第2話 自称妻と娘

「優ちゃん、大丈夫? おっぱい揉む?」


 抱きついてきた金髪少女の言葉に驚き、僕が絶句していると、追い打ちをかけるようにして、更にとんでもない事を言ってきた。


「ほらほら、遠慮しないで。右? 左? それとも両方?」


 流暢な日本語と共に、金髪少女が細い指で僕の左手首を掴むと、そのまま上に持ち上げる。

 その先には薄手のパーカーを盛り上げる大きな膨らみがあり、僕の左手が吸い寄せられるように、


「てぇいっ!」


 触れる直前、小さな衝撃で手が弾かれた。


「ちょっと、優斗っ! 何をしているのっ! それから貴方も! いきなり胸を触らせようとするなんて、一体何を考えているんですかっ!」


 僕の手に手刀を放った明日香が頬を赤く染めて怒っている。

 いつもおっとりとして優しい明日香だけど、こんなにも怒るという事は、こういう行為が嫌いなのだろう。

 もしも告白が上手く言って恋人関係になったとしても、こういう行為はかなり慎重に行わないといけないみたいだ。

 一方で、一緒に手を弾かれた金髪少女は僕から少し離れ、明日香の顔をキッと睨む。


「ちょっと、何するん!? ウチと優ちゃんの事やねんから、部外者は口を挟まんといてっ!」

「なっ……こんな公共の場所で何を考えているのよっ! それに、ウチと優ちゃんの事って言うけど、一体貴方は誰なのよっ!」

「誰って、ウチは優ちゃんの妻に決まってるやん。ウチと優ちゃんは夫婦やねんから、他人が口出しせんといてっ! ……あ、そうや。優ちゃんの家に行こっ! そしたら周囲の目なんて気にせず、ゆっくりイチャイチャ出来るやん」

「夫婦って、何を言っているのよっ! 第一、ついさっきだって、優斗から『どちら様?』って聞かれていたでしょっ!」

「何なん? ウチらの会話をしっかり聞いているのに、ウチが誰か聞いたりして。そっちこそ誰なん!? 優ちゃんとどういう関係なん!?」


 僕の妻だと自称する高校生くらいの金髪美少女と、明日香が火花を散らす勢いで睨み合っている。

 だが金髪少女の言葉を最後に、突然明日香が口を噤む。

 僕と明日香の関係……か。幼馴染み? ただの友達? それとも友達以上恋人未満?

 明日香の答えが気になり、僕も金髪少女と共に待っていると、


「わ、私は、戸川明日香。優斗の……幼馴染みよ」


 先程までの勢いはどこへ行ったのか、急にトーンダウンして、最後には小声になってしまった。

 そうか。いや、分かってはいたけれど、僕と明日香は幼馴染みだよね。僕が勝手に変な期待を抱いていただけでさ。


「幼馴染み? それってただの他人やんな?」

「ち、違うもん。私は、優斗と小学生の頃からずっと一緒に過ごして来たし、誰よりも優斗の事を見てるもん。そもそも、優斗は結婚なんてしていないし、貴方が出鱈目を言っているだけよっ!」

「ずっと一緒って、そんな訳ないやん。だって、ウチがアンタの事なんて知らんねんから。それと、ウチの名前はカワムラ=リナ。正真正銘、優ちゃんの妻や!」


 再びリナと名乗る金髪少女と明日香の口論が始まったかと思うと、突然リナが僕の左腕に抱きついてきた。

 フニュフニュした柔らかい膨らみに僕の腕が埋もれる!


 これは、この今まで体験した事が無いほど柔らかい感触は……まさか、おっぱい!?


 明日香には無い女性の象徴とも言える温もりに包まれ、一瞬頭の中が肌色一色に染まって、何も考えられなくなってしまった。

 おっぱい、恐るべし。

 でも、僕はこの女の子の事を知らないし、もちろん夫でも無い。他人の空似というやつで、きっと誰かと勘違いしているのだろう。

 その事をリナに伝えようとした所で、


「パーパァ! だっこーっ! だーっこぉーっ!」


 僕の足元に居たミウちゃんが再び抱っこを要求し始める。


「優ちゃん。ミウを抱っこしてあげて」

「え? いや、でも……」

「どうしたん? やっぱり優ちゃん、ちょっと変やで? ミウ、ママが抱っこしてあげるからおいで」


 僕の腕から離れたリナが、しゃがみ込んでミウちゃんを抱き上げると、


「ママー」


 先程まで不機嫌そうだったのが嘘の様に、笑顔となっていた。


「ちょっと待って。貴方がその女の子の母親だというのは、まだ分かるわ。二人とも金髪だし、顔立ちだってどこか面影があるもの。でも、その女の子は二歳くらいでしょ? リナさん。貴方は一体何歳なの!?」

「ウチ? 二十歳やで。ミウは八月で二歳になるわ。な、優ちゃん」


 いや、そこで僕に振る意味が分からないんだけど。

 それよりリナ、いやリナさんが僕たちより年上っていうのが信じられない。どう見ても高校生にしか見えない容姿なのに、二十歳だって!?


「待って待って。優斗に話を振っているけれど、まさかその女の子が優斗との間に出来た子供とでも言う気なの?」

「もちろんやん。ミウのパパは優ちゃんやもんなー」

「うん。パパー」


 呆気に取られる僕を置き去りにして、二人がどんどん話を進めて行くし、リナさんの問いにミウちゃんが僕を見つめながら、大きく頷く。

 いやいやいや、だからそんなの有り得ないってば。その計算で行くと、僕が高校生の時に結婚した事になる。

 というか、出来ちゃった婚とかでなければ、僕が十六歳で結婚している事になって……って、法律的に無理だよっ!

 いや、そもそも悲しい話ではあるけれど、僕はそういう事をした事なんて、一度も無い。

 リナさんが勘違いしている事を、具体的に説明してあげようとした所で、


「ねぇねぇ。あれって、痴話喧嘩かな?」

「でも、全員若いのに子供まで居るわよ!?」

「えっ!? じゃあ、あの歳で不倫!? 最近の若い人は一体、何を考えているのかしら!?」


 通りかかった日本人観光客のおばさんたちが、白い目で僕らを見て苦笑を浮かべる。


「えっと、とりあえず場所を移そうか」


 ヒートアップしていた明日香とリナさんに提案し、一先ず移動する事にしたのだった。

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