第35話 精巧少女は傷付かない
「小腹減ったな」
トイレから戻ってきたマサムネは、そう呟くとバックバーからドライフルーツ、ナッツ、チーズを取り出し、皿に盛り付けてカウンターに置いた。四季は片手でヴィヴァルディを支えながら、お皿に手を伸ばしたがセイラは訝しげにマサムネを見た。
「ちゃんと手洗った?」
「洗ったよ。嫌なら食べるな」
セイラもドライフルーツに手を伸ばすのを見てからマサムネは口を開いた。
「で、『四季』との出会いだったな……四季は話しても平気か?」
四季に問いかけると、四季は黙って頷いた。
「セイラ、残酷な言い回しも増えるから生半可に聞くなよ……四季は奴隷として売られたんだよ」
「え? そんなの今の時代にあるの?」
「ある所にはあるさ。貧しい国に生まれた子どもは、男なら仕事で使えるが、女は売った方が金になる。四季の場合は見た目も良かった上に、種族的には子ども時代が一番長いから珍しく、オークションで一番高値で売れたらしい。買ったのは金持ちのロリコン趣味で変態じじいだ……」
四季は頭上で目を覚ましたヴィヴァルディに片手を上げてナッツを食べさせていた。
「俺は18歳までは学校で必死に勉強を学んだ。それこそ楽しかったんで寝る間もないくらいにな。そして、もっと学びたかったから、ここの王都大学に入った。授業料も後から返す約束で校長が出してくれたんだ。で、バイトを始めたんだよ。会員制のバーでな」
セイラはマサムネの話を聞きながらドライフルーツを口に運び、余った分をヴィヴァルディの口元に差し出した。ヴィヴァルディは口に含んだが、すぐに吐き出した。
「ヴィヴァルディは、アプリコット食べられないなか。こっちは?」
セイラは今度はブドウをヴィヴァルディに差し出したがまたも吐き出した。見かねた四季が同じように、ブドウをヴィヴァルディに差し出すと、ヴィヴァルディは美味しそうに食べた。
四季はクスッと笑うと両手を上げてヴィヴァルディの背中らへんを撫でた。
「むむっ。四季ちゃんのは食べられて、私のは食べられないってこと! 生意気な」
マサムネも笑うと話を続けた。
「そこの会員制のバーには、個室もあるから、政財界の大物や芸能人も良く来ててな。俺は、そこでさっき話した『変態じじい』と仲良くなったんだよ。最初は紳士で素敵な爺さんだと思ってたがな」
マサムネも同じようにヴィヴァルディにナッツを差し出したが、ヴィヴァルディは見つめるだけで口にしなかった。マサムネは苦笑いを浮かべた。
「ふふん。マサムネも私と同じじゃん。結局、四季ちゃんだけに気を許してるのね」
「信頼を築くってのは難しいものだな。失うのは簡単だが…………で、変態爺さんと知らずに、仲良くなった俺に面白いものを見せよう。って、俺のバイト終わりに爺さんの自宅に招かれたんだよ」
四季は無表情のままナッツを口に入れて、両手でカップを持ちホットミルクで流し込んだ。
「爺さんの自宅に着くと地下室に案内された……まっ。大体は想像出来てるだろうけど、女の子が数人いてな……しかも、みんな両手両足に結束バンドがされてあり、目が焼かれてる子や、口を縫われた子。最悪だったのは、両手両足を切断され、椅子に縛られた裸の女の子……」
セイラは口を思わず手で塞いだ。マサムネはハンカチを取り出したが、セイラは大丈夫だと手で示した。
「それを見せてきたじじいは、うすら笑いしながら俺に向かってこう言った。『脱走をしたり、私の気に障ることをする度に強く遊んでやったら、こんな姿になってしまってたよ。新しいのを手に入れ、もう少しで納品されるから問題ないがね。君も気に入ったのがいれば時間を気にせず遊んでくれ。君は若いから2体か3体は必要だろ』ってね。寒気がしたよ。言い訳にはならないが、ギャングで大概の事をしたとは言え。それは生きる為だった。じじいは、娯楽の為にやってるんだからな」
話を聞いているのか聞いていないのか、相変わらず四季は無表情のままだった。
「じじいは、そう言い残すと地下室を出てった。女の子たちは……口が縫われた子は俺を見ると怯えた目をし、目が焼かれた子は俺が近付こうとすると、後ずさりを始めた……呆然と立ち尽くす俺に、両手両足を縛られた裸の女の子は、気丈に俺を見据えると力強い目をし、燐とした声で俺に告げた……四季。大丈夫か? 控え室に行ってるか?」
四季が眉間にシワを寄せるとマサムネは話を辞めたが、四季は首を横に降ったので話を続けた。
「その女の子は俺にそんな状況の中、自己紹介をしてきたんだ。『ご機嫌よう。ムッシュー。私はセゾン。あなたのお名前は?』セゾンと名乗った女の子は、社交パーティーで交わすような挨拶をしてきた。俺はバイト柄、高貴な女性も見てはいたが、誰よりも気品があり、妖しく笑うセゾンに興味を持った。それが恋愛感情なのかは知らない」
「そのセゾンって女の子は、状況が状況だから頭がおかしくなっちゃったんじゃ……」
セイラも苦悶の表情で言葉を探しなら呟いた。マサムネは首を横に降ると、再度口を開いた。
「いや、セゾンは頭がおかしいわけでも気が狂ってた訳でもなかった。目を焼かれた子も口を縫われた子も、まだ自尊心や恐怖感がギリギリ残っているから、あなたに怯えている。と言い、絶望しかなければ無反応で人形と一緒だと言っていた。そして俺が名乗ると、セゾンは恐ろしい事を口にした……『マサムネ。遊ぶなら私にしなさい。その子たちでは若い男にはつまらないわよ。私なら両手両足がなくともあなたを満足させらるれわ。普通じゃない少女を抱くってのも話のネタや経験になるわよ』」
セイラは泣くまいと必死に涙を堪えていた。
「ここで私が泣いちゃったら、そのセゾンって子に悪い気がする」
マサムネはセイラの頭を撫でてから、四季を見た。四季は気を取り直したのか、頭上からカウンターに降りて、お皿に頬張りつくヴィヴァルディを撫でていた。
「俺は動けなかった。何故かセゾンに触れてはいけない気がしたんだ。もしかしたら俺も仲間を身を呈して守ろうとするセゾンに、歪んだ聖母愛みたいのを感じていたのかもな。俺はセゾンに『また、来る』と、だけ言い残し地下室を後にした」
マサムネは胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
「リビングに戻ると、じじいは優雅に椅子にもたれ掛かり、ワイングラスを持ちながらクラシックを聴いていた。そして俺に『早かったな。セゾンは凄いだろ。あんな姿でも使い道はあるからな。君も若いから何回でもやれただろうに。どうだ? 普通では味わえない感覚が病み付きになるだろ』とか下卑た笑いで俺を見てきた。俺はその笑顔に吐きそうになったが、堪えて家に戻った」
マサムネは落ち着きを取り戻すかの様にタバコを深く吸い込み、ゆっくりと吐いた。
「そして、次にバーにやって来たじじいに俺は、もう一度遊びに行きたい。と告げた。じじいは『セゾンが気に入ったか? あいつは生まれながらの娼婦だ。男を悦ばす為だけに生まれてきた。今日、新しくもう一体来るから楽しみにしてなさい』とか、言ってきてな……」
セイラは隣に座る四季を抱き締めると、四季はすぐさま引き離した。
「セイラ、熱い。離れてよ」
「だって~。その新しいのが絶対に四季ちゃんでしょ~」
四季は離れないセイラの頭を撫でると、セイラの耳元で優しく囁いた。
「そうだけど。結論から言ってしまえば、私は被害は受けなかった」
セイラは四季から離れると、瞬きをしてから四季を見つめて、もう一度抱き付いてきた。
「それはそれで本当に良かったよ~」
四季は困った様に笑うと、抱き付いてくるセイラの髪を優しく撫で始め、マサムネを見た。
「四季も言っているが四季は被害には合わなかった。まっ。ここまで聞いた以上、話は最後まで責任もって聞けよ」
セイラはようやく四季から離れると頷き、マサムネを見た。セイラの唾を飲み込む音が小さく響いた。
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