第11話 魔王少女マゾか☆マジか

 各テーブル席での賑やかさが、よりカウンター席での静けさを異様に映していた。



「アベルも私を倒しに向かってきた、あの大きい城で私は生まれた。父親には一度も会ったことがない。母親も病気がちで私が幼少の頃に死んでしまい顔はイマイチ覚えておらん。覚えているのはおっぱいの感触だけだ。母は爆乳であり、弾力・形・肌触り。どれを取っても完璧なおっぱいであった」



「さすがですね~」



 ニホンシュを片手に遠い目をしながら、おっぱいの話を真剣に話すディアボロスにセイラは聞いてる感じを装い口を挟んできた。



「私の父は名の知れた大天使だっが女の外見では、顔以外で重視するのは胸か尻かで、仕えていた神と口論の末に反旗を翻し『明けの明星』と呼ばれていた父は堕天使長になり悪魔からは『グランド・サタン』と畏敬の念を抱かれ魔王軍を作った」



「知らなかったです~」



 ディアボロスが話を区切ると、セイラは空になったグラスに、ニホンシュを注ぎディアボロスは口に含んだ。




「そんな父は、ある村を襲った際に私の母のオッパイに一目惚れをしたと、古参幹部から聞かされた。その時はさすが私の父だと思ったよ」



「すご~い」



 ディアボロスは自嘲気味に笑うと話を続けた。



「そして私が生まれた時、すぐに『ディアボロス』の名前を授けられた。魔王軍ではお祭り騒ぎになり遠征で各地に散らばっている同胞に号外として『爆誕 ディアボロス~2代目の魔王~』が配られ、その頃の魔王軍は勢いづいていた」



「そうなんだ~」



 アイリは適度に頷きながら真剣に聞いているが、セイラは先ほどから水商売のプロのテクニックである『さしすせそ』を使い巧みに話しやすいように誘導していた。

 それに気付く事なくディアボロスは再度、口を開いた。



「私が生まれると、さらに忙しくなった父は常に遠征で城にはいなかった。そして……ついには元の主に敗れ、私に一度も会うことなく呆気なく死んだ」



「でぃあちん。可哀想」



 アイリは本気で言っているようだった。




「父がなくなり私が二代目を付いたが、幼少期の私は今と同じく女顔の美形で長髪だった為に、良く女の子と間違われてな。遠征で散らばる同胞には『悲報 2代目は魔王少女』と云った、悪意のある手紙が回ったらしい」



「お前にもそんな過去が合ったとは以外だな」



 いつしかアベルもディアボロスの過去に興味を持ち出していた。



「そして、ある朝起きると母親は死んでいた……今でもはっきりと覚えている…………冷たくなったおっぱい。弾力もなく固くなったおっぱい。死因は病死だった。元から体が弱い母だったからな。私は生まれた頃から友人などはおらず常に一人で遊ぶか、母親の体調が良い時だけ一緒に過ごしていた。そんな母親が死んでしまい、私は闇落ちした。最初から闇に産まれし物がさらに闇落ちした」



「つれーよ。そんな、つれー事があってたまるか!」



 アベルはまたも泣き出した。



「闇落ちした私は屍の様に、ただ、そこに物体が『ある』だけで、自ら動こうともせずに時の流れと同化していた。不思議な事にそんな屍でも……いや、屍だからこそか自分の腕や太股をナイフで切り裂いて、流れ出る赤黒い血を認識しては、まだ自分は生きているのか。と、絶望していた」




「でぃあちん。ダメだよ~。そんな事しちゃあ」


「大したことないでしょ」



 アイリは目に涙を浮かべていたが、セイラは何を間違ったのか、水商売のプロが使ってはいけないNGワードの『たちつてと』を使っていた。




「そんな屍でも2代目は2代目であり、自傷癖のある私を遠征で散らばる同胞に伝えるために、号外が配られた。『2代目 魔王少女マゾか? マジか!』」



「違うでしょ。それ」



 セイラは普段は接客には絶対に手を抜かないが、完全に話しに飽きていたのかNGワードを連発していた。




「そんな『魔王少女マゾか?マジか!』の私は、数十年は死んだように生きていたが……」



 ディアボロスはアベルを見ると、優しく微笑んだ。



「お前が私を倒しに来るようになって、私は変われたよ」



 アベルは泣きながら聞いていたが、驚きディアボロスを見つめる。



「どういうことだ?」



「お前は私にやられても、何度も何度も立ち向かってきた。その度に少しずつ強くなってな。殺そうと思えばお前を殺す事も出来たであろう。だが、幼少期から一人で遊んでいた私は、いつしかお前が来るのが楽しみになってきてたのだよ」



「つまんない」



 セイラは髪をいじりながら棒読みに話した。



「私はタイムリープしてるのではないかと感じたよ。負かした相手が同じ剣を持ち、同じ台詞を吐いて立ち向かってくるからな」



 アベルは涙と鼻水まみれの顔で今度は笑い始めた。



「たしかに! 俺はお前と戦う度に『てめーを絶対に倒す』しか言ってねーからな」



「いつしかお前と戦う事が私の生き甲斐になっていた。お前と一生戦っても良いとさえ思っていた」



「なら、何故一度の負けでお前は消え去ったんだよ。俺は後99回連続で勝ってお前に勝ち越すまでは戦うつもりだった」



 ディアボロスは首を横に降ると思い詰めた表情をした。



「それは出来ない。戦う度にお前は強くなっていった。私の同胞では太刀打ち出来ない位にな。無駄に同胞を死なせる訳にも行かない。潮時だったんだよ。それに私は勝ちしか知らなかったが、負けた時に何ともいえない満足感と生きてる。という充足感を味わえた」




 思い詰めた表情から穏やかな表情になると、ディアボロスはアベルの肩を叩いた。



「そこからは魔王を辞めて、仕事を変えてからは一層、素敵な時間を過ごせている。お前と出合ってなければ今も屍だったかもな」



 アベルは、拳を作るとカウンターに叩きつけた。拳からは血が滲んでいた。



「冗談じゃねー。何、あんた1人で満足してんだよ! 俺は魔王を倒した勇者として、名声を得たが生きている気はしねーよ。あんたと戦ってる時だけが、生きてる感じがしてた。あんたを倒してからは知らねー奴らが媚びへつらい、上辺だけの誉め言葉を浴びせ、俺を利用しようとする……」



 ディアボロスはアベルの肩を抱くと、泣くアベルに優しく囁いた。



「すまない。私は戦いよりも素晴らしいものを見付けてしまった」


ディアボロスはアイリの胸を盗み見し、アベルは肩を震わせ泣いた。



「きっと、お前にもこれから見付かるさ。何なら私と契約しないか?厚待遇で迎えるぞ」



 アベルは肩に掛かっているディアボロスの手を振り払った。



「はっ。あんたの会社を乗っ取ってやる。決めた! 俺は起業する。そして、あんたよりデカイ会社を作ってやる」



 ディアボロスはアベルの髪をくしゃくしゃっと撫でた。



「私の仕事は経営コンサルティングだ。困ったら私に言いなさい」



 アベルとディアボロスは静かに笑い始めると、どんどんと可笑しさが込み上げ、笑い声は大きくなっていった。



 アイリはディアボロスの頭をカウンターから身を乗り出し撫でた。



「アイリ。でぃあちん。好きだよ。優しくて、強くて、正直で、でぃあちん。良い子、良い子だね」



 身を乗り出したアイリの胸が顔に当たるとディアボロスは固まり、言葉にならない声を上げた



「おおおーお おーぱい!」




 遠目から不思議そうに四人を眺めていたマサムネは、終了の時間に気付くと、カウンターに近寄り終了を告げ、チェックを済ました。

 チェックの最中も、セイラは集中が切れていた。



「てきとーでいいよ」


 マサムネはセイラに、でこぴんをするとセイラの耳を引っ張った。


「会計がてきとーで良い訳ねーだろ! お前のバックも適当で良いんだな」



 セイラは我に返り、最後のNGワードで締めた。



「と、とんでもない……」



 アイリの胸の感触に至福の時間を過ごしたディアボロスはアベルの腕を掴み立たせると肩を組んだ。



「アベル! 次行くぞ、知らない店に入ってみよう。案ずるな私の奢りだ」



「ディアボロス。誘ったからには朝まで飲むから付き合えよ!」





 伝説の魔王と勇者は未知なるお店へと旅立って行った。

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