第40話 この素晴らしい店内に祝福を
お嬢様学生とディアボロスが店を出ると、店内はため息に包まれた。
「やっぱ。慣れてないからか、疲れるね~」
「セイラは接客してないだろーが」
背中を付け、カウンターにもたれながら、力無く言うセイラを四季は睨んだ。
「そうだけど、ディアボロスが、『ニャーニャー』言ってるのを見てるだけで胃もたれがするよ~」
「でぃあちん。良い子にゃ。ってかアイリ、でぃあちんも帰ったし、今日は元から休みだったから帰るにゃ。買い物行ってくるにゃ~」
「ちょ アイリ。まだ、バー始まるまで時間が……」
アイリは控え室で素早く着替えると、止めにかかる四季に片手を振り帰っていった。
「まぁ。元から休みだったから仕方ない。3人で頑張るか」
「ハイなのです。お姉さまとの接客で、コツは掴んできたのです」
ニーナが愛くるしい笑顔を2人に向けていると、ドアが開き男性客が入ってきたが、姿を見たとたんに3人は絶句した。
「ブヒブヒ。あぁ~ やっぱり君だったんだ。最近、この店に出入りしてるから気になってたんだ」
男性客は目は充血しており丸メガネに小柄で小太り。裾が足りない汚れたデニムに、冬にも関わらずピチピチのトレーナーを着てリュックを背負い、謎に両手には紙袋を持っていた。
「あわわわ。ニーナの前から出てきたり、後を付いてくる変態さんなのです。何回か注意しても分かってくれないのです」
ニーナは驚くと、困ったように四季に目を向けた。
「ブヒブヒ~。ニーナたんカワユス」
(ちょっと。四季ちゃん。どうするの?)
(お客様はお客様だろ。何か起こした時には追い出すが……ほら、セイラが案内してよ)
四季に小声で言われたセイラ、眉間にシワを寄せ口を尖らせると一息はいてから、元の顔に戻り客をカウンター席に案内した。
「お帰りなさいませ ご主人様。こちらへどうぞ」
「はぁはぁ。ニーナたんが良いですぞ~」
それを聞いたセイラはあっさりと回れ右をして、戻っていき、戻り様にすれ違ったニーナの肩をポンっと叩いた。ニーナは仕方なく、挨拶をすると客をカウンター席へと案内した。
「ご ご注文をどうぞ」
ニーナは首をかしげる仕草を見せてメニュー表を手渡したすと、客の鼻息は荒くなった。
「ブヒヒヒ。ニーナたん。ニーナたん。ニーナたん」
「ご ご注文はお決まりですか、ご主人様」
再度、首を横にかしげながらニーナが注文を伺うと、客は前後に大きく揺れ始め、奇声を上げた。
「ブフォーー ニーナた……」
「チェストーーーー!」
客が紙袋からサイリウムを取り出した瞬間、四季はバックバーから勢い良く頭突きをかました。
「ぐわぁ な 何をするでありますか?」
「あぁ。すまん。私の中の眠れる獅子が起きてしまったようだ。で、何にするんだ?」
男はハナを抑えながらメニュー表に視線を落とした。
「こ この黄金なる……」
「カレーライスな。飲み物は?」
「漆黒の烏と偉大なる龍が出合いし……」
「烏龍茶な。持ってくるから待ってろ」
男はメニュー表をカウンターに置くと、セイラに目を向けた。
「ブヒブヒ。ここはメイドカフェではないのでごじゃるか~」
「アハハ。わ 私も分かんない……」
セイラは笑ってごまかした。
「それにしても、ニーナたんのメイド姿は、眼福ですぞ! ありがたや~」
ニーナは苦笑いしか出来ずにいると、セイラが話し掛けた。
「ニーナちゃんのストーカーさん?」
「失敬な! ストーカーは存在をそれとなく伝えながら尾行をする。私は存在を明らかにした上で、尾行をしている」
「お 同じでは?」
「ニーナたんの捨てたゴミを拾ったり、ニーナたんを盗撮したりとかは断じてしていない。だからこそ、私は瞬間瞬間を瞼に焼き付かせる為に、一挙手一投足を見逃さない為、まばたきをしてないのですぞ」
セイラとニーナは困ったように目を合わせると、四季がカレーライスと烏龍茶を持ってきた。
「食え。野菜マシマシだ」
「何ゆえでござる?」
「その不健康そうな腹に、荒れた肌を見れば、普段はインスタント食品ばかり食べていたのだろ。本格的な野菜カレーにしてやった。まぁ、食え」
四季は男の腹を指差して笑いながら言うと、調理場へと戻っていった。
「くっ。感謝 圧倒的感謝! 本格的なだけあって、手で食べるのですな」
男はカレーに口を付けようとしたが、スプーンが見当たらなかったので、手で掬って食べ始めた。
「……すまん。スプーン渡すの忘れていた」
四季が申し訳なさそうに、片手を頭に添えながらスプーンを持ってきたが、男は既に食べ終わる勢いだった。
「もう 遅いですぞ……」
「で、なぜニーナの嫌がる事をする?」
男は食べ終わったカレーを四季に手渡した烏龍茶を一気飲みすると、メガネを押さえた。
「はて? 嫌がる事とは?皆目見当もつきませぬぞ」
「本気で言っているのならば、そういう所だろうな」
四季は男を睨んだまま言葉を続けた。
「お前みたいな奴は、自分の想いだけをねじ曲げて伝えようとする。相手の気持ち等はおかまいなく」
「ブヒブヒ。ニーナたんはお前たちと違って優しいんだ。女神様だぶひ~」
「それは勝手にお前が作ったニーナであって、本当の『ニーナ』を見ようとしていない証拠だ。お前はお前が作ったニーナ像に、現実のニーナを無理矢理当てはめて、『ニーナたん。カワユス』とか言っているだけ。それ、面白いか?」
男はグラスを強く握ると、床に叩きつけ、3人を指差しながら大声を上げた。
「うるさい! 誰も僕の事だって見ていない。お前もお前もお前も。外見だけで判断しやがって。『キモイ』だの『可哀想』だの、僕は可哀想何かじゃない!」
「誰が見てもお前は可哀想だろ。誰もお前と変わりたいなって奴はいないだろ」
四季は冷静に男を見つめると言葉を続けた。
「お前は他人からどう思われたいんだ? 人の目は気にしない。と言う奴もいるが、お前はさっき『誰も僕の事だって見ていない』言ってたよな。見て欲しいんだよな? 外見だけで判断するのは当たり前だろ。会った瞬間から中身が素敵な人ですね。って言えるか」
男は黙ったまま立ち尽くしている。
「お前は外見も最悪だが、中身も最悪だから見て貰えないんだよ。ニーナの嫌がる事を辞めろ。意図的に付きまとうな」
男は髪をかきむしりながら答えた。
「何なんだよ。何なんだよ。これは! じゃあ、僕はずっとコソコソして生きていけと言うのか?」
四季は嘲るように男を見ると指を慣らした。少しすると、バックバーの水呑場からパタパタとヴィバルディが飛んできて、四季の頭上に着地した。
「今のままなら、皆の為にその方が良いかもな。でも、本当は見て欲しいんだろ? なら、話は簡単だお前が変わるしかない。案外、外見を変えれば中身も変わってくる。と言うからな。外見から変えてみろ」
四季は頭上に止まっているヴィバルディを両手で掴むと、男の前に差し出した。
ヴィバルディは小さい炎を出すと、男の髪の毛が少し燃えた。
「ア アッチー! な 何をする?」
四季はヴィバルディの背中を撫でると、ヴィバルディは小さい竜巻を男の髪の毛に吐き出し、少しすると竜巻は姿を消した。
「おぉー。髪型がパーマ掛かった無造作ヘアで髪型だけ格好良い」
セイラが呟くと、男は壁に備え付けてある鏡まで歩いていき、確認すると髪の毛をいじり始めた。
「どうだ ブタ! さっきよりはマシになっだろ。 ニーナはどう思う?」
不意に振られたニーナは、慌てて口を開いた。
「あわわわ。髪型が変わるだけで、さっきよりはマシなブタさんなのです」
男はカウンター席まで戻ると、笑い声を上げた。
「ニーナたん。口悪っ! 女神様は、ブタ何て言わないでござる」
「女神様ではなく、ニーナはニーナですから」
ニーナは男に微笑んだ。
「ニーナたん。ごめんなさい。不快な思いしてたよね。それにすら気付かなかったんだ」
「分かってくれればニーナは、それで良いのです」
男は四季に視線を向けると頭を下げた。
「コップ割れちゃった分は弁償します」
四季は真面目な表情で答えた。
「弁償しなくて良いから、服を買え」
男は両手を祈るように合わせると両膝を付いた。
「女神様!」
「女神じゃなくて、座敷わらしだ! 1つ教えてやろう。ここは夜にはバーにもなる。そして、アイドルのライブもたまにやる」
「何て素晴らしいお店でござる! ドゥルキスに祝福を」
四季は笑いながら答えた。
「まぁ。良かったら見に来いよ。次、会うときにどこまで変わってるかが楽しみだ」
「髪型だけじゃなく、色々と変えたくなってきたでごさるよ。何か、心も軽くなってきた気がしますなぁ」
男は足取り軽く店を後にした。
「何か、今日の私は、いてもいなくても同じじゃない……?」
セイラの呟きだけが店内には残った。
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