第25話 もののフレンズ

 ドラゴンのヴィヴァルディもすっかり『ドゥルキス』に馴染み、常連客からもミルクを奢って貰ったり撫でられたりと可愛がられていたが、相変わらず定位置は四季の頭上であった。マサムネはヴィヴァルディの為に、ドゥルキスが建てられる前には井戸があった場所である、バックバーの奥に小さい水呑場を作った。



 そんな新たなキャスト?を含め、ドゥルキスは新規客の割合も増えてきており、色んな種族のお客様が見えられた。これはその中でも特異で不思議なお客様の話である。



 キャストと客の会話で賑やかな店内をマサムネはバックバーから見渡すと、満足気な笑みを浮かべていた。

 そんななか、突然カウンター越しに甲冑姿に兜姿の小柄な武士もののふが現れた。



「い いらっしゃいませ」


 マサムネは慌てて挨拶をすると、近くで接客中だった氷芽ひめの肩を叩いた。


(なぁ。ドアって開いた音したか?)


(さぁ。してない様な気もしますわね……)



「じゃあ。氷芽ちゃん。俺はこの辺で帰るよ。ありがとう、また来るね」


「ええ。また来てくださいね。待ってますわ」


 氷芽が接客をしていた客が帰ると、マサムネはカウンター越しに佇む武士を空いた席へと案内し、氷芽に接客を任せた。



「当店は始めてですよね?」


 武士はゆっくりと頷くが、面頬めんぼおをしていたので顔は目しか出てなかったが、異様に鋭い目付きをしていた。

 マサムネは一見さんにマニュアルの説明をするとドリンクを聞いた。武士は店内をゆっくりと見渡し、メニュー表に視線を落とした。



「ほぉ。どぶろくまであるのか。では、どぶろくを頼もう」


「畏まりました。こちらの女性にも必ず1杯は付いておりますので、お願い致しますね」



 氷芽はスパークリング日本酒を頼み、マサムネが用意すると氷芽が武士の手前に置いた。武士は顔を上げて氷芽を見ると椅子から立ちあがり、すぐに片膝を床に立て頭を下げると感極まった声音で呟き出した。



「こ これは姫様。ご無事でしたか。影虎良くやったな……奇跡が起こったぞ」



 氷芽はポカンとその様子を見ていると、マサムネが口を挟んできた。



「氷芽の知り合いか。ルナルサといい、最近は知り合いが多く来るな」



「いえ、存じ上げませんが。あのぉ 確かに私は『氷芽』と申しますが、あなた様のおっしゃる『姫』とは違いますよ。まずは頭をお上げくださいな」



 武士は恐縮するように、ゆっくりと頭を上げ、氷芽を見つめた。



「いえ、姫様。私が間違う訳が御座いません。何かしら理由があるのであれば、それに付き合いましょう」



 氷芽は掌を上に向けると、力を込めた。掌からは雪球が現れた。



「私は雪女の『氷芽』ですよ。あなた様の『姫』にこんな事が出来ますか?」



 武士は雪球を凝視すると、雪球を手に取り、氷芽の掌を見ているようだった。



「ほくろが御座いませんな。姫様は左の掌にほくろがあるのを気にやんでいましたが。……信じられん。本当に姫様ではないのでござるか?」



 氷芽は頷くと、武士をカウンター席に座るように促し、悲しい目をした武士はカウンター席に腰を下ろした。



「失礼仕った。拙者は『景勝』と申す。拙者にも分からないが、いつの間にかこのお店に入っていたでござる」



「はぁ。まずは乾杯致しましょう」



「俺はテーブル席ら辺にいるから頼んだぞ」



 マサムネが言い残し去ると、二人は乾杯をし氷芽から話し掛けた。



「先ほどの『奇跡』とは、どんな意味ですか?」



 どぶろくを口に入れると、景勝はゆっくりと語り始めた。



「何処から話して良いのやら。拙者は見ての通り、とあるお家に支えていた武士でござる。日々、戦乱が絶えずに我が主君も耐え忍んでいたが、少しずつ領土が小さくなっていった」



「武士ですか……大分、前の時代だと思ってましたわ」



 氷芽は時代錯誤な姿で語る客の話を、そのまま受け取る事が出来ずにいた。



「そして……力及ばずに最後の本城が落とされそうになったのでござるが……城には主君の娘である『はな姫』様がおられました。華姫様は、幼なじみでもあり筆頭家老の家柄で主君の覚えも目出度い、唯一無二の我が友の、影虎との結婚が幼少の頃から決まっており、結婚の儀も迫っていたでござる」



「はぁ。それは、なんと言うか、タイミングが悪いですね」



 適当にならない程度に氷芽は相槌を打つ。


「そこで主君は私めに護衛をして早めに逃げろと、華姫様をお預けになられました。当の影虎は立場上、城を枕に討ち死にをする覚悟で、最後の最後まで戦い抜き、同胞や配下の死を見届けた後に、主君を介錯し自害する手筈でござった。が、主君を介錯する際に、逃げ延び帰農でもして娘と添い遂げてくれ。と主君の最後の頼みを受け入れ、先に落ち延びていた私と華姫様と、奇跡的に城外で落ち合う事が出来たのでござる」




「じゃあ。生き延びられたのですわね」



 氷芽は作り話だとしても、感情を込めて話す景勝にのめり込んでいき、景勝は話を続けた。



「拙者らはそのまま逃げ延びようとしたでござるが、血筋を絶やそうとする敵も執拗に追い掛けて来たのでござる。拙者と影虎とで敵を追い払いつつ、昼夜問わず逃げ回るも、食うものも飲める水もなく体力も奪われ、次第に休む回数が増えたのでござる。そして拙者らが木陰に身を潜めていると、落ち延びた同胞と遭遇したのでござる」



 一旦言葉を止め、どぶろくを瓶から直接飲もうとしたが、数滴しか落ちてこなかったので、景勝は新たに同じどぶろくを頼んだ。



「同胞の言葉は、この先に井戸があるから、案内すると言い。拙者は追っ手から時間稼ぎをする為に残り。影虎と華姫様を先に行かせたのでござる。その時に華姫様と影虎から、『必ず待っている』と声を掛けられ、道端に生えていたレンゲソウを渡されたのでござる。レンゲソウは幼少の頃から三人で遊んでいた、城下内にも生えており、拙者と影虎が喧嘩をすると華姫様は決まって、拙者らの頭を撫でながら仲裁してくれて、レンゲソウを渡してくれたのでござる。拙者らにとって馴染み深い野花でな……」



 マサムネがどぶろくを持ってくると、そのまま氷芽の隣でグラスを磨き始めた。景勝はどぶろくを懐かしむように見ると、お猪口に注ぎクイッと流し込んだ。



「影虎と華姫様が先に行ってから、少しすると追っ手がやってきた。多勢に無勢な上に拙者にも体力は残っておらず、精一杯の時間稼ぎをし、寒さを感じつつ拙者は力尽きた。……どの位の時間が経ったのであろうか……拙者は目を覚ますと、不思議と寒さや疲れが感じなくなっており、体が軽くなっていたでござる。そのまま、影虎と華姫様が向かった井戸まで拙者も追い付こうと必死で、井戸を探した……が、妙な事に何処にも見当たらず、それどころか、探しても探しても歩いても歩いても、見覚えはあるのに見慣れない風景ばかりで、長い時間を歩いた末に導かれる様に、ここに着いていたのでござる」



 グラスを磨いていたマサムネは、遠慮がちに口を挟んだ。



「話の腰を折ってすみません。耳に入ってきたものですから、この店内にも昔は井戸だった場所がありますよ。井戸は現在では使われてないので、あちこちに昔は井戸だった。って場所は残ってるみたいですね」



「てんちょー。ちょっと、手伝って、でぃあちん。またシャンパン頼みまくるんだけど、飲めないからさ」



 アイリに呼ばれるとマサムネは途中でグラスを磨くのを辞めて、テーブル席へと向かった。



 景勝はどぶろくを注ぐ手を止めた。


「それは本当でござるか?」



「ええ。店長が水呑場を作ったせいで、バックバーは狭くなってしまいましたわ」



 氷芽の言葉が言い終わる前に景勝は席を立つと、勝手にバックバーまで入り込んできた。



「失礼する」


「ここにお客様が入ってきたらダメですわ」



 氷芽が止める間もなかった。景勝は水呑場まで来ると、ヴィヴァルディが水をちょうど飲んでおり、横では四季がしゃがんでヴィヴァルディを撫でていた。



「うわぁー! 何? 突然お姫様と武士が出て来たんだけど!」



「何処によ? また、私を苛立たせようとしてますわね」



 四季は叫んだが氷芽には見えないらしく冷たく言い返された。



「……影 ……虎? 華……姫様? 懐かしゅう。ここにおられたのか? 影虎、華姫様とは一緒に果てられたのか……?」



 景勝は片膝を立て、兜を脱ぐと横に置いた。



「何か、この武士の人頷いてるけど『長い間ありがとう』『もう良いぞ』って、言ってるよ」



 氷芽は頭の中で整理し出したのか、目には見えない光景を理解しようとしていた。



「そうか。拙者は結局、守れなかったのか……すまない……影虎。申し訳御座いません華姫様。お二人もすぐに亡くなられたのですね……この景勝には、追い付く事も叶いませんでした」



「『ようやく私たちの元に帰ってきましたね』『さ迷い続けてたのですね。もう大丈夫ですよ』『こっちに来てお休みなさい』って、お姫様言ってるよ」



 景勝は立てた片膝から崩れ落ちると、氷芽は優しく頭を撫でた。



「おぉ。武士が手を差しのべて来て、氷芽が同じタイミングで姫様と同じ事をやった」



 四季が言葉にした瞬間、景勝の体は、だんだんと透けて半透明になり、やがて透明となって消え兜だけが残った。




 ディアボロスが頼んだシャンパンを飲み終わったマサムネが不思議そうにやって来た。



「なんだ? 何してんだ? そう言えば、ここって仲間に騙されて、心中したお姫様と武士が身投げしたらしい井戸なんだって。ちゃんと供養はしたみたいだけど、なんか嫌だな」



 氷芽はマサムネをキツく睨み付けた。



「どうしてですか? 何も知らない癖に、勝手な事を言わないで」



「な、何怒ってんだよ。ってか、その兜は景勝さんだよな? もう帰ったのか? 会計は氷芽がやったのか?」



 氷芽は兜を抱えると、兜の中にはレンゲソウが貼り付けられてあった。氷芽はレンゲソウを取り出すと大事に両手で包み込んだ。



「おっ。レンゲソウかぁ。ガキの頃は良く見掛けたけどな。花言葉知ってるか?『あなとなら苦痛が和らぐ』とか『心が和らぐ』とか。以外と物知りだろ」



 どや顔で説明し出すマサムネを横に氷芽は涙を溢していた。



「なんで、泣いてるんだよ! ってか、お会計は?」



 四季は人差し指を鼻の位置まで持って行くと、静かに。とマサムネにジェスチャーで伝えた。



 水呑場から、暖かく心地よい一陣の風が、店内を吹き抜けた。

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