第14話 抱っこ

 どうして、このタイミングなんだ。


 慎重に慎重を重ね、ようやく明日香と手を繋げるという所で、ミウちゃんの無邪気な声で遮られてしまった。

 もちろんミウちゃんに悪気なんて有る訳ないのは分かっているけれど、それでもタイミングの悪さに呆然としていると、


「ほらほら、優ちゃん。左手はお尻の下で、右手は背中やで」


 何時の間にか柔らかくて温かい何かが僕の胸に押し付けられている。

 気が付けばリナさなんが僕の手を動かしていて、


「パパーっ!」


 予想外に近い場所から聞こえたミウちゃんの声と共に、僕の首に細くてムニムニしたものがギュッと巻きつけられた。


「流石、優ちゃん。ちゃんと身体が覚えてるんとちゃう? 抱っこ、上手やん」

「優君。羨ましい……」

「優斗、まさか本当に……」


 僕がぼーっとしている間に、リナさんが正面に居て、右と左に琴姉ちゃんと明日香が居る。

 僕を囲みながら三者三様の反応を見せているけれど、視界にミウちゃんの姿はない。

 という事は、今僕の首にしがみつくようにして密着しているのがミウちゃん!?


「――っ!?」


 短い腕を僕の首に回す、小さな身体を意識してしまったからか、僕の身体が強張る。

 ミウちゃんを絶対に落としてはいけないと思う一方で、このまま力を込めたら骨が折れてしまうのではないかと思えてしまう。

 だけど先程のリビングとは違い、目の前にはリナさんが居て、琴姉ちゃんも明日香も居る。

 だから、誰かが何とかしてくれるだろうという想いもあって、気を失う程では無いけれど、それでも早く誰か助けて欲しい。


「じゃあ、優ちゃん。ゆっくりで良いから歩こっかー」


 マジで!?

 鬼か!? 鬼なのか!? リナさんの娘だよ? 万が一にも僕がミウちゃんを落としちゃったらどうするのさ? 下は布団やマットではなく、アスファルトなんだよ? 本当に大丈夫なの?


 ……いや、やっぱり無理だ。今、ミウちゃんを抱きかかえているだけで、変な汗が流れ出ているのが自分でも分かる程なんだ。

 正直言って、今の状況が怖い。誰か、誰か助けて。


「優斗。ミウちゃんがしっかり抱きついているから大丈夫だよ。リナさんが教えてくれた持ち方で安定しているし、すぐ傍に私やリナさんだって居るからね」


 動けない僕を見かねたのか、明日香が僕の右手にそっと手を添えてくれた。

 それだけで、先程まで強張っていた僕の身体からスッと力が抜けて、リラックスしている。


 明日香が傍に居てくれるなら行ける……そう思ったら自然と足が前に出て、あれほど怖かったミウちゃんと密着したままで、普通に歩けている。

 明日香の存在が僕のトラウマを上回った! なんて凄い事だろうと思い、内心感動していると、


「あ、あのさ、優斗。私にも、ミウちゃんを抱っこさせてもらっても良いかな?」

「ずるい。それなら私も……」


 暫く歩いた所で、明日香と琴姉ちゃんがミウちゃんを抱っこしたいと言ってきた。

 明日香が手を添えてくれたのは、僕の事を気遣ってくれた訳ではなくて、ミウちゃんを抱っこしたかったからなの!?

 ちょっと思っていたのと違う事が起こったけれど、一先ず声を掛けた順番でと、先ずは明日香にミウちゃんを抱っこしてもらう事にした。


「パパー」


 ちょっと悲しそうな声を上げるミウちゃんに心の中で謝りながら、明日香へ近づく。


「気をつけてね」

「大丈夫よ。これでも、本はいっぱい読んだもん」


 前に言っていた育児の本だろうか。

 そんな事を考えながら、両手で支えたミウちゃんを明日香に抱き寄せてもらおうとして、


――ふにっ


 僕の手が小さな膨らみに触れた。

 リナさんの弾力のあるそれとは感触が全然違うけれど、僕の手の位置から考えても、さっきの感触は明日香の胸ではないだろうか。


「ミウちゃん。怖くないからねー。お姉ちゃんが抱っこしてあげるねー」

「パパがいい」

「えぇーっ! ミウちゃーんっ!」


 しかも、当の明日香は全く気付いていない。

 手は繋げなかったけれど、ミウちゃんのおかげでそれ以上に良い体験が出来たような気がする。

 あ、もちろん故意にやった訳ではないので。これだけは、声を大にして言わせて貰わなきゃ。あくまで事故。そう、今のは事故なんだ。


 そのまま暫く歩いた所で再び「パパがいい」と言うので、またもや僕の所へミウちゃんが戻って来た。

 今度は胸らしき物に触れたような感触は無かったけれど、それでも明日香と手が触れているので、十二分に嬉しい。

 無垢なミウちゃんを抱っこしながら邪な事を考えてしまって申し訳ないけれど、でも、これならトラウマを克服出来るかもしれない!


 明日香にサポートしてもらいながら暫く進むと、


「優君。そろそろ私も……」

「あ、そうだね。じゃあ、琴姉ちゃん。気をつけてね」


 もう我慢出来ないとでも言いたげな琴姉ちゃんが声を掛けてきた。

 明日香の時と同じくミウちゃんを抱き寄せてもらおうとして、


――むにゅん


 僕の手が弾力のある大きな膨らみを押し潰す。

 なるほど。同じ胸だけど、大きさによって感触が……って僕は何を考えているんだっ!

 家の中と同じく無邪気にミウちゃんを可愛がる琴姉ちゃんと、自分の娘をしっかりと見守るリナさん。そして、おそらく自身の子育ての予習をしているであろう明日香を前にして、全然違う事を考えていた僕は、一人猛省する事にしたのだった。

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