第37話 乾杯これくしょん
開店早々にドゥルキスのドアが開くと、1人の褐色に焼けている渋味がある壮年の男性が入ってきた。
「あら、イケメンな素敵なおじ様が来られましたわ。デストラさえ来なければ私がお相手致しましたのに」
テーブル席からバックバーにドリンクを取りに来ていた
「私は氷芽と違ってファザコン趣味はないです。早くデストラの所に戻りなさい」
氷芽は美雨を少し睨むと、マサムネからドリンクを手渡されると、テーブル席へと戻っていった。
「いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ」
バックバーからマサムネが出てきて、男をカウンター席へと案内する。男が腰を下ろすとマサムネはメニュー表を持って、一見さんへんのマニュアル説明を始めた。
「
男はカウンター越しに佇む美雨にドリンクを促した。
「初めまして。九尾狐の美雨と申します……」
「ほぉ。九尾狐かい。俺は『ネプトゥーヌス』船乗りの船長だよ。で、美雨はアルコールは強いのかい?」
美雨が不思議そうに頷くと、ネプトゥーヌスは嬉しそうに微笑みオーダーを変えた。
「ビールは辞めて、まずは
美雨は一瞬だけ驚いてから頷くと、目を細めて笑いかけた。マサムネは了承をするとグラスに注ぎ、二人の手前に置いた。
「お待たせしました。念のため口直し用にチェイサーも用意しておきますね。船乗りですか……私も海防艦や潜水艦、駆逐艦は大好きですね」
ネプトゥーヌスは目を丸くした。
「ほぉ。君が言う艦船は小さいのが多いからな……ロリコンなのかな?」
「ロリコンではないですが……」
マサムネは呟き、不思議そうにネプトゥーヌスを見てから席を離れた。美雨が気を取り直して、とでも言うように口を開いた。
「白酒は故郷でも飲んでましたので馴染み深いです。乾杯しましょうか?」
2人は白酒が注がれたグラスを持つとネプトゥーヌスは匂いを嗅いでから口を開いた。
「薫り高い、良い匂いだ。じゃあ。俺の半年ぶりの陸と、俺のタイプな黒髪ロングで知的な雰囲気で、スタイルも良くてベッピンさんで……」
美雨はクスッと笑うと片手で会話を遮った。
「ちょっと。まだ、それ続きます?」
ネプトゥーヌスも白い歯を見せて笑うと、少しだけ持ったグラスを上げた。
「美雨の美貌に乾杯」
「随意」
ネプトゥーヌスはクイッと一気に白酒を飲み干しすと、グラスを逆さにした。美雨はネプトゥーヌスの「随意」を聞いてから、飲み干すのを辞めると、ネプトゥーヌスに不満気に呟いた。
「ネプトゥーヌス。私はそんなに弱くないです。それにしても『随意』って、言えば飲み干さなくて良い。って意味になるなんて、良く知ってたましたね」
ネプトゥーヌスはグラスを美雨に渡して、2杯目を受け取った。
「すまん。まぁ、夜は長い焦らずに飲もうや。船乗りだと色んな国を周るからな。その土地によって乾杯の仕方や言葉が変わるのも面白いよ」
美雨も飲み終わると、2杯目は互いに軽くグラスを持ち上げて一気に飲み干した。
「昔はガラスのぶつかる音は悪魔が嫌がるので、わざとグラスを合わせて音を立てた。って言いますし。マフィアは赤ワインに自分の血を数滴垂らして飲む。とも言いますし面白いです」
「良く知っているね。他では一度の会食の間に50回以上乾杯したり……まぁ、大体は神や死者に捧げたり感謝の意味で『乾杯』するんだろうな。もう、一杯注いでくれ。美雨もどんどん飲んでくれ」
美雨がグラスに注ぎネプトゥーヌスの手前に置いたのを見ると、ネプトゥーヌスは口を開いた。
「美雨は彼氏はいるのかい?」
「何ですか? 唐突に」
ネプトゥーヌスは白酒を飲み干さずに、少しだけ口に含んだ。
「いや、これだけのペッピンさんなら引く手数多だろうな」
「おあいにく、私は扱いづらいのか、可愛げがないのか、過去の経験からしてもそうですが、今は甘い関係になる様な男はいません」
伏し目がちに美雨が答えると、それを聞いたネプトゥーヌスは、ニカッと笑うと白酒を飲み干した。
「美雨。『穏やかな海は良い船乗りを育てない』って、言葉があってな。美雨の過去は知らないが、辛かったものから得る経験は何にも変えられないものがある」
「あんな経験したくもなかったですが。ネプトゥーヌスはずっと海にいて奥様とかは寂しがらないのですか?」
ネプトゥーヌスは空になったグラスを美雨に手渡し、美雨は手早く注ぐとネプトゥーヌスにグラスを返した。
「嫁も彼女もいないし作らない様にしている。俺は海暮らしが多いから、陸で彼女を作っても、やっぱ寂しい思いさせたりで、長続きはしないな。いて欲しい時に俺はいられないから……」
「待っている女性の気持ちも分からなくはないですね。ずっと帰りを待つのも精神的にキツイですし、やっぱり寂しいと近くにいる男性に心が行ってしまうもの……わ 私は違いますよ。あくまでも一般論です」
美雨は手で自分の顔を仰いだ。
「なら、違うって言うが美雨ならどうするんだ?」
ネプトゥーヌスの問いかけに、さも当たり前の様に美雨は答えた。
「もちろん。惚れた男ならば、私も船乗りになります」
ネプトゥーヌスは声をあげて笑った。
「そんな船乗りは簡単じゃないぞ。船酔いも最初はするだろうし、海で病気になっても助けられない」
「簡単か難しいかではないです。私は自分で可愛気ないのも承知ですが、惚れた人とは対等でいて、近くで支え合いたいのです。一生を捧げるつもりなら、何処にいても同じです。なら私はその人の隣にいます」
ネプトゥーヌスは白酒を飲み干し、空になったグラスを見つめた。
「美雨。どうしたら俺に惚れる? 美雨みたいな女と早くに出会ってたら一緒に船乗りになるのも悪くない」
美雨は少し考えてから笑うと、言葉を口に出した。
「私を彼女にすると執念深いですし、何かあれば化けて出ますよ」
ネプトゥーヌスは空になったグラスを、美雨に手渡しながら熱い眼差しで見つめた。
「化けて出てきた方も俺に惚れさせる」
美雨は目を丸くさせた後に目を細めて笑うとグラスをネプトゥーヌスに返した。
「私を彼女にしても後悔しかなさそうですけど」
「俺は船乗りだ。安心しろ。航海は常にしてるし大丈夫だろ」
2人は笑うと、グラスを持ち上げた。
『乾杯』
ネプトゥーヌスはしばらく美雨と話した後に会計を済ませ店を後にした。
「美雨、どうでした? あのおじ様は?」
カウンターを拭いていた美雨にデストラの接客を終えた氷芽が聞いてきた。
「う~ん。年の功ですね。完敗一歩手前です」
「どう言うことですの?良く分からないですわ……」
そこには狐につままれた顔をした氷芽の姿があった。
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