第23話 爺やの執事アカデミア

 昨日のゲリラライブの事をSNS等で拡散した客もいたのか、早くもアイドルグループ『ドゥルキス』の影響で店自体の客足は順調に伸びていた。



「いらっしゃいませ」



 マサムネはバックバーでオーダーのカクテルを作りながら挨拶をすると、入ってきたのは赤い髪をしていたが、顔にはシワや弛みがある初老の燕尾服を着た1人の男性だった。

 ちょうど客を見送ったばかりのセイラが男性をカウンター席まで案内すると男性はマサムネに告げた。



「ここに『赤い髪』の子はいらっしゃいますか?」



 マサムネは作り終えたカクテルを待っていたアイリに手渡すと、男性を見定めた。



「確かにおりますが、テーブル席で接客中ですね」



「無理を承知で、こちらに連れてくる事は出来ますでしょうか?」



 マサムネは少しだけ思案したが、初老の男性がイフリータのルナルサと同じ赤髪との事もあり了承をした。



「セイラ、悪いが交換でテーブル席に付いてくれ」



 セイラは返事をするとテーブル席へと向かい、マサムネは何かあった時の為に、ルナルサの近くで待機する事した。



「ルナルサ。こちらの男性はお知り合いか?」



 初老の男性は目を丸くし、突然立ち上がると声をあげた。



「おっ。お嬢様、あの長い髪の毛はどうされたのですか?」



「げっ! 爺や」



 ルナルサは迷惑そうな表情でマサムネに紹介を始めた。



「店長。この人は私が実家にいた時の執事で『オズワルド』で、爺やは何でここにいるの?」



 オズワルドは丁重にマサムネにお辞儀をし、ルナルサをマジマジと見ると泣きそうな顔で話始めた。



「お嬢様がお元気でさえあれば、このオズワルドは嬉しゅう御座いますが、髪も短くなり、抱き締めれば折れそうな華奢な体もゴツくなり、話し言葉も粗暴になり、お嬢様。何故、オズワルドに相談もしてくれなかったのでしょうか?」



 ルナルサは大きく深呼吸をすると、口調を変えて同じ質問をした。



「オズワルド。何故、お前がここにいるのですか? 理由を聞いているのですよ」



 オズワルドは姿勢を正すと、質問に答え始めた。



「はっ。不肖このオズワルドは、お嬢様のお屋敷に35年仕えて参りましたが、この度は更に執事としての見識を広めようと、3ヶ月のお暇を頂きまして、王都大学院の特別執事アカデミーで学ばさせて頂いております」



「王都大学院はその道の中でも、スペシャリストとして認められた者しか学べない機関じゃないですか」



 マサムネの言葉にオズワルドは少し照れた様に視線を横に向けると微笑みながら話を続けた。



「本日、学食でランチを食べていました所、隣の院生たちの会話の中で、こちらのお店が話題になっており、何でもアイドルグループの中に毛色の違うメンバーもいて、その子は赤髪に赤い瞳だ。と、聞こえてきまして……オズワルドは同族かと思い勇気を出して来た次第であります」



「確かに色んな意味で毛色は違うな」



 マサムネが笑うとルナルサはヒジをみぞおちに入れてきた。



「お嬢様、悪いことは言いません。もうご実家に戻りましょう。ご主人様も奥様も本当は寂しがっておられます」



 ルナルサは腕組みをすると、そっぽを向いて素っ気なく答えた。



「オズワルド。ドリンクを頼まないならお帰りなさい。ここは会話だけをする場所じゃないのですよ」



 オズワルドは慌てふためきアルコールは嗜まないとの事で紅茶をオーダーすると、あの酒豪のルナルサも紅茶にしたのである。



 ルナルサは普段は絶対にしないであろう、王立科学協会が推奨する、正式な紅茶の淹れ方を実践し始めた。



「さすがはお嬢様。正確かつ、気品溢れるばかりでございます」



 ルナルサは褒め慣れてないのか、オズワルドの言葉を聞くと、カップに注ぐ手が急に震えだした。



「さすがはお嬢様。迷惑かつ、カップから溢れるばかりで御座います」



「オズワルドさん。私が拭くので大丈夫ですよ」



 マサムネが言い終わる前にオズワルドは、胸ポケットに入れていたハンケチーフを取り出し、溢れた紅茶を丁寧に素早く拭いた。



「おぉ。さすがは一流の執事」



「このオズワルドには造作もない事です。しかしながらお嬢様。やかんに火を掛けずに、直接手で温めるのは、いささか行儀が悪いですね」



 ルナルサは注いだカップをオズワルドの手前に置くと面倒臭そうに答えた。



「時間短縮よ。それに直接温めた方が正確な温度が計れるわ」



 その言葉をオズワルドが聞くと、さらに胸ポケットからハンケチーフを取り出し目に当てた。



「小さい頃はマッチ棒の火よりも劣る火力しか出せなかったお嬢様が、いつの間にか、火加減出来るまでになったとは、オズワルド感激で御座います」



「今はこのお店くらいなら、一瞬で吹き飛ばせたり、燃やせる位は出来るわよ」



「出来たとしても絶対にしないでくれ」



 マサムネがルナルサに告げると、オズワルドは驚き顔を上げ、回りにも聞こえる様になのか顔をテーブル席に向けた。



「なんと! そこまで成長していたのですか。オシメを変えて欲しいと泣き。シャワーで体を洗っては泣き。毛虫が怖いと泣いていたお嬢様が……これはすぐにご主人様にも伝えないといけません」



 ルナルサは紅茶に口をつけてから、片手で炎を作り出すとオズワルドを見据えた。



「オズワルド! 今の爺やの命は風前の灯よ」




「冗談はこれまでにして、お嬢様。本当にまだ戻らないおつもりですか?」



 オズワルドは今までとは違った真剣な顔をしていた。



「戻らないわよ。私は両親の着せ替え人形でも、操り人形でもないわ。勝手に家を出たのは少し悪いな。とも思いますが、今の私が私なのです。クラシックよりロックが好きで、絵画鑑賞よりも格闘技観戦が好きで、紅茶より……」



 ルナルサはそう言うと、バックバーの棚から、ウォッカを取り出しグラスに注ぐと一気に流し込んだ。




「お嬢様。それはワガママと言うものです。何一つ不自由なく、それどころか欲しいものは手に入り、贅沢な暮らしが出来たのも、ご主人様と奥様のお陰で御座います」



「そうねワガママだし恵まれてるのは分かるわ。ただ、私自身で手に入れたものじゃない。与えられたものよ。長い髪も華奢な体もフリフリのお洋服もお母様の好み。ピアノもバレエも絵画もお父様の好み。バレエなんて1日でサボったわ」



 オズワルドもルナルサも長い間、互いに目を逸らさないままで、マサムネは本当に火花が散るんじゃないかとハラハラしていたが、オズワルドから視線を外した。



「それが嫌で、一言もなく家を出たと?」



「それは……少しは悪いとは思うわ。だけど、こうやって自分で稼いで、そのお金でジムに通って、髪も自分の好きなショートにして、これが自信を持って『私』って言える。私の好きなものはお父様とお母様の嫌い。お父様とお母様の好きなものは私の嫌い。消えたくなる位に息苦しいのよ」



 オズワルドは立ち上り、カウンターから身を乗り出すと、ルナルサが飲んでいたウォッカを奪い、ボトルから直接口に流し込んだ。



「ちょっと! オズワルド。何をしてるのよ! 全然飲めないでしょ」



 オズワルトのビシッとした燕尾服には、口から溢れたウォッカが染み付き始め、苦悶の表情を浮かべていた。半分以上残っていたウォッカを勢いよく空けると裾で口を拭い、言葉を口にした。



「お嬢様の好きなウォッカとやらを味わいたかっただけで御座います。これ位ならどうって事もありませんね。次からは私めが、ご相伴に預かります。ロックとやらも聴きましょう。格闘家も勉強しましょう。お嬢様、いつか格闘技観戦を致しましょう」



「バカじゃない。そんなに辛そうな顔して、オズワルド私がオススメの曲とオススメの格闘家を教えてあげます。必ず観に行くわよ」



 オズワルドは左手を前にし腹部に当て、右手は後ろに回すとルナルサにお辞儀をした。



「仰せのままに。ただ1つだけ私めからのお願いが御座います」



「なによ? 言ってみなさい」



 オズワルドはお辞儀を辞めるとウォッカの影響か、フラついてしまい、一瞬だけテーブル席に視線をやると、椅子の背もたれを片手で掴んだ。



「ご主人様と奥様は本気でお嬢様を心配しておられます。このオズワルドが上手く言いますので、近いうちに手紙だけでも宜しいので送ってはくれませんか?」




 ルナルサはいつもの屈託のない笑顔で答えた。



「爺やに免じて、書きましょう」



「いつまでも変わりはしない、本当は素直でお優しいお嬢様で御座います」



 そう言うとオズワルドは、掴んでた椅子から手を離してしまい、そのまま床に倒れ込んだ。



「オズワルド!」


「オズワルドさん。大丈夫ですか? 救急車をお呼びします」



 ルナルサとマサムネは慌ててバックバーから出てきて、オズワルドをお越しあげようとした。



「心配には及びません。救急車を呼んでは、お店にご迷惑を掛けてしまう。私が勝手にした事ですから」



「ルナルサ。今日は上がって良いから、オズワルドさんを送って差し上げろ」



 ルナルサは頷くと、オズワルドに肩を貸し起き上がらせた。



「お嬢様も大きくなられましたな。店長さん、私も定期的に通っても宜しいでしょうか?」



 マサムネは心配しながらも笑顔で答えた。



「もちろん。喜んでお待ちしております」



 肩を貸しながら出口に向かうルナルサもオズワルドに話し掛けた。



「そんなに、私のことを心配しなくても大丈夫ですよ。オズワルド」



 オズワルドは、テーブル席の端っこを指差すと、今日一番の満面の笑みで照れた様に呟いた。




「あの娘様は非常にお美しい。このオズワルド、年甲斐もなく胸がときめいてしまいました」



 オズワルドの指差した方向にはお客様に接客中の美雨めいゆいの姿があった。



「オズワルド! 何か、ちょいちょい視線をテーブル席にずらすなぁと、思ったら美雨を観てたのか!」



 貸してた肩をルナルサが外すと、オズワルドはまたも床に倒れ込んだ。



「お お嬢様。老骨に何たる仕打ち」



「誰が老骨だ! 色惚けジジイめ。来なくて良いから、執事をしっかりと勉強してろ」




 そこにはいつものルナルサがいたのであった……

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