第39話 メイドインサービス

 メイドカフェ初日、午後のドゥルキスでは、学校帰りのニーナに四季とケットシーのアイリが準備を始めていた。



「おぉ。ニーナちゃん、メイド服似合うにゃ」



「ありがとうございますなのです。アイリさんも、猫耳と尻尾のメイド服は破壊力抜群なのですよ」



 アイリのは照れたように笑うと猫耳がピクピク動き、尻尾は左右にリズミカルに揺れていた。



「おはよーございます!」



 ドゥルキスのドアが開くと、遅刻ギリギリでセイラがやって来た。



「セイラ、早く準備をしてくれ」



 カウンター席に座っていた四季は、振り向くとセイラを睨み付けた。



「ごめん、四季ちゃん。メイド服に合う髪型考えてたら、時間なくなっちゃった。あれ? アイリちゃん。氷芽ちゃんは?」



 四季はセイラの為に準備していたメイド服を手渡しながら、話し始めた。



「氷芽は、海辺で拾った貝殻を耳に当て波の音を聞きながら、小枝を使い砂浜に『好き』って書いたものの、波に半分消されて『あっ』とか言って、小枝を放り投げ。私、こんなとこまで来て、何やってんだろ?的な」



「四季ちゃん。全然分かんない」



 アイリは困ったように笑うとセイラを見た。



「単純に氷芽ちゃんは低血圧でキツイから、アイリに電話して来たにゃ。アイリ、今日はダンスの学校ないし面白そうだから引き受けたにゃ。でぃあちんにも伝えてあるにゃ」



「なるほど。仕方ないか、ディアボロスまた来るんだ。私、すぐ着替えてくるね」



 セイラはそう言い残すと控え室へと入っていった。

 四季はバックバーに入ると、カウンターに置いてあるメニュー表を取り、ニーナに手渡し説明を始めた。



「ニーナ。これが昼の部のメニュー表。まだ、実験的だからオムライスとカレーライスどっちかだけ。で、ドリンク付きね。ドリンクは、ここから選ばせてあげて」



「ハイなのです。四季さんは料理出来るのですね。凄いのです」



 四季は手を口に当て、勝ち誇ったように笑うと口を開いた。



「小娘! 聞いておきなさい。男の心を掴むのではなく、胃袋を掴んだ方が結果、好印象なのよ」



「胃袋を掴むにゃ……口から手を突っ込むにゃ? 腹を貫通させて掴むにゃ?」



 四季は呆れたようにため息を吐くとアイリに哀れみの目を向けた。



「アイリは冥土にお客様を連れて行きたいのか」



「どう? 私、尊いくらいに可愛いくない??」



 控え室からセイラが戻ってきた。セイラはくるっと回るとスカートの裾と金髪の髪が綺麗に広がり水色と白のメイド服に金髪は非常に似合っていた。

 四季は値踏みするようにセイラを見つめた。



「何か、可愛いけど、めちゃくちゃワンダーランド的だな。ウサギとかトランプ兵とか来たら嫌だな」



「うわぁ。セイラさん可愛いのです。実年齢がめちゃくちゃ高いって聞きましたが、その格好が似合う何て凄いのです」



「え? そ それはエルフだからね……」



 セイラは少しテンションを下げてしまった。

 開始時刻までに、簡単な接客の仕方と挨拶を全員で共有し、後はお客様が来るのを待つだけになると、全員がソワソワし始めた。



「来た」



 四季はバックバーから出てきて、入り口まで向かい頭を下げるとドゥルキスのドアが開き、1人の男性客が入ってきた。



「お お帰りなさいませ ご主人さ……魔王かい!」



 四季は頭を上げると、ディアボロスを見上げ、バックバーへと戻って行った。



「むっ。 元魔王だ。もしくは甘いマスクの魔王。『甘王』だ」



「苺ちゃんなのですね。苺ちゃんはアイリさんのご主人様と聞いてるのです」



 始めてみるニーナに、ディアボロスは戸惑いを見せていると、アイリが声を掛けてきた。



「でぃあちん、早くカウンター席に座るにゃ」



 ディアボロスがカウンター席に座るとアイリはメニュー表を手渡した。



「どっちか選ぶにゃ? 飲み物はここからにゃ」



 ディアボロスはメニュー表に視線を落とすと一瞬固まった後に、恥ずかしそうに言葉を口にした。



「で では、こ……この『無垢な純白の乙女にピヨピヨ聖なる真っ赤な恋心掛け』と『白金をも拒み深淵を覗き込むが事き黒薔薇のマリア』を」



「四季ちゃ~ん。『オムライス』と『コーヒー』にゃ」



 ディアボロスはアイリを凝視するとアイリは視線に気付いたのかディアボロスに微笑み掛け、ディアボロスは小声で呟いた。



「メイド服も可愛い……」



 ディアボロスの小声は、次に入ってきたお客様によってかき消されていた。



「あっ。いらっしゃいなのです。じゃなかった、お帰りなさいませ ご主人様」



「ご機嫌よう。本当にニーナさん。バイトをしているのですね。メイド服姿も可愛くてよ」



「本当ですわね。聖フェアリー学園の美妖精の名に恥じない可愛らしさです」



 ニーナは水色のワンピース制服を着た2人の学生をテーブル席へと誘導するとメニュー表を渡し、バックバーへと向かった。



「あのお二人は、『』の役員のお方です。ニーナのバイトを了承する代わりに、どういったお店で、どういった仕事内容なのか調査してるのです」



「ふ~ん。お嬢様学校も大変なんだね」



 呑気にセイラが呟くとニーナはオーダーを取りに戻っていった。



「ニーナさん。私たちは、お飲み物だけで結構ですわ、『アフタヌーンの柔らかい木漏れ日』をお二つお願い出来ますか? あの殿方はモデルさんか何かですの?」



 学生はディアボロスに視線を向けた。



「畏まりました、お姉様。あのご主人様は常連のお客様になります」



 ニーナは答えるとバックバーに戻り、待機したいセイラに紅茶を2つと告げた。



「それしにしても、殿方であれだけの美形も珍しいですわね」



「あら。あなたは殿方にはご興味がないものかと思っていましてよ」



「野蛮で汚れている殿方は嫌ですわね。あの殿方は清潔感もおありで、大人な雰囲気でお顔も美しいですから、ああいう殿方なら嫌いではないですのよ」



 学生2人はディアボロスをテーブル席から観察するかの様に見つめた。



「ハイ。でぃあちん、オムライスお待たせにゃ。今からアイリが美味しくなる魔法を掛けるにゃ。でぃあちんも、アイリの後に続くにゃ」



 ディアボロスが頷いたのを見てから、アイリは両手を胸の前に持っていき、ハートを作った。



「美味しくな~れ『ここ嗅げ、ニャーニャー』」



 アイリはハートをオムライスに近付けると、鼻でオムライスの匂いを嗅いだ。



「『ここ嗅げ ニャーニャー』」



 ディアボロスも同じことをするとテーブル席からけたたましい、『ビー』 とブザー音がなった。

 慌ててバックバーからセイラがテーブル席に向かった。



「ちょ。防犯ベル押さないで。怖かったよね? でも大丈夫だから、害はないから」



「も 申し訳御座いません。あまりにも驚いてしまいましたわ……」



 ようやくお店が落ち着くと、ニーナが紅茶を運んできた。



「ニーナさん。気を付けるのですよ。あの殿方の様に、見掛けでは判断出来ない事もあるのですよ」



「お姉さま、ご安心下さい、店長さんも含めて優しい方ばかりなのです」



 学生たちはニーナが目を向けた方向に視線を移すと、四季の姿があった。



「店長さん? あちらの幼女さんがですか?」



「ハイなのです。『四季』さん。と言って、とても素敵な方なのですよ」



 学生2人は目を合わせると不思議そうな顔をして、困惑しながら話し始めた。



「どう思いまして?まだ幼なそうですが大丈夫なのでしょうか?」



「そうですわ。少し心配ですわね。ニーナさんは部活もしてましてよね? 部活が疎かになったりですとか、こちらのお店に遅刻ですとか」



 2人のやり取りを見ていた四季はため息を吐くと、テーブル席へ向かい2人に声を掛けると、会釈をした。



「ご機嫌よう。元気な小鳥さんたちの綺麗なさえずりが聞こえて来ましたので、つい導かれてしまいましわ」



 学生たちは呆気に取られていると、四季は優しく微笑み掛けた。



「ニーナさんは、私がしっかり面倒を見させて頂きます。遅刻の心配も無用ですわ。外で日光浴している『青い鳥』さんを貸して差し上げますわ」



 そう言うと、四季はメイド服のポケットから自転車の鍵をニーナに手渡しながら質問した。



「ニーナさんは『青い鳥』に乗れまして?」



「ハイなのです」



 四季は満足そうに頷くと、学生2人に頭を下げてバックバーに戻っていった。



「ニーナさん。本当に素敵な方ですね。気品ある微笑みに慈愛に満ちた眼差し。レディーの中のレディーですわ」



「ええ。私たちの学園でも、あのような凛とした佇まいで、堂々とした女学生はいませんわ。本当に素敵で御座います」



「ハイ。四季さんは素敵な女性なのです」



 3人はバックバーに戻っていった四季を見つめると吐息を漏らしていた。



「それにしても、あの殿方はお口周りにケチャップが凄い付いてますわね」



「見事に残念なイケメンで御座いますわ」



 カウンター席では必死でオムライスに食らいつくディアボロスがいた。



「あぁ。もう、でぃあちん。落ち着いて食べるにゃ。お口周りが真っ赤っ赤にゃ。顔上げるにゃ」



 ディアボロスは顔を上げるとアイリは身を乗り出して、ディアボロスの口周りについたケチャップをナプキンで綺麗に拭いた。



「これは昼の部だけのメイドカフェだけのサービスにゃ」



 ディアボロスは一瞬固まったが、すぐに満面の笑みをアイリに向けた。


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