第24話 座敷わらしさんちのレイドラゴン

 開店前の『ドゥルキス』では、店長のマサムネがグラスを磨いており、座敷わらしの四季がいつものカウンター席端っこで、文句を垂れながらおしぼりを丸めていた。



「お おはようございま~す」



 ドゥルキスのドアが開くと、昨日遅刻をした罰で、開店前の掃除をするはずだったセイラが入ってきた。



「セイラ。掃除の際はもう少し早めに来てくれ。もうほとんど終わってしまったよ」



「ですよね~。ごめんなさい、今日の閉店時と明日も開店前の掃除はするよ」



 セイラはいつもの様な言い訳もせずに、謎にマサムネに背を向けながら控え室へと入っていこうとした。



(ふぉりやぁ)



「ん? 四季、何か言わなかったか? うわっ。バカ、お前そんなに丸めなくて良いよ」



 四季はおしぼりを丸めるのに必死で、職人顔負けの勢いでひたすら丸めながらマサムネに呟いた。



「『バカ』って、言う方が、歴史上ダントツで一番の『バカ』なんだよ。私は何も言っていない」



「ってことは、セイラ! 何か隠してないか?」



 セイラはマサムネに言われると、背を向けたまま答えた。



「ハハハ。相変わらず妬けちゃう位に仲が宜しくて」



 マサムネはセイラを凝視すると、セイラは視線を感じ取ったのか、口笛を吹き出したが、ひゅーひゅー。言うだけだった。



「お前、ちゃんと俺を見ろよ!」



「な なによ。それは恋愛的な意味だったら、悪いけどマサムネには興味ないんだからね」



 マサムネは胸ポケットから煙草を取り出すと火を付けた。



「バーカ。物理的な意味でだよ」



「『バカ』って言う方が、宇宙創世記以降、圧倒的に『バカ』何だよ」



「そりゃ。ある意味、光栄だな」



 埒があかないと思ったマサムネはバックバーから出ると、セイラの背から素早く回り込んだ。



「え? お前、豊胸でもしたのか? ってか、全体的にゴツゴツしてねーか?」



 セイラは両手を交差させコートを掴んでいたが、胸は明らかに膨らんでいた。セイラはまた、背を向けようとすると、先ほどと同じ声がセイラの胸の付近からした。



(ふぉりゃあ~)



『『うわぁー』』



 二人同時に叫ぶと、セイラのコートから、小さい角が生えたドラゴンがパタパタとこれまた小さい羽を広げながら、ゆったりと四季の方へ飛んでいった。



 パタパタ パタパタ パタパタ


 ストン



(ふぉりゃあふぉりゃあふぉりゃあ……)



 ドラゴンはおしぼりを丸めていた四季の頭上に着地をすると、羽を閉じて鳴き始めた。



「私の頭上では神話の出来事の様な、何かが起こってるんだが」



「四季ちゃん。頭を動かさないで!」



 おしぼりを丸めるのに夢中になっていた四季は何も分かってないようだった。

 ドラゴンは鳴き止むと、またパタパタと飛んではバックバーに備え付けられた冷蔵庫の上に着地した。



「何、このドラゴン? セイラの?」



 ようやく頭を上げられた四季は、ドラゴンを認識すると冷静にセイラに問い掛けた。



「違うよ。出勤する際に、いつも通る公園で、ダンボールの中に入ってたんだよ。そしたら突然、私の顔面に奇襲を掛けてきてさ。多分、この子は捨てられちゃったんだよ」



『捨てられた』の言葉に四季は自分をダブらせたのか表情を曇らせた。



 ドラゴンは冷蔵庫の上があまり居心地が良くなかった様で、またもパタパタとゆったり飛ぶと四季の頭上に着地し羽を閉じた。



「おっ。このドラゴンは四季の頭上が気に入ったらしいな」



「頭が重い……」



 四季はそう言いながらも、両手を上げると頭上のドラゴンを擦った。



「ここが背中で、ここが羽かな? 肌触りが大変宜しいモフモフだなお前」



 ドラゴンは気持ち良さそうに鳴くと、口から小さい稲妻を出した。



「おぉ。雷系の『ドラゴン』っぽい。四季ちゃん、私にもなでさせて」



 今度はセイラがドラゴンを撫でると、ドラゴンはまたも気持ち良さそうに鳴くと、今度は口から小さな竜巻を出してきた。



「おはようございます……それはドラゴンですわね?」



 氷芽が出勤するなりドラゴンに気付き、氷芽が撫でると今度は雪吹を出してきた。



「おっはよー。お、なんだなんだ? ドラゴンか珍しい」



 ルナルサも出勤するなりドラゴンを撫でると、今度は小さい火を吐いた。



「ちょっと、このドラゴン凄くないか? 普通は属性が決まってて、その属性しか吐き出せないが、このドラゴンは色んな属性が吐き出せるらしいな」



 マサムネは興奮気味に話すと、セイラはマサムネにお願いをした。



「マサムネ! じゃなくて、店長、このドラゴンをドゥルキスで飼おうよ!」



「ダメだ。ドラゴンは餌代が掛かりすぎるし、これだけのドラゴンなら、冒険者ギルドに預けた方が、こいつも活躍出来るんじゃないか?」



 セイラ以外にもルナルサと普段はクールな氷芽も飼いたいとお願いしてきた。



「ダメなもんはダメだ。俺がギルドに預けてくる」



 マサムネは四季の頭上に止まっているドラゴンを掴もうと、腕を伸ばすと四季がマサムネの袖を掴んだ。



「こばやし~。飼うの~」



「誰がこばやしだ。マサムネだ!」



 四季はマサムネの袖を掴んだまま離さなかった。



「四季、離せ」



 四季はいっそう力を込めてマサムネの袖をギュッと握りしめた。



「お前なぁ。小さい時は可愛いかも知れんがドラゴンなんて、すぐにデカくなるんだぞ! 餌代だって高くなってくるし、エンゲル係数限界突破だよ」



 マサムネが振りほどこうとしたが、四季は離さずに腕だけが上下に揺さぶられていた。


 ドラゴンは状況を分かっているのか、分かっていないのか、相変わらず気持ち良さそうな表情をして、いつの間にか四季の頭上で眠っていた。



 それを見たマサムネは深くため息を付くと、しゃがみ込んで四季に目線を合わせた。



「絶対に中途半端に飼わないって誓えるか?」


 四季は頭上のドラゴンが起きないように、両手を上げてドラゴンを支えながら頷いた。



「俺が掃除や店を手伝え。って、言ったら文句言わずに手伝うか?」



 四季はまた頷いた。


「おやつは、これから少なくなるけど我慢出来るか?」


 四季は何回も頷いた。

 マサムネは暫く四季の目を見つめると、諦めたように呟いた。



「負けたよ。ウチで飼おう」



 セイラがジャンプしながマサムネに抱き付いてきた。



「こばやしさん~。さすが、分かってるー」



 マサムネはすぐにセイラを振りほどくと力強く答えた。



「こばやしさん、じゃなくて。マサムネだ! じゃかなかった。店長だ」



 マサムネの言葉でドラゴンは起きてしまい。パタパタと飛ぶとカウンターバーに着地して、四季と向かい合った。



「良かったな。お前は、ここで飼ってもらえるってさ」


(ふぉりゃあ)


 四季が微笑み掛けると、ドラゴンも羽をパタパタさせ喜んでいるようだった。ドラゴンは暫く羽をパタパタさせると、(ぐぅ~)とお腹が鳴る音がした。



「お腹減ってるみたいだね。私、何か持ってくるよ」



 セイラは控え室へと向かっていくと、マサムネが考えるように言葉を口に出した。



「ドラゴンって、何を食うんだ?」



「人とか獣とか、かしら……」



 氷芽が呟くと全員でドラゴンを見つめた。



「ま まぁ。今のうちから手懐けておけば、大きくなっても襲わないだろ……」



「そ そうですわよ。しっかりと私たちを覚えさせておきましょう」



「こいつが大きくなったら、こいつの上に乗って暴れまわりたいな」



 ルナルサはドラゴンをつつくと、ドラゴンの腹の音がまた鳴った。



「お待たせ~。控え室の冷蔵庫を見たけど、こんなもんしかなかったけど、ドラゴン食べられるのかな?」



 セイラはミルクとチョコレートを持ってきた。



「その牧場ミルクとチョコレートは私のだ! 名前が書いてあるだろ!」



 全員の冷たい視線が四季に集中すると、四季は小さい声で呟いた。


「な 何でもない」



 セイラがお皿にミルクを注ぎドラゴンの前に置くと、小さい舌を出してはペロペロとなめ始めた。



「可愛い~」


 セイラが今度はチョコレートを小さくして差し出すと、小さい口でパクッと食べ始めた。それを見ていた四季がセイラからチョコレートを受け取ると、同じ様に差し出した。



 ドラゴンはパタパタと羽を広げて、ゆったりと四季の頭上に着地して鳴いた。マサムネは笑いながら話した。



「四季の頭上がよほど、気に入ったみたいだな」



 ドラゴンはそのまま鳴き続けた。



「四季ちゃん。ドラゴンがチョコレート欲しがってるよ」



 四季は両手にチョコレートを持つと頭上に挙げた。ドラゴンは左右交互にチョコレートを食べ始めた。



「決めた! この子の名前は『ヴィヴァルディ』」



 四季はそう言うとチョコレートを完食したドラゴンに、今度はミルクの皿を持ち上げ飲ませた。



「うん。良い名前だね。もう奇襲はしないでよね。そして宜しくね『ヴィヴァルディ』」



 全員が笑顔で頷くと、セイラがヴィヴァルディを撫でながら答えた。



 ヴィヴァルディは羽をパタパタさせ、独特の鳴き声を『ドゥルキス』に響かせた。


 この『ヴィヴァルディ』が、種族的に大きくなることはないドラゴンだと知ったのは、当分先のことである。

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