第34話 スラムギャング

「四季ちゃんは、ここから何処かに行きたいとか思わないの?」



 閉店後の掃除を終えたセイラはカウンター席に座ると、隣で頭上にヴィヴァルディを乗せアイドル番組をタブレットで見ている四季に語りかけた。四季はタブレットからは目を離さずに答えた。



「う~ん。そんなに思わないかな。好きでいる訳だし。何か、みんな誤解しているみたいだけど、私は出ようと思えば外に出られるよ」



「え? そうなの……座敷わらしって、同じ場所にいるものだと思ってた」



 タブレットから視線をセイラに写すと、四季はため息をついた。



「はぁ~。 やっぱりね。座敷わらしは種族だよ? モチーフは1つの場所に住み着いて、いたずらしたりだけど。じゃなかったら座敷わらしはどうやって生まれてくるの?」



 考え込むようにセイラは腕組みをすると呟いた。



「さ 細胞分裂…… イタタッ ヴィヴァルディ、噛みつかないでよ~」



 四季は手でヴィヴァルディに合図を出すと、ヴィヴァルディは大人しく四季の頭上で羽を閉じた。



「だいいち、マサムネと初めて会ったのだって外だよ」



「へぇ。どこでマサムネと四季ちゃんは出会ったの?ってか、マサムネって、元々は何してたの?」



「マサムネじゃなくて店長だ!」



 控え室のドアが開いたかとおもうと、掃除用具を片付けていたマサムネがバックバーへと戻ってきた。



「ね。店長はどうして、このお店を作ろうとしたの? 店長の子どもの頃とか四季ちゃんとの出会いが聞きたい!」



「面倒くせーな。聞いてもつまんないぞ」



「いいじゃ~ん。自主的に掃除も手伝ったし、別に話して減るわけでもないし」



 セイラは頬を膨らまし、マサムネを睨んだ。



「まぁ。良いけど長くなるぞ。何か飲みながら話すか」



 マサムネはそう言うと、お皿とカップにミルクをそれぞれ入れて、カップだけをレンジで温めた。備え付けてあるバックバーの冷蔵庫からも缶ビールとペットボトルの紅茶を取り出し、セイラに手渡した。



「ほら、セイラ。四季にはホットミルク。ヴィヴァルディにも」



 四季の手前にカップとお皿を置くと、ヴィヴァルディは四季の頭上からカウンターに着地し、お皿に入っているミルクを飲み出した。

 マサムネは缶ビールを開けると胸ポケットからタバコを取り出し火を着けた。



「俺は親を知らずに育った。生まれた場所も知らない。育ったのは屋根とゴミ溜め場が一緒のような、常に悪臭が放たれていた汚ねぇスラム街だ」



 セイラは突然の言葉にむせてしまった。



「ゲホッ ゲホ。また、何と言って良いのか……」



 マサムネは煙草の煙を吐き出すと、小さく笑った。



「別に何も言わなくていいさ。特別、自分が不幸だとは思わなかったし、それが当たり前だと思ってたからな。で、物心ついた頃には、スラム街での唯一のルートであるギャングになっていた」



 四季は黙って聞きながら、両手でカップを持ちホットミルクを飲んでいる



「生きていく為だから、10歳くらいから罪悪感もなく違法ドラッグを捌いたり、スリや恐喝染みた事をしては悪知恵ばかりが働いていってな」



 セイラは掌を見せるように片手をマサムネに突き出した。



「ストーップ! 昔は悪で今は真面目に働いているから良い人だ。って、理論は私には通じないわよ。昔も今も真面目な人が正しいんだからね」



「何じゃその理論? 俺は自分が良い人だとは思ってねーよ。ギャングで、良くつるんでいたダチが2人いてな。そいつらと毎日、悪さばかりしてんだよ。そしたらある日、1人の太った白髪の男がやって来てな……」



 お皿に入ったミルクを飲み干したヴィヴァルディは眠くなったのか、パタパタと飛んでは四季の頭上で止まり、そのまま眠りにつこうとしていた。



「『学校に来てみないか?』って言ってきたんだ。俺以外の2人は即座に断った。13歳にもなって、今更ながら学校とか何の意味もねー。だの、恥ずかしくて行ってられないだの。でも、俺は興味があったんだ。スラム街の事しか知らなかったから、外に目を向けてみたかった」



 マサムネは煙草の長くなった灰を落とすと、灰皿に煙草を押し付け、缶ビールを口に含んだ。



「だから、俺はダチには内緒で『学校』に行ったんだよ。誘ってくれた男は、 18歳までの孤児が通える学校の校長だったらしい。俺を見付けると嬉しそうに、教室に案内してくれて、必要な道具さえ取り揃えてくれた。俺はノートやらシャーペンやら初めてだし、何よりも字すらまともに書けなかったから、嬉しいのと恥ずかしいので、パニクったな」



 マサムネは笑うと、新たに煙草を取り出し火を着け、セイラは頬杖をしながらマサムネを見た。



「想像もつかないね。ギャングだったマサッ……じゃなかった店長なんて」



「最初は俺の事を遠巻きに見ていた学校の連中も、いつしか話し掛けてきて、学校にもダチが出来た。俺はだんだんと、ギャングの仲間といるより、学校の仲間といる方が多くなってきたんだ。何より知らないことを学べるのが面白かった。ギャングのアジトに帰宅しても、見付からないようにノートとかは自分の部屋に隠して、誰もいない時に勉強をしてたよ」



 紅茶を飲み終わったセイラに、マサムネは冷蔵庫から缶チューハイと梅酒を取り出し、セイラの前に差し出すとセイラは梅酒を手に取りマサムネに話し掛けた。



「それ、絶対にギャング仲間から報復受けるパターンだね」



 マサムネはくわえタバコののまま苦笑いした。



「で、その後はどうなったのさ?」



 煙草を口から離し煙を吐き出すとマサムネは話を続けた。



「お前の言う通りだよ。学校に通い出して、半年も経たないある日、出掛けてアジトに帰ってくると、ノートも教科書もペンもなくなっていた。ダチに問い詰めると、捨てた。と言われ、そこから二人がかりで、裏切り者だと罵られ、学校に行くなら学校の連中を狙う。と言われたんで俺は学校を行くのを諦めてギャングらしい生活に戻った」



「ミルク欲しい」



 四季はカップをカウンター越しにマサムネに手渡した。


「ホットか?」



 マサムネが聞くと、四季は頭上のヴィヴァルディが起きないように両手で支えながら頷いた。



「お待たせ」



 四季にホットミルクを手渡すと、マサムネは口を開いた。



「俺は今までのギャングでのマイナス分を埋めようと、誰よりも必死に率先して悪い事をしていった。ギャング内での評価が高まれば高まるほど、心を閉ざしていき、学校を辞めてから1年ほど……15歳の頃には幹部になっていて、年上を顎で使うようになっていた」




「だから今も人を顎で使うのは上手なのね」



 セイラを一瞥するとマサムネは右手の中指で眼鏡を押した。



「俺はギャングをやりながらも、頭の片隅では色々なものを学びたい気持ちは持ってたんだ。で、ある日、ギャングのNo.2が下手を打って捕まりそうになった時に、別な奴が身代わりで捕まることになった。下っ端すぎでは、警察の面子も立たないって事で、幹部ながらも最年少の俺が身代わりになった」



「ホントにそんな事ってあるんだね? ドラマとかだけの話かと思ってた」



 マサムネはセイラの言葉には返事をせずに缶ビールを飲み干した。



「俺は半年間、檻に入っていたが、その際に面接に来る仲間は誰もいなかった……半年が経ってアジトに戻ると、違う奴が幹部になっていた。そいつは俺に向かって、下に付けと言ってきた。とうてい納得が行かずにそいつをぶん殴って、俺はアジトを出て行こうとした」



「利用されてたって事ね。身代わりにまでなったのに」



 セイラは四季の頭上で眠りにつくヴィヴァルディを撫でた。マサムネは淡々と話を進める



「アジトの外には、太った白髪の男が立っていた」



「え? 来たんじゃない。これ! 孤児院学校の校長でしょ」



 セイラは謎に興奮し出していた。



「あぁ。校長は、俺が捕まったのを知っていて、面会に行こうとしたらしいが、毎回、警察に止められていたらしい。ギャングにも愛想を尽かしていた俺は涙を溢しながら校長に言ったよ……『校長先生……勉強がしたいです』」



「キャー。キタコレ! 勝手にマサムネが長髪黒髪の不良になって出てくるよ~」



 マサムネはセイラの興奮の度合いに少し引きながら答えた。



「いや、俺は長髪ではなかったが……校長は、俺を自宅に住まわせてくれて、自宅から学校に通わせてくれた。そして、俺は思いっきり勉強に打ち込む事が出来たんだよ。『こいつ』と関わり合うまではな」



 マサムネはそういうと、人差し指で四季の頬っぺたをつついた。



「私は不可抗力だ。私が悪いのではない」



「そうだな」


 マサムネは優しく四季に微笑みかけた。



「で、四季ちゃんとの出会いは?」



 マサムネは一旦、休憩と呟きトイレへと向かった。

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