようなジト目を優子が向けてきた。

 なるほど。どうやら、朝の僕とリナさんとのやりとりの事で誤解していて、非難しているらしい。

 まぁ実際、リナさんは裸に近い格好で寝ているし、話していた内容が内容だったので、仕方がない気もするけれど。


「優ちゃん。今日のウチはピンクやで」

「……いや、リナさん。何の話ですか?」

「下着の色の話とちゃうの?」

「違いますし、見せなくても良いですってば!」


 僕と優子の会話を大きく、もの凄く大きく勘違いしたリナさんがわざわざ席から立ち上がり、短いスカートをズラしてピンク色の布を見せてくれた。

 スカートを下から捲るのではなく、上からズラしてパンツをチラ見せするというのは、これはこれでエロい。

 ただ、僕を見る優子の目が生ゴミでも見るかのように冷たいけれど。


「……こほん」

「あー、とにかくだ。優子が想像しているような事は本当に無いし、これからも無いよ」

「本当に? けど、お兄ちゃん。そのうち、お父さんやお母さんが帰ってくるんだから、それまでにはちゃんとしておいてよね」


 そう言った後、優子がごちそうさまと言い残して、リビングを出て行った。ゴールデンウィークだというのに、毎日部活というのも大変だな。

 ちなみに、リナさんがミウちゃんを着替えさせている間にお風呂場へ行った所、洗濯カゴの中に昨日着ていた服はあったけど下着は無かったので、僕の尊厳は守られていたらしい。

 どうやら今朝は、リナさんにからかわれただけみたいだ。


「ミウ、ごちそうさま? もうお腹いっぱい?」


 暫くするとミウちゃんがご飯を食べる手を止め、リナさんの問いにコクコクと頷く。

 ミウちゃんが食べ終わったので、既に食べ終えていたリナさんが未だ起きてきていない琴姉ちゃんの分を取り分ける。

 それから、使った食器をキッチンへ運んで行き、


「ちょっと待って。リナさん。後片付けなら、二人で一緒にやろう」

「一緒に? 優ちゃん。ありがとー」


 何とか間に合った。

 このまま放っておくと昨日の二の舞になりそうだったので、残りのご飯を一気に食べ終え、僕もキッチンへと向かう。

 一緒に何かをするというのが良かったのか、昨日と違って断られず、むしろリナさんが上機嫌で、ミウちゃんを連れて来た。

 これならリナさんが食器を壊すのを防ぐ事が出来るし、リナさんが傍に居るから、僕がミウちゃんに抱きつかれて気を失う事も無い。

 我ながら完璧な展開だと思いつつ、リナさんの隣に立つ。


「じゃあ、僕がお皿を洗って渡すから、リナさんはそっちの食器立てに並べてくれる?」

「うん、任せてー」


 シンクに置かれている僕たちの食器や、優子が朝食を作る時に使った調理器具を洗い、水で流してリナさんへ手渡す。

 食器を受け取ったリナさんは、それらを並べていくのだけれど、僕が水を流した時に驚いたのは何故だろう。いくらなんでも、水道が無い国……いやいや、そんな訳は無い。

 深く考えるのは止め、別の食器を洗っていると、リナさんが嬉しそうに声を上げる。


「ふふっ。こうしていると、何だか結婚直後みたいやね」

「あー、確かに新婚さん……って、いや、僕たちは単に食器を洗っているだけ……」


 僕は最後まで言葉を発する事が出来なかった。

 何が起こったのか理解出来ず、僕の視界いっぱいにリナさんのはにかんだ笑顔が広がる。


「えへへ。こっち来てから、全然してくれへんかったから、ウチからしてみた」


 少し弾んだリナさんの声が耳に届いた直後、僕はようやく唇に触れた柔らかい感触が何だったのかを想像し始めた。

 プルンとして柔らかく、少し湿っていたような気がする何か――十中八九、リナさんの唇が僕の唇に重ねられていたのだろう。

 つまり、キス。初めてのキス。女の子とのキス。

 想像もしていなかった、想定外のタイミングでファーストキスを金髪美少女に奪われ、喜ぶところなのかと悩んでいると、


――ゴトッ


 不意に後ろから物音が聞こえた。

 何事だろうかと、音がした方に顔を向けると、どういう訳かそこに明日香が立っていた。

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