第36話 一等分の花嫁

「俺はバイトが終わってから、じじいの家に行った。じじいは地下室は好きな時に好きなだけ使っていい。と、言い残しリビングへと消え、地下室に俺はすぐ向かった。で、両手両足が切断されてるから、椅子に座る。というか置いてあるというか、セゾンを見ると先日と違って縛られてもないし、服を着ていたんだ。それも純白のドレスな。ウェーブがかった綺麗な金髪に純白のドレスは映えていて、とても神々しく美しかった……」



 両手を包み込む様にカップを持っていた四季も無言で頷いていた。



「セゾンはじじいから、俺が来ると聞いて、『イヴェール』口を縫われた子に手伝ってもらい着替えたらしい。あとこの子にも。と、セゾンは目で窓の方を示したんで俺が目をやるとカーテンが一部だけ膨らんでいてな。その下の隙間からは足が見えた。それが『四季』だった。目を焼かれた子はいなくなっていた……」



 マサムネは飲み終わった缶ビールを捨てると、冷蔵庫からミネラルウォーターをグラスに注ぎ、それとは別に、棚に並んであるウイスキーボトルを手に取り、別なグラスに注いだ。



「珍しいね。ウイスキーをストレートで飲むなんて」



 セイラの言葉に静かに笑うとマサムネはウイスキーの香りを楽しんでから口に含んだ。



「セゾンはカーテンの裏にいるのは新入りさんで、あの変態じじいは新入りには1ヶ月は手を出さずに、ここでの行為を新入りに見させる事にしてる。と、説明してくれた」



「うぇー 凄い悪趣味」



 セイラはベロを出して眉間にシワを寄せた。



「セゾンはそのまま俺に微笑みかけると、『あなたと私の行為を見せましょうか?』って、言ってきた。俺は首を横に振り、お前と話したい。って言ったよ。セゾンは目を丸くすると声を上げて笑った。その笑顔が俺には痛くもあり、可愛くもあった……」



「さっき、恋愛感情かは知らない言ってたけど、もう好きになりつつあるじゃん」



 つっけんどんな言い方になっていたがセイラはそれに気付いておらず、皿に手を伸ばすとナッツを口に運んだ。



「かもな……とにかく、俺はセゾンと話したかった。セゾンの目の前で座ると、目線的にセゾンに見下ろされる感じになるんだが……主従関係が勝手に出来上がる位に、セゾンは気高かった。俺は本能でこいつに勝てない。というか逆らえない気がした」



 話を聞いていた四季はヴィヴァルディの皿が空になっているのに気付き、マサムネに皿を手渡した。マサムネは冷蔵庫からミルクを取り出し皿に注ぎカウンターに置いた。ヴィヴァルディは美味しそうにベロを出して飲み始めた。



「セゾンはここにずっといるから、外の出来事を知らない。一年中同じ季節で同じ風景だと言い。俺に昔話や風景。季節の花や春夏秋冬で起こる話を聞きたがった。『花』なんて興味もなかったから、今日から勉強してくる。って言って、その日は昔話や街の風景について話した……」



「花に詳しいのは、そういう事ね。いじらいとこもあるんだねマサムネは。いたっ」



 マサムネは笑うと、セイラにデコピンをした。



「マサムネじゃなくて店長な。で、じじいは最初から俺に、バーに来る客の情報が欲しくて近付いてきたらしい。俺は情報と交換に毎日、足を運んではセゾンと喋った。5日位がたつと、カーテンの裏でずっと隠れていた四季も顔を出してきては、俺たちの隣に座り込む様になっていった」



「あれは、セゾンが声を上げて笑うから……マサムネが来たとき以外は、一切喋らず感情もなく、お人形みたいだったけど、マサムネが来たときだけ凄い楽しそうだったから……」



 お皿のミルクを必死に飲んでいる、ヴィヴァルディの背中を撫でながら四季は口を挟んだ。マサムネは微笑むと四季の頭を撫で話を続けた。



「そんな日が2週間くらい続いた。いつの間にか『イヴェール』口を縫われた子もいなくなっていた。俺はそこについては何も語らないセゾンに思いきって逃げないか?と、聞いた。セゾンは笑みを浮かべながら首を横に振った。『同情で言うのは辞めて。こんな身体で、こんな過去を背負って、今後どうやって生きていけばいいの? でも、出来るならこの子を逃がして欲しい』四季にセゾンは目をやった。俺は必死に、この子も助けるしセゾンも助ける。と説得したがセゾンは首を縦には振らなかった」



 マサムネはウイスキーとチェイサーを交互に飲んだ。



「俺がセゾンに会いに来て1ヶ月近くが経とうとしていた。俺は何も出来ずにいる自分が腹ただしく寝付きも悪かったから、睡眠薬を服用していたんで顔色が優れてなかったのだろう…セゾンはそんな俺に気付いてか、優しく語りかけた。『マサムネ。私は可愛いものが好きで可愛い人が好き。だから、花も好きだし、この子も好き』セゾンは四季に目をやった。この頃は四季は名前がなかったので、『お嬢さん』で呼んでいた」



 四季はそれを聞くとクスクスと笑い出しては、ヴィヴァルディをくすぐり出した。マサムネは再度口を開いた。



「セゾンは次に生まれたら、春夏秋冬を感じられながら、可愛い子を集めて可愛い服を着させて、お花が飾ってある様な可愛いお店を開きたい。出来ればバカでクズな男を手玉に取って騙したい。と、言っていた……」



 マサムネはいつの間にか灰皿で消えていたタバコに気付くと、新しく取り出してタバコに火を着けた。



「そして、セゾンは俺を真っ直ぐと見据えると、あの凛とした声で『マサムネ、この子と逃げて、私を殺しなさい』って、告げて来たんだよ……」



 セイラは皿に手を伸ばし掴んでいたナッツを溢してしまった。溢れたナッツはカウンターを転がりヴィヴァルディの手前で止まると、ヴィヴァルディは鼻で匂いを嗅いだ後に口に入れた。



「俺はもちろん断った。四季と一緒に逃げよう。って、何回も説得したがセゾンには通じなかった……セゾンの前でうなだれる俺に、セゾンは首を伸ばし俺の肩に顔を乗せてきた。『マサムネ、あなたと出会わなかったら、私は逃げて生き延びる方法を選べたかもしれない…………』俺は意味が分からなかった。セゾンは俺の頬に優しく口づけをした。『あなたと出会ってしまったら……ここで最後が良いわ。私にとっての最後は……マサムネがいい……』」



 セイラはついに我慢出来ずに涙をカウンターに落とし始めたが、袖で拭うと泣くのを辞めた。



「セゾンが頑固なのも、今まで話した中で知っていたから頷いて優しく抱き締めた。初めてセゾンに触れた温もりや感触は今も残っているよ。俺はセゾンが苦しむ姿を見たくないから、眠りながら楽に死ねる毒薬を明日持ってくると言い残し家に戻った。四季も来てから1ヶ月が経とうとしていて、変態じじいの餌食になる前に逃げたかった」



 カウンターに置かれたセイラの手を上から四季は重ねた。



「ギャング時代の連中をすぐに探し出し、土下座と大金を払い、薬を手に入れ、翌日セゾンに会いに行った……セゾンを殺す為に」



 マサムネは目を細めて煙草を味わうように吸い込み、時間をかけて煙を吐き出した。



「俺は毒薬を胸ポケットに忍ばせてから向かった。変態じじいは相変わらず、リビングで優雅にクラシックを聴きながらワインを傾けていた。そんなじじいを無視して地下室に入ると、椅子の横には四季が立っていて、セゾンは純白のドレスに顔にはベールまでしてあった。驚いている俺にセゾンは微笑みかけた。『ご機嫌よう。マサムネ。私と結婚しなさい』俺はゆっくり歩を進めてセゾンの前で片膝を着いて答えた『ウィ マドモワゼル 』セゾンは涙を溢しながら笑っていたよ。『安心して法律上は関係ないから、おままごとだから』と俺に語りかけた」



「セゾン凄い綺麗だった」



 四季の呟きにマサムネも頷いた。



「で、四季を神父に見立てて簡単な結婚式を上げた。俺は緊張して熱くなってきたんで、上着を脱いで床に落とした。そして誓いのキスの時にセゾンが毒薬を飲ませて欲しいと言ってきた。最初で最後のキスにしたい。と、それが私にとっての永遠だからと……俺はズボンのポケットから薬を口に含み、セゾンのベールをめくると口づけを交わした……薬は絡めた舌からセゾンの口に移り、そのままセゾンは薬を飲み込んだ。しばらくしてセゾンは口を離すと、どれくらいで死ねるのかを聞いてきたから一時間程で眠くなるとだけ告げ、そこからは3人で床に寝転びながら他愛もない話をしたんだ」



 セイラは我慢を堪えきれずに、また涙をカウンターに溢し始めた。



「セゾンは名前がない、こいつに自分の名前を与えたんだ。『セゾン』は俺らの母国語では『四季』だからな。そして、四季に私の代わりにマサムネをしっかり頼んだよ。とか言ってな」



 マサムネは笑うと四季の頭をくしゃくしゃっと撫でた。



「そしてセゾンは、また可愛く産まれてくるから、俺には店でも開いて、私がやって来るのを待ってなさい。って、言っててな。何の店だよ。花屋か?ときいたら、セゾンは笑い声を上げて、答えたんだ。『そうね。花屋も悪くないけど、マサムネみたいな男もいるのが分かったから、ガールズバーが良いわね。可愛い子と可愛い服を着て可愛いお店で、バカでクズで……でもほっとけないような男の相手でもしてあげるわ』俺はそれを聞いてセゾンの髪を撫でると、すぐにやることがあるから1分だけ待ってろ。と言い残し、床に置いた上着を羽織ってリビングに向かった」



 四季の目からも涙が零れ落ち、ヴィヴァルディは四季の頬っぺたをなめ始めた。



「俺はリビングに着く間に上着の胸ポケットをまさぐり、愕然とした。胸ポケットには毒薬が入ってるはずだったんだ。その毒薬を変態じじいのワイングラスに入れるはずだった。誓いの口づけでズボンのポケットから取り出したのは、俺が普段から服用している睡眠薬だった。じじいを殺してから、睡眠薬で眠っているセゾンを連れ出し逃げる計算だった……」



 セイラは掌を返して、重なっていた四季の手を力強く握った。



「急いで地下室まで戻ると、セゾンは意味ありげにゆっくりウインクすると微笑んだ。『マサムネは何かを入れる時は胸ポケットじゃない』俺はその瞬間、セゾンの口に手を突っ込んで吐き出させようとしたが、遅かった……毒は回りはじめてセゾンは呼吸が整わなくなっていった。 俺は偶然とはいえ、上着がセゾンの近くに転がっていたのを気付くべきだった。もしくは、最初に毒薬をじじいのワイングラスに入れるべきだった……」



 四季とセイラが泣くのをヴィヴァルディはどうして良いか分からず、二人の回りをパタパタと飛んでは羽を使い、二人の頭を慰める様に撫でた。



「セゾンはやがて、目も開かなくなり、息も絶え絶えになっていた。最後にセゾンは『ありがとう……四季、マサムネ。最後にあなたたちに出合えた……産まれてここまで1人だったけど、最後は3人……あのじじいは最後死ぬときも、きっと1人だわ。ふふ 私の勝ちね……2人とも仲良く頑張りな……さい……この私が春夏秋冬いつでも……見守って……る……から…………』微笑みながらセゾンは旅立った」



 マサムネは煙草を灰皿に押し付けると笑みを浮かべた。



「で、そっからは四季と2人で金を貯めて、この店を作ったんだよ。店の名前もセゾンの言ってた『ドゥルキス』可愛いって意味だ。そして季節事の花を飾り、可愛い子を集めてな。ビジュアル面接は四季がしてたからな」



 セイラは泣きながら四季に問いかけた。



「そうなの、四季ちゃん?」



 四季は照れながら頷いた。



「セゾンは可愛い子と仕事がしたいから、私が可愛いと思った子しか、働かせない……」



 セイラは四季を力強く抱き締めた。



「四季ちゃ~ん。ありがとう~ こんな私を可愛いって。私、セゾンさんの為にめちゃくちゃ頑張るよ~」



「セイラは自分で『美少女』言ってるじゃん。うわぁ、鼻水付けないでよ。汚いから離れて~」



 四季は引き離そうとするが、セイラは離れようとせず、鼻水は四季の服からびろ~ん。と伸びていた。3人はそれを見て笑った。

『ドゥルキス』には、もう1人いるかのように、凛とした美しい笑い声が混ざっていたかのようだった。

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