第15話 公園

「着いたーっ!」


 いろいろあったけれど、何とか目的地の公園まで辿り着いた。

 家の近くにある、滑り台や砂場くらいしかない小さな公園だけど、駅から伏見稲荷大社へと続く道に面しているため、人通りは多かったりする。

 そこで僕がミウちゃんを降ろした直後、


「一緒に遊ぼ! 大きな山を作ろう!」


 琴姉ちゃんがミウちゃんの手を取り、砂場へ向かう。

 凄いな。

 僕はミウちゃんと一緒にここへ来るだけで、かなり疲れた気がするけれど、琴姉ちゃんは全くそんな素振りが見えない。というより、むしろミウちゃんと遊んで居る方が、琴姉ちゃんが活き活きしている気がする。


「琴音さんって、凄いね。私なんて、ここへ来るまでに随分疲れたのに」

「明日香も? 僕もだよ。流石に子供を抱っこしながら歩く経験なんて無かったしね」

「そうだね。それにリナさんだって、私たちが小さな子供を抱っこするのが初めてだって分かっているのか、しっかりフォローしてくれていたしてね」


 明日香の言葉に僕も深く頷く。

 今もそうだけど、リナさんは砂場のすぐ傍に立って、琴姉ちゃんと一緒に砂山を作っているミウちゃんを片時も目を離さずに見つめている。

 家では水を零しまくったり、シャワーでびしょ濡れになったりとドジな所もあったけれど、母親としてしっかりミウちゃんを見守っているんだ。


「私も将来、あんなお母さんになれるかな?」

「明日香なら大丈夫だよ。絶対に、良いお母さんになると思う」

「そ、そうかな。……ど、どうして優斗はそう思うの?」

「だって明日香は凄く優しいから。中学でも高校でも、困っている人が居たらすぐに声を掛けていたしさ。中学三年生の頃だっけ? 坂口さんがクラスで孤立しているのに気付いて、卒業式の頃には皆と打ち解けさせていたのって」

「そ、それは当たり前の事をしただけというか、それを言うなら優斗だって、小学生の頃に……」

「あ、それだけじゃないよ。明日香は生物のお世話がしっかり出来るでしょ? 小学生の時、クラスで飼っていた魚のお世話もしっかりやってくれていたよね」

「あー、金魚の金ちゃんだよね。懐かしいねー。大きく育ったから、最終的に学校の中庭にある池へ放す事になったよね」


 明日香と二人で昔の思い出話に花を咲かせていると、


「ねぇ、優斗。さっき言いかけた、小学生の頃に私を助けてくれた話。どうして、優斗は私の事を助けてくれたの?」

「え? だって、それは明日香が困っていたから」

「でも、優斗は列の前の方に居たよね? 後ろに居た私が困っていた事に、どうして気付いてくれたの?」


 十年越しになろうかという質問が飛んできた。


「優斗。あの時、優斗に助けてもらって凄く嬉しかった。私が困っている事に気付いてくれた子が居て凄く有り難かった。それ以来、私は私を助けてくれた優斗の事をずっと見てきた。優斗は、どうして私を助けてくれたのかな?」


 明日香の口から先程と同じ質問が再び繰り返される。

 だけどさっきとは違い、明日香が何かを決意したかのような、何かを期待しているかのような表情を浮かべていた。

 これは……明日香は僕の想いに気付いている? 僕が想いを伝えるのを待っている?

 いや、流石に僕の自意識過剰か? だけど……明日香の表情が今までになく真剣だし、伝えるべきか!?

 どれくらい時間が経ったのかは分からないけれど、明日香と無言のまま見つめ合っていると、


「優ちゃん。随分と楽しそうにお喋りしていたけれど、ミウとも遊んであげてくれへん?」


 何時の間に近寄ってきていたのか、僕の右腕にリナさんが抱きつきながら、上目遣いで見つめてきた。


「リ、リナさん!?」

「ほらほら。琴音さんが砂で凄いお城を作ってるやん。優ちゃんもミウと一緒に何か作ってや」

「琴姉ちゃんが……って、うわっ! 何あれ!?」


 リナさんに言われて砂場に目をやると、ヨーロッパとかにありそうなお城が一メートル程のサイズで再現されている。

 本気になれば何でも凄い人だとは思っていたけれど、細かい所まで造りこまれていて、どうやって砂でここまで完成度を高めたのかと教えを乞いたいレベルだ。

 一方で、同じ砂場に居るミウちゃんは、拾った枝か何かで、琴姉ちゃんの力作の城壁に穴を開けていた。


「ちょ、ちょっとミウちゃん。お姉ちゃんの邪魔をしちゃダメだよ?」

「優君、大丈夫。ミウちゃんの好きにさせてあげて」

「え? でも、こんなに凄いのに」

「いいの。ミウちゃんと遊んで居る内に、少し熱が入り過ぎただけ。優先すべきは創作ではなく、ミウちゃんが遊ぶ事」


 実際、ミウちゃんは楽しそうに穴を開けている。

 何かを壊す事が楽しいのか、それともミウちゃんなりにお城作りを手伝っているつもりなのか。

 僕にはミウちゃんの考えている事は分からないけれど、笑顔を浮かべている事に違いは無い。

 琴姉ちゃんは薬学を学ぶ中で、子供の相手の仕方なども学んだのだろうか? 何にせよ、やっぱり琴姉ちゃんは凄い。

 これは僕の出る幕は無いかと思い、明日香に目を向けると、何やらリナさんと再び火花を散らしているように思える。


「ちょっと、二人とも。どうしたの?」

「別に、何でもないわ」

「そうそう、何でも無いねん。ウチと優ちゃんの間に入り込む余地なんて、僅かにもあらへんねんから」


 二人がどんな話をしていたかは分からないけれど、砂場で笑顔を浮かべるミウちゃんと琴姉ちゃんに対し、こちらの二人は目が笑っていない笑顔だ。

 いい加減に、この訳が分からない状態を解消しなければならない。

 リナさんには悪いけれど、明日香が帰った後で、少しキツめに話をさせてもらおうか。


 僕は明日香の事が好きだ。


 この想いが変わる事なんて無くて、僕の心にリナさんが入り込む余地が無いのが現状なのだから。

 改めて決意を胸に刻み込んだ所で、


「あの三人って、どういう関係なんだろ?」

「三角関係じゃない?」

「でも、砂場に居る小さな子って、絶対にあの金髪少女の娘よね?」

「だけど、黒髪美人が一緒に遊んで居るんだけど」

「もうっ! この五人は一体どういう関係なのよっ」


 僕たちは昨日と同様に、公園で休憩していた観光客から好奇的な目を向けられてしまったのだった。

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