第16話 血
「えっと、優ちゃん。これって、どうやって使うの?」
公園から帰宅すると、リナさんが昼食を作ると言ってくれたのだけど、ガスコンロの使い方が分からず助けを求めてきた。
我が家にあるのは至って普通のガスコンロで、前衛的なデザインでもなければ、IHですらない。
「ここを回して……ほら」
「あ、青い火が出た。どうして火が青いん?」
「どうして……って、普通のガスコンロは青い炎だと思うんだけど」
海外は違うのだろうか。
でも、流石に同じだと思うのだけど。
「えっと、切った野菜を入れる装置は?」
「装置? ……鍋なら、これだけど?」
リナさんが鍋を片手に小首を傾げている。
野菜を切る手際は悪く無かったから安心していたけれど、本当に大丈夫だろうか。
手を出すべきかどうかと迷っていると、
「ゆ、優君。助けて……」
微かに琴姉ちゃんの声が聞こえてきた。
砂場で本気を出し過ぎたからシャワーを浴びると言っていたので、お風呂場へ向かうと、琴姉ちゃんが脱衣所で固まっている……全裸で。
引き締まった小さなお尻が……って、見ちゃダメだっ!
「こ、琴姉ちゃん?」
「あ、優君。これ……どういう事?」
「え? ……な、何これっ!?」
ついつい視線が下の方に行っていたけれど、少し視線を上げると、浴室の扉からもわもわと湯気が出続けている。
浴槽いっぱいに熱湯を注いだらこんな感じになるのかもしれないけれど、シャワーや蛇口から熱湯なんて出ない。せいぜい四十度強が良い所だろう。
公園に行く前にリナさんがミウちゃんと入っていたから、それまでは異常が無かったはずだけど、給湯器でも壊れたのだろうか。
「優斗ー! ちょっと来てー」
今度は明日香の声が響いた。
リビングでミウちゃんと遊んでくれているはずだけど、
「あちゃー。零しちゃったのか。ちょっと待ってて。布巾と雑巾を持って来るから」
到着すると、テーブルから牛乳が零れ落ちていた。
一先ず急いでテーブルと床を拭いたのだが、明日香が何か言いたそうだ。
「あのね、優斗。これ、ミウちゃんが零した訳じゃないの。ミウちゃんがミルクを欲しがったから、洗ってあったカップに牛乳を注いだら、こうなったの」
「どういう事?」
「こういう事よ。これ、何?」
そう言って、明日香がカップを手に取って見せてくれたものは、底が抜けていて、ただの筒になっていた。
はっきり言って、カップの体を全くなしていない。
「これ、僕のカップだ。朝食の時は普通に使っていたのに……」
確か、リナさんが洗ってくれて……って、何か変な匂いがする。
何かが燃えているような、焦げているような嫌な……
「って、リナさん! 鍋っ! 鍋が焦げてるっ!」
「え?」
「え? じゃないよっ! 火を止めてっ!」
一体、何を作ろうとしていたのか。
慌てて火を止めると、黒く焦げた鍋の中に、真っ黒になった肉や野菜だった物が見えた。
「優ちゃん。なんで焦げたん? エーアイっていうのが、勝手に調理してくれるんじゃなかったん?」
「パパー! ミルクー!」
「優君。シャワー浴びたい」
鍋に水も入れずに、最大火力で放置していたリナさんに訳の分からない事を言われ、喉が渇いたミウちゃんが僕の足に抱きつき、奥からは未だに全裸のままの琴姉ちゃんが近寄って来る。
何これ? 一体、どういう状況なの?
「ゆ、優斗。女の子に囲まれて、随分と楽しそうね……」
その上、一歩離れて見ていた明日香が不機嫌に!? どうして!? この状況のどこが楽しそうなのさっ!
それに囲まれていると言っても、謎の人妻に、幼女と従姉弟だよ?
とりあえず、お昼ご飯が絶望的になってしまったので、僕と明日香でスーパーへ人数分のお弁当を買いに行き、琴姉ちゃんには濡れタオルで身体を拭く事で我慢してもらった。
皆で昼食を終え、買い足したカップでお茶を飲んでいると、
「優君。お風呂が壊れたのは困った……。今晩どうしよう……」
琴姉ちゃんが、僕に何とかして欲しいと言いたげな視線を送ってくる。
僕としては、琴姉ちゃんの露出を何とかして欲しいんだけど。
「え? 優ちゃん、お風呂壊れたん!?」
「そうなんです。さっき扉を開けたら、中から大量の湯気が出続けていて」
「……あ! そ、それは壊れた訳じゃないと思うなー」
「どういう事ですか?」
「いやー、朝にミウを温めようとして、ちょーっと温度調整と持続時間を誤ったというか……まぁお昼過ぎには収まるかなー。あははは……」
リナさんが不思議な事を言っているけれど、そう言えば朝にも似たような事を言っていた。
もしかして、最高温度に設定したシャワーを出しっ放しにしていたとか!?
僕がリナさんの言葉の真意を汲み取ろうと見つめていると、気まずく感じたのか、露骨に話題を変えてきた。
「そういえば、このカップ。今朝は無かったけど、何で急に買ってきたん?」
「いえ、何故かは分からないんですが、今朝洗ってもらったカップの底が全て抜けてしまっていて」
「……そ、それはウチのせい、かな」
「と、言いますと?」
「ちょっと、洗う時の水の勢いが強すぎたかも。ごめんね」
カップの底が抜ける程の水の勢いって、どんなのだろう。正直、全く想像がつかないのだけれど、そもそも我が家の水道は普通の水道だからね? そんなに高圧の水なんて出ないよ?
何故か落ち込んでしまったリナさんをフォローしつつ、午後はまったりと過ごす。
意外な事に、リナさんの言う通りお風呂は壊れていなくて、お昼過ぎには湯気もピタリと止まった。
……
その夜。
明日香が家に帰り、はしゃぎ過ぎたのか、琴姉ちゃんが早々に就寝した。
優子も部活で疲れたのか、夕食を済ませた後、すぐにお風呂へ入って自分の部屋に戻っている。
今はリナさんがミウちゃんをお風呂に入れているけれど、ミウちゃんはお風呂上がりにすぐ寝てしまうだろうから、僕とリナさんが真剣な話をするには持ってこいの状況だ。
公園で決意した通り、厳しくリナさんと話をしよう。
そう思って、リビングで待っていると、
「ちょっと、ミウ! 待ってー!」
どうやらお風呂が終わったようだ。
「あ、パパー」
「ミウ。パパに遊んでもらうのは、パジャマを着てからやでー」
立ち上がって声のした方を見ると、全裸のミウちゃんがトコトコと近寄ってきて、僕の足に抱きいてきた。
そのミウちゃんにリナさんが走り寄り、無理矢理パジャマを着せている。
幼い顔立ちだけど、しっかりお母さんをしているなと思ったのだが、ポタポタと髪の毛からお湯が滴るリナさんは、白いバスタオルを身体に巻いただけの姿だ。
お風呂から出てすぐの、ほんのりと肌がピンク色に染まり、湯気と共にシャンプーの香りを立ち昇らせる無防備な姿で、リナさんが僕の足元にしゃがみ込んでいる。
「パパー?」
最初に気付いたのはミウちゃんだった。
「あ、やばっ!」
「えっ!? えぇっ!? ちょ、ちょっと優ちゃん!?」
シースルーとも、濡れて透けたワンピースとも違う。
バスタオルを巻いただけのリナさんの豊満な胸を真上から直視してしまい、意図せず赤い液体を鼻からダラダラと流してしまった僕は、情けない事にその場で倒れてしまったのだった。
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