第3話 寛ぎの場所

「ここなんてどうかな? さっきの場所よりは落ち着いて話が出来ると思うけど」


 普段の週末より外国人観光客は少ないけれど、その分日本人観光客が多いので、一旦伏見稲荷の境内から出る事にした僕たちは、少し離れた場所にある静かなカフェへとやって来た。

 ここならテーブルを挟んで対話出来るし、少なくとも先程のような一触即発の至近距離での睨み合いなんて事にはならないだろう。

 ただ、僕としてはミユちゃんのお母さんが見つかった事だし、すぐにでも明日香と二人でどこかへ行きたいのだけれど。

 ちなみに、ここまで歩いてくる途中、はっきりと「僕は結婚なんてしていないし、妻も娘も居ない。僕はリナさんとは初対面だ」と伝えたのだけれど、リナさんが「優ちゃんったら頭でも打ったのね。大丈夫? おっぱ……」と言いかけ、再び明日香に攻撃されそうになってしまった。


「待って。もー、優ちゃんったら。結局ここやと、関係の無い第三者に話が聞かれちゃうやん。ウチが良い場所知ってるから、ついて来て」

「ちょ、ちょっと待って。それって、ここから遠いの? それに、あんまり変な場所には行きたくないんだけど」

「大丈夫やって。ここから近いし、優ちゃんも良く知ってる場所やって」


 ミユちゃんを抱っこしたリナさんが、任せてと言いながら先頭を歩きだす。

 仕方なく、その後ろ姿を追って、僕と明日香も歩き始めた。

 前を歩くリナさんを眺めていると、長いサラサラした金髪が腰の辺りまで伸びていて、風になびく度に輝いているかのように錯覚する。

 今は見えないけど、小柄な身体の割に胸が大きいのにスリムで、ホットパンツから伸びる柔らかそうな太ももは、白くて細い。

 それに顔だって二十歳とは思えない童顔で整っているし、美少女だと言って全く差し支えが……いや、もちろん明日香の方が可愛いよ?

 今日の明日香は、白いキャミソールの上にピンクのカーディガンを羽織り、足首まで伸びるロングスカートで、肌の露出を抑えた清楚な装いだ。

 はっきり言って、胸以外で明日香が負ける要素なんてどこにも無い……と、隣に並んで歩く明日香を見ていると、その瞳がジッと僕の事を見つめてきた。


「ねぇ、優斗。この人の事、本当に知らないのよね?」

「本当だって。だいたい、僕に妻や娘が居ると思う? アルバイトすらしていない学生なのに、養える訳も無いしさ」

「むー。それはそうだけど、でも優斗の家って、結構大きいじゃない」

「それは、先祖代々受け継がれている家に住んでいるだけだよ。大きいと言っても、古い造りだから二階建てだし、築何十年だよって感じだしさ」


 明日香の言う通り、僕の家は広さと部屋数だけはそれなりにある。

 でも正確には知らないけれど、築百年近く経っているのではないかなと思うくらいに古い。

 それに駅から近い訳でもないし、坂ばかりの山の中だ。単に土地が安かったから、広さが確保できているだけではないだろうか。


「ところで、どうして、さっきあの人が胸を触らせようとした時、抵抗しなかったのかな?」

「えっ!? いや、だって咄嗟の事だったから。抵抗も何も、何をさせられようとしているのか気付いて無くて」

「じゃあ、私が助けてなかったら、あの人の胸を触っていたって事なの?」

「そ、そんな訳ないじゃないか。僕が見ず知らずの女の人の胸を触ったりすると思う? 気付いた瞬間、手を引っ込めるって」

「ふーん。でも、その割にまた『大丈夫?』の話を引き出したじゃない。優斗はそんなに大きな胸が好きなの!?」

「あれは、そんな事を考えた訳じゃないよっ! ただ僕の潔白を宣言したかったんだってば」


 気付けば明日香がいつの間にかジト目で僕を見ていて、「どうだかねー」なんて呟いてくる。

 やっぱり、こういうエッチな話は明日香にはタブーなんだな。ただ、今回は僕から話を振った訳ではないので、少し理不尽に思えなくもないけれど。

 そんな話をしている内に景色が随分と様変わりして、住宅地へと入っていた。


「あ、あれ? ちょっと待って。優斗、ここって……」

「ん? え!? な、何でっ!?」


 明日香と話しながらリナさんについて来た結果、車一台がやっと通れる程度の狭い道を挟んで、民家が密集している場所に着く。


「到着ー。ここならゆっくり出来るし、ミウも自由に動けるやろ?」


 リナさんが抱っこしていたミウちゃんを下ろしたのは、見慣れた古い家。そう、僕の家だ。


「ちょっと待って。どうして、リナさんが僕の家を知っているのさ」

「どうしてって、優ちゃんの実家やから知ってるに決まってるやん。前に一回来た事あるし」


 どういう事!? 来た事があるって言われても、呼んだ事も無いし、そもそもリナさんとは本当に初対面だ。

 僕が忘れているだけ? いや、そんなの絶対にあり得ない。外国人で金髪で、おまけに年上なのに年下に見える巨乳美少女の事を忘れるとは思えない。

 その上、僕と夫婦だと言う人なのに。

 無言で僕の顔を見つめてくる中、必死で考えるけれど、やっぱりリナさんが僕の名前と家を知っている理由が分からない。

 もしかして、優子のお友達とか? いや、でも仮にリナさんが優子の友達だとして、兄をからかうために、こんな事をするとは思えない。


「じゃあ、優ちゃん。お邪魔するで?」

「え? ちょっと、リナさん!?」


 何の躊躇もなくリナさんが僕の家の門を開け、ミウちゃんと共に庭へと入って行く。

 元々こういう豪胆な性格なのか、それとも本当に勝手知ったる家なの!?

 そのまま母屋の玄関へと進んだリナさんが、ガラガラガラと古い引き戸を開けて中へ。


「お久しぶりですー。リナですー。お邪魔しまーす!」


 誰に言う訳でも無く、大きな声でリナさんが叫ぶと、


「ん……? 誰?」


 廊下の奥から、キャミソールとパンツだけという、決して人前に出られる恰好ではない女性が現れた。

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